まだ見ぬ明日へ 第83話


文字通りベッドに縛り付けられたL.L.は心底うんざりした顔で文句を言ったが、聞き入れられる事はなかった。横になっているL.L.を見降ろしながら、不機嫌そうな口調で話すのはこの部屋の主であるスザク。

「僕言ったよね?暫く外出禁止で、家で大人しく寝てるようにって。ユフィの事があったからあの夜は許したけど、あれから2日も戻って来ないなんて、何考えてるんだ君は」

ちょっと目を離したらこれだよ。と、スザクは眉間に深い皺を刻みながら文句を言い続けていた。説教が始まって既に30分は経過しているが、怒りが収まる気配はない。

「C.C.と一緒だったんだから何も問題はないだろう。体調も悪くはない」

大体俺は不老不死だぞ、何を心配しているんだ。と何度も口にした言葉を告げるが、スザクは不愉快そうにますます眉間の皺を深くするだけだった。

「悪くはないけど、良くも無いんだろう?ここに通信機を置いていくから何かあったら呼ぶんだよ」

枕元に置かれたのは2cm角の黒く小さな箱。発信している事を示す、黒いランプが小さく点灯していた。その箱には見覚えがある、L.L.が作ったものだ。

「・・・盗聴器に見えるんだが」
「まあ、そうとも言うよね。ああ、受信機は僕が持ってるから大丈夫だよ」

よく見るとスザクの耳には小型の受信機が着いていた。

「せめて咲世子に受信機を持たせてくれないか」

お前これから授業だろう。
だが、スザクは首を横に振った。

「駄目だよ。どうにか言い包めて自由に動くつもりだろ?今日一日は寝てる事。じゃあ僕、授業あるから行くね」

人を物理的にベッドに縛り付けた男は、なぜか凄くいい笑顔で部屋を出て行った。部屋がロックされたのを確認した後、L.L.は自分に施された拘束を確認する。拘束されている部位は手首と足首。どちらもかなり頑丈なロープが使われている。そしてそれぞれの拘束から更にロープが伸ばされ、このベッドから動けないよう、ベッドの上下の足に縛り付けられているようだ。
眠って油断していたとはいえ、ここまでしっかりと拘束されても目を覚まさなかったなんて、油断しすぎだと自身に呆れてしまった。
そう、正にこれは拘束。
相手が相手だから仕方ないと許してはいるが、これは監禁で立派な犯罪だ。テロ活動などしているから、その辺の感覚がおかしくなったのだろうか?自由になったらその辺を含めてきっちり教えなければいけないなと、嘆息した。
L.L.が帰って来たのは今から50分ほど前。
疲れていたL.L.はベッドに潜り込むとすぐに眠ってしまった。心配していただろうスザクが朝の鍛錬を終えて戻るまで待つべきだったかもしれないが、だからといって拘束していいということにはならない。両手首を縛っているロープをどうにか出来ないか試してみたが、しっかりと縛られていて無理だった。そのロープの先が縛られている場所へ行きたくても、足の拘束が邪魔をするし、足の方を解きたくても手のロープの長さが足りない。しっかりと考えた上で縛り付けて行ったスザクに腹立たしさを感じながら、L.L.はもがくのを諦めてベッドに身を沈めた。
もういい、休むのが先だ。
新しいアジトへの移動など、休みなく動いていたせいで体は疲れきっている。
目を閉じると、瞬く間に深い眠りへと引きずり込まれた。



暫くの間何やら悪態をつきながら動き回っていた音が静かになり、スザクはやっと諦めたかと苦笑した。
一回やってみたかったんだよね、監禁と拘束。
まさかこういう形で実現できるとは思わなかったが、独占欲と征服欲を満たせた分罪悪感が半端ない。L.L.だからきっと許してくれるだろうとここ最近のストレス発散も兼ねてついやってしまったが、流石にやりすぎだろう。はっきり言っていろんな意味で心臓にもよくないから休み時間に様子を見に行って、反省しているようなら解放しよう。
どうせなら本当に通信機を置いてきて、授業中こっそり会話するのも良かったかもしれない。どちらにせよ、もう二度とやらないと約束して、彼が怒りだす前に謝って許してもらわなければ。
そんな事を考えながら、大型連休が昨日で終わり、授業に出るのが何となく憂鬱だというクラスメイトと話しをしていると、チャイムが鳴るのとほぼ同時に担任が教室に入ってきて、ユーフェミアが学園を去った事を告げた。
残念がるクラスメイトや泣き出したニーナに申し訳ないと思いながらも、シュナイゼルは約束をちゃんと守ってくれた事に安堵していた。ニーナは今からユーフェミアに電話して確認すると半狂乱になっており、担任を含めクラスメイトは相手は皇女なのだから止めろと、言い聞かせていた。

「おいおい、スザク。残念だったなー、玉の輿だったのにさ」

スザクが迷惑していた事は知っていても、からかうような口調でリヴァルはそう言った。あの騒ぎを知らないクラスメイトに向けた発言だと気付き、何気ない会話を装い今後の追及を回避しろというリヴァルの心遣いに感謝する。
周りもスザクの返答が気になるのだろう、クラスは水を打ったように静まり返ったが、スザクはその事に気づいていないようなそぶりで口を開いた。

「何言ってるんだよリヴァル。相手は皇女殿下、雲の上の人だよ?僕をボディーガード件架空の恋人役にして学生生活を楽しまれただけ。それが終わったんだから、僕たちは貴重な経験をしたと思えばいいんだよ。大体行政特区の事もあるんだから、いつまでも学生ではいられないだろ?」

意図を察したスザクの言葉に気をよくし、リヴァルは大袈裟に頷いた。

「あー、行政特区か、そうだよなー。じゃあ、俺たちも連絡とか取らない方がいいのかな?一応電話番号貰ってるけど」

リヴァルは自分の携帯を開き、そう口にする。それはニーナに向けての言葉だろう。
ニーナはユーフェミアに恋愛感情を抱いている。今も暴走し、ユーフェミアに電話をかけようとしていたのだ。電話をしていい物か悪い物か。それをしっかりニーナに聞かせようとしている。
本当にリヴァルはいい奴だなとスザクは苦笑した。

「こちらから連絡なんて恐れ多くてできないよ。相手は皇族だよ?気軽に話しかけていい方では無い。その辺ちゃんと弁えないと、ユーフェミア様に迷惑がかかるよ」
「そ、そんなこと無いわ!いつでも連絡してって言ってたもの!」

ニーナはスザクの言葉に反論し、悲鳴のような怒声を上げた。
自分が今二人の会話を盗み聞きしていた事さえ頭に血が上って忘れているようだ。

「ニーナ、気付いてないのかよ?それ、俺たちに言ってるように見せて、スザク一人に言ってたんだぜ?ユーフェミア様は優しいから俺たちを友達だって言って、親しくしてくれてたけど、本当はスザクがいればそれだけで良かったんだ。俺たちは完全に邪魔ものだったの」
「そんな事!」
「ううん、ニーナ。リヴァルが言うのは本当だよ?私たちはスザク君のおまけなの。だからもし電話ができるとしたらスザク君だけだよ。私たちが掛けても相手をしてくださると思うけど、それはユーフェミア様が優しい方だから。その優しさを勘違いして、図々しく連絡なんてしたらだめなんだよ?」
「そんなこと無いわよ!ユーフェミア様は電話をかければきっと喜んでくださるわ!だって私たち友達になったんだもの!」

眉を寄せ周りを睨みつけながら叫ぶニーナに、皆困ったような表情を向けた。社交辞令という言葉をニーナは解っていないのだろう。自分の殻に閉じこもり、ミレイに守られていたことで他人との接し方を知らずにここまで来てしまったのだ。
そしてユーフェミア皇女殿下の友人と名乗る以上、それらしい振る舞いと節度を持たなければ、ユーフェミアに迷惑がかかる事にも気づいていない。こんな風に表情を歪め叫ぶ友人がいると知られれば、それだけでイメージダウンだ。

「ユーフェミア様は皇女ではなくユフィという一人の市民として学園生活を楽しまれた。でも、もうそれを止められて、皇女殿下に戻られたんだよ。その時点で僕たちは身を引かなければならない」
「そんなこと無いわよ!・・・あ!ユーフェミア様が学園をやめられた理由は貴方のせいよ!いつまでたってもユーフェミア様の騎士にならないから、きっと怒ってしまったんだわ!今からでも遅くないから、騎士になるって伝えて、学園に戻るよう言ってよ!」

ユーフェミアの騎士。それは学園内でも極秘事項だった。知っているのは一部の教師と生徒会メンバーだけ。その極秘事項を周りが見えなくなったニーナはためらうことなく口にした。その結果、当然だが周りにいたクラスメイトは驚き、スザクを見た。だが、言われたスザクは静かな眼差しでニーナを見つめ、落ち着いた声音で話し始めた。

「僕はユーフェミア様の騎士にはならないよ。なれるはずがないだろう?ちゃんと考えて発言しなよニーナ。僕が皇女殿下に望まれたのは唯の騎士や護衛、従者じゃない、皇族の専任騎士だ。皇帝のナイトオブラウンズに次ぐ神聖な騎士だよ?本来なら貴族で、尚且つ士官学校を優秀な成績で卒業し、騎士としての訓練も受けたエリート中のエリートがなるものなんだ。僕のような訓練どころか貴族や皇族に対する礼儀作法すら学んでいない一般の学生が命じられたからってなっていいものじゃないんだ」
「でも、ユーフェミア様はスザク君がいいと言っていたわ!」
「ニーナ。ユーフェミア様はまだ16歳だ。僕たちより若く、しかも皇室で大切に育てられたお方。その辺の事情をまだ良く解っていない可能性がある。その時の一時的な感情で僕を騎士になどしたら、ユーフェミア様の評価が落ちるだけじゃ済まないんだ。だから、たとえ拒否する事を罪に問われても、受けてはいけないんだよ」
「そんなこと無いわよ!」
「スザク君の言う事は間違ってないわよニーナ」

激昂するニーナの肩に手を置きそう告げたのはミレイだった。見るとミレイは息を切らしていて、慌ててここに来た事がうかがえる。おそらく誰かがニーナの暴走を止めたくて呼んだのだろう。

「どうしてミレイちゃん!ユーフェミア様の希望なのよ!皇族の願いですもの、何も問題はないじゃない!」
「ニーナ。貴方は貴族や皇族がどういうものか解っているの?スザク君を騎士にする事はユーフェミア様にとってマイナスにしかならないのよ」
「何よ!貴族の娘だからって何でも知ってるみたいに言わないでよ!」
「ニーナに話してなかったかしら?たまに私が学園を休むのは、皇族も参加される晩餐や舞踏会、夜会に呼ばれて本国へ行くからよ。ユーフェミア様とはあまり面識はなかったけれど、それでも皇族とは顔見知りなのよ?その私が断言してるの。スザク君の判断は正しいわ」

真剣な表情で語られる内容に、ニーナは唇を震わせた。
ミレイはこういうフランクな性格だから忘れそうになるが、皇族と縁のある貴族だ。かつてナイトオブラウンズ・ナイトオブシックスであったマリアンヌの後ろ盾。戦後、当主であるルーベンと共にエリア11へ移り住んだミレイであるが、本来なら彼女もまた雲の上の存在なのだ。

「そして、ニーナ。貴方はスザク君に感謝こそすれ、文句を言うのはお門違いよ。スザク君が断ったからユーフェミア様はスザク君に会うためにこの学園に来たの。そして断り続けたから、こんなに長い期間通学されたのよ。そうでなければ、皇女殿下がここに来る理由なんてないんだから」

唇をかみしめ、体を震わせながら涙をこぼし始めたニーナの肩を抱き、ミレイは教室を後にした。教師やクラスメイトに騎士の話を質問されるかと思ったが、今のミレイの話のおかげで追及はされず、お前も大変だったんだな。よく断れたね、私なら怖くて断れないよ。と皆苦笑していた。



マリアンヌ暗殺が起きてないため、アッシュフォードは貴族のままです。
話の展開上ニーナは同じクラスだけど、本編でどうだったかは忘れました。

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