まだ見ぬ明日へ 第82話


盗聴していた電話回線が切断される音とともに、辺りは静寂に包まれた。トウキョウ政庁の近くの駐車場に止められた車の中で、皆安堵のため息をつく。シュナイゼルが既にエリア11を発ったという情報から、どう動くべきか思案していたのだが、どうやら杞憂に終わりそうだ。
とはいえ今後注意は必要だし、出来る事なら不安の芽は摘み取りたいのだが相手は宰相補佐。今すぐどうにかできる相手ではなかった。

「まあいい。シュナイゼルが今後どう動くかは解らないが、今はユーフェミアだ」

後部座席の背もたれにギシリと全体重をかけ、L.L.は気だるげに前髪を掻きあげた。

「あのお飾りはこんな性格だったか?もう少し他人を思いやれる娘だと思っていたが、私は過大評価をしていたのか?」

運転席に座っていたC.C.は不愉快そうな顔で訪ねてきた。

「戦争や暗殺で身内に被害が出ず、母親とコーネリアの庇護のもと平穏無事に宮廷内で生き、理不尽さも悲しみも知ること無く、皆に甘やかされて育った結果かもしれない。相手の意思を無視し、自分の思い通りになど考える子ではないはずなのに」

誰かを守るため、誰かの幸せのためにその身を捨てる覚悟ができる子だったのに。そう呟くL.L.の姿をミラー越しに見ていたC.C.は、相手を無視して独断専行はあの娘の十八番だし、どう考えても過大評価し過ぎている。お前はあの娘に夢を見過ぎだと思ったが、言うだけ無駄だろうと口を閉ざした。

「で、どうするの?このままだとクロヴィスやコーネリアにゼロの正体をばらすみたいだよ?どちらに話すべきか、どう話せばシュナイゼルに知られずに済むか考えてるもの」

助手席で眉根を寄せながら、不愉快そうに告げるマオをみて、L.L.はやはりそう来るかと息を吐いた。あれだけ結果を突き付けられてもユーフェミアは止まらない。反対にシュナイゼルが専任騎士を選ぶ前に、全てを覆そうと考えているのだ。

「クロヴィスは以前打った手が有効だから問題はないが、コーネリアに話されたら、ユーフェミアの話を盲信し必ずスザクを捉えに来るだろう。騎士にするつもりはなくてもな。C.C.はマオと共にここで待機。通信機で周りの様子を教えてくれ。ロロ、すまないが付き合ってくれないか」
「うん、一緒に行くよ兄さん」

L.L.の隣に座っていたロロは、満面の笑みで頷いた。

「行くのか」
「もっと早くにこうするべきだったんだ。ここまで騒ぎが大きくなったのは、俺の甘さだ」

L.L.は感情をこめずにそう言うと車から降り、ロロと共に政庁へ向かった。二人の姿を目で追いながら、C.C.は嘆息した。

「馬鹿な男だ。甘さがあるからこそ、私の魔王なんだよ」
「そうだね。甘くないルルはルルじゃないよ」

ギアスがONになっている為、周囲から色々な声が聞こえ、不愉快そうに眉を寄せながらも、マオは努めて明るい声でそう言った。

「スザクの騎士の件はこれで片がつく。あとは、行政特区だけか」
「ねえ、早く全部終わらせて、一緒にオーストラリアに行こうよC.C.。ロロも一緒にきていいからさ。ほんとにいい場所なんだよ?」
「・・・そうだな。それも悪くないかもしれないな」

暗闇の中で静かにそびえたつ政庁を見上げながら、C.C.はポツリとつぶやいた。




行政特区の宣言以降一度も訪れる事に無かった黒の騎士団のアジトに、ゼロが姿を見せた。今までこんなに長い間不在にし、連絡もとらずにいたことはなかったため、不安を感じていたのか、アジトにいた者は皆ゼロの姿を見てその顔に安堵の笑みを浮かべた。

「ゼロ、なかなか来ないから、行政特区の式典まで来ないのかと思ったよ」

ナオトもまた安堵した表情で、ゼロがソファーに座れるように場所を開けた。
促されるままゼロはソファーに座ると、アジトにいた者たちが次々と集まってきた。その様子に思わず苦笑してしまう。

「ゼロ、行政特区の式典の日程が変更になった話は知っていますか?」

ディートハルトが書類を差し出し尋ねてきたで、「知っている」と頷き受け取った。
流石ゼロ。と、ディートハルトは満足げに笑みを浮かべた。

「それでゼロ。黒の騎士団は行政特区に対してどう行動するか決まったのか?」

その質問に、ゼロは首を横に振りながら「まだ正式に決定してはいない」と答えると、明らかにガッカリしたというため息がちらほら聞こえてきた。

「行政特区は愚策としか言えません。参加などする必要はないでしょう」

ディートハルトはさも当然のように口にし、周りの者は大きく頷いた。

「成程、皆の意見は出揃ったという事か」

ナオトを見ると「ああ」と、頷いた。

「ここにいる者は全員参加しない。ゼロ、君に着いていく。参加を希望する者は既に騎士団を離れた」

彼らが答えを出し、それぞれどう進むか決定するだけの時間があったのだ。既に皆答えを出し終わり、ゼロが来るのを待っていたと言う事だ。

「そうか、では残る者たちには後日別のアジトへ移動してもらう。抜けた者たちを信じていないわけではないが、扇の件もある。このトレーラーも処分する事にした」

相手に知られていないからこそ、このトレーラーはアジトとして有効だったが、相手が知っている以上こんな目立つ車で移動など出来ない。
ゼロの決定だ。勿体ないという気持ちと、最初のアジトという思い入れはあるだろうが、反対する者はいなかった。

「ゼロ、教えてくれないか。行政特区は、成功すると思うか?」

自分たちでも考え答えを出してはいるが、やはりゼロの考えを聞きたいのだろう、全員の視線がゼロに集まった。

「愚門だな。行政特区の中にあってもブリタニアの支配は消えない。特区のトップはブリタニアの皇族、そして入ってくる企業はほぼ全てブリタニアのものだ。キョウト六家も強制的に参加させられるが、その割合は小さい。日本と、日本人という名を返すように見せかけ、イレブンに夢を見せ、キョウト六家も抑える政策だ」
「自治は日本人が行うのではないのか?」
「表面上は日本人が行うだろうが、ブリタニアの手が入る。1区画だけで生活すべてが賄えるわけではないからな。特区外と交易をしなければならないが、日本人との交易など誰がする?ユーフェミアが動くことで表面上は解決しても、裏では無理難題を日本人に吹っ掛けるだろう。特区内の生活は外の生活よりも悪くなる可能性は高いとみている」

例えば、特区内で生産した物を特区外で売ろうとした場合、高い税金を課すかもしれない。あるいはそんな値段では買えないと、二束三文の値を提示するかもしれない。それを拒否すれば、別に日本人と取引などする必要はないと切り捨てればいいのだ。
特区に入るブリタニアの企業も、いままでブリタニアが設定していた最低賃金でイレブンを雇っていたが、それ以下の賃金で働かせる事が出来るようになる。文句を言ってストライキを起こしても、なら雇わないと言うだけだ。日本人となった以上イレブンとして区外で働く事も出来ない。生きるためにはその賃金で働くしかないのだ。ユーフェミアがしっかりと特区内を把握し、最低賃金を保証する法律でも作らない限り、食べ物を買う事さえ困難な生活を強いられるだろう。

「こうして交易一つ例に上げるだけでどれほどの愚策か解る。よほど有能なブレインがトップにいない限り、行政特区は張りぼての城だ。外から見れば日本という名を取り戻した夢のような場所だが、中に入れば地獄だ。その上、エリア11ではこの行政特区のために税金も上がる。それを快く思う者はいない。イレブンも名誉ブリタニア人も、今まで以上に酷い扱いを受けるだろう」

ディートハルトの資料に目を通しながら、ゼロは淡々とした口調でそう説明した。問題は他にも山ほどあり、行政特区が成立した後、それらは次々と浮き彫りとなるだろう。

「ただ悪戯に人心を煽り苦しめるだけの政策だ。出来る事ならその事にユーフェミアが気付き、今からでも行政特区は無かったこととしてくれれば有難いのだが」

ゼロが珍しく投げやり気味に告げた言葉に、それはあり得ないだろうと皆は息を吐いた。 解っている事だ。スザクを騎士にという言葉でさえ撤回しようとせず、相手が苦しみ、自分を恨むと解っていても自分の望みだけを叶えようとしたのだ。シュナイゼルの命令でも聞き入れず、再戦はないという話しさえ無視し、もう一戦と口にしたのだから、皇帝の命令以外で彼女を止める術はないだろう。
行政特区の欠点や問題点など、ユーフェミアの周りにいる参謀やクロヴィス、コーネリア達は気づいている。進言していないはずがない。
特にクロヴィス派の面々は今からでも行政特区は無かったことにし、ユーフェミアに全ての責任を取らせ、この件を終わらせたいと考えているはずだ。最悪ユーフェミアは幽閉や降嫁という扱いになるだろうが、それでもこの政策を進めるよりはましだと考えているだろう。なにせ失敗すればクロヴィスの責任にもなってしまうし、どう考えても今クロヴィスが進めているイレブンに優しい政策とは対極のものだから。

「黒の騎士団は参加しない、とい言う事でいいのか」

今まで回答を一切しなかったゼロにナオトは真剣な表情で尋ねた。

「当然だ、参加する意味など無い。私が迷っているのは、この政策を阻止するか、それとも傍観するか、だ」

ゼロのその言葉に、周りはざわめいた。

「阻止か、傍観。行政特区は成立後悪政だといずれ知られるのだからそれまで様子を見るか、あるいは愚策と解っているのだから、皆が苦しむ前にその政策自体を潰すか、という事か」
「そうだ。確かに私が参加し、黒の騎士団が総力を挙げ行政特区に携われば、自治は成り立ち、おそらく皆が理想とする特区は成立するだろう。だが、参加した場合、我々は二度と日本を取り戻すために戦う事は出来なくなる。私が取り戻したいのは日本だ。行政特区日本というブリタニアから与えられた一部だけで満足するならば、こうして戦う事など無かっただろう」

読み終わった資料をばさりとテーブルに放りながら、ゼロは断言した。

「お飾りのためにお前が参加し、その身を削る必要など欠片も無い。私に言わせればこんなもの傍観一択だろうに。何もしなくても勝手につぶれる政策だ。苦しむのは甘い汁に考え無しに飛びついた愚か者だろう?一度ブリタニアの考えをしっかりと解らせた上でなければ、馬鹿を見るのはこちらだぞ」

声のする方へ視線を向けると、C.C.がマオを連れて部屋へ入ってきていた。

「来ていたのかC.C.」
「お前が来ている事が解ったからな。いいかゼロ、何もするな。黒の騎士団はこのまま不参加を発表しろ。そして」

C.C.は腕を掲げ、まるで役者のようなそぶりと、威厳のある声音を発した。

「もし日本人を蔑にする事があれば、我々は再び姿を現すだろう。忘れるな、我々は黒の騎士団。悪を成す全ての者の敵である・・・とでも言えばいいんじゃないか?お前得意だろう、そう言う演説は」

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