まだ見ぬ明日へ 第85話 |
生徒会室で溜まっている書類を片付けながらニュース番組を見ていると、突然画面に砂嵐が走り、暗転した。その後再び画面に現れたのは、あの仮面のテロリスト、ゼロであった。 突然の事に全員動かしていた手を止め、その視線は画面にくぎ付けとなった。ユーフェミアの行政特区設立宣言以降動きを見せなくなった黒の騎士団。あの宣言の折、ユーフェミアはゼロにも協力をしてほしいと、そうテレビを通じ伝えたが、その返答はいまだになされていなかったのだ。 その返答が今こうして電波ジャックという形で行われていた。 ゼロのいる場所はトウキョウタワーの展望台。 黒の反逆者は、役者じみた素振りで宣言した。 『我々黒の騎士団は行政特区には参加しない。なぜなら、我々が目指すべきは日本の開放であり、ブリタニアに与えられた小さな区画を欲しているわけではないからだ。だが、ユーフェミア・リ・ブリタニア。貴女の日本人に対する慈悲は良くわかった。我々は新たな可能性を探るため、一時この身を引くこととする。だが忘れるな、我々が貴女を見ているという事を。日本人が、弱者が虐げられた時、我らは再び姿を現す。その時は慈愛の姫と呼ばれる貴女が相手であろうと、我々は容赦はしない。日本に住まう同志たちよ、ブリタニアが示す平和がどのような物かを良く見定める時が来たのだ。再び我らが立ち上がるその時まで、その牙と爪を隠し、身をひそめよ。ブリタニアよ、我々黒の騎士団が見ているという事、努々忘れるな』 黒の反逆者はテレビを通し行政特区を肯定はしないが、今は手を出さないとそう宣言した。だが行政特区日本が唯日本人を鎮めるために行った形だけの政策であるならば、再び彼らは戦うという意思も示した。 やがて仮面の男が映されたテレビは再びブラックアウトし、画面には今流れた映像に対応するため慌ただしく動くニュースキャスターやスタッフが映し出された。どうやらこの映像はリアルタイムで流れた物らしく、テレビカメラが演説をするゼロの姿を超望遠レンズで撮影しており、その様子がすぐに映し出された。ブリタニア軍が急ぎトウキョウタワー展望台に駆け付けたのだが、既にその場所はもぬけの殻で、人っ子一人いなかったという。どのように報道陣に囲まれたこの場所から逃げ出したかは解らないが、ゼロが今までそこにいた事だけは間違いと、駆けつけた警察とともにトキョウタワーを封鎖し、徹底的な捜査が行われていた。 「どこに行ったんだろうな、あんなに囲まれてたのに」 ゼロの演説から既に10分は経過しているが、緊急特番の内容に変化は見られなかった。演説中にトウキョウタワーは報道陣や警察に完全に囲まれていたがいまだゼロとゼロを撮影していた者は見つからず、警察や軍が奔走する様子が放送されている。 すぐに捕まると思っていたリヴァルは不思議そうに首を傾げ、スザクに尋ねた 「僕に聞かれても解らないよ。ジュリアスはどう思う?」 「俺はあの場所に行った事がないからな。何か抜け道でもあるんじゃないか?超望遠レンズでのリアルタイム映像がある以上、あの場にゼロがいた事は間違いないのだから、何か方法があるはずだ」 ゼロは魔法使いじゃないからと、手を休めることなくジュリアスは答えた。 だが、完璧に周りをだましゼロを消失させたのはこのL.L.だ。 方法があるのは間違いないのだが、種があると解っていても一体どんな手を使ったのかスザクがいくら考えても答えは出なかった。 あのゼロがC.C.だとしたらロロのギアスで時間を止めた隙に?でもそれはそれで周りに疑われる。自分がそこにいたなら不可視化が可能だが、今回の作戦には参加していない。ギアスは極力使うなというL.L.だからギアス無しの可能性は高いが。 うん、全然解らない。 「でも、ここまで完璧に消えると魔法だって言われても信じちゃうよ」 「ほんとそうよね。でもどっちかっていうと手品かしら?消失トリックとかそういう類にも見えるわよね」 手品の事調べてみようかしら?と、真剣な顔で言い始めたミレイに嫌な予感を覚えた生徒会メンバーは顔をひきつらせた。手品に関する資料を集めた結果、祭りに発展する可能性は高い。 「どちらにせよ、これだけ時間がたっているのだから既にゼロは東京タワーにはいないでしょう。探すだけ無駄ですよ」 ジュリアスがそう言った時、内線電話が鳴った。 「はい、生徒会室・・・あら咲世子さんどうしたの?え?軍がスザク君に?」 ちらりとスザクを見たミレイの表情は強張っていた。 軍人がスザクに。 ユーフェミアの絡みだろうか。 騎士を辞退し続けたことで何かしら罰則を与えるつもりなのか。 スザクも一瞬顔を強張らせた後、意を決して立ち上がった。 軍が来たということはユーフェミアの騎士に絡んだ話ではと、リヴァルとシャーリーも不安そうに眉を寄せた。 「玄関に軍人が来ているようなのよ。スザク君はいるかって」 「解りました、行きます。ジュリアス、カグヤを頼めるかな?」 「そうだな、何かあった時にカグヤが怪我でもしたら大変だ。俺も席を外します」 「そうね、私はスザク君に着いていくわ。ジュリちゃん、カヤちゃんの事お願いね」 ミレイはスザクとカグヤの素姓を知る数少ない人物だ。 ジュリアスもまた知っているのだと判断し、いざとなったらカグヤだけでもとお願いしたのだ。L.L.は笑顔で任せてください。と頷くと、すぐにその場を後にした。 「じゃ、行きましょうか、スザク君」 万が一、二人の素性がばれれば、それを匿っていたアッシュフォードも終わりだ。 爵位剥奪は免れないだろう。 不思議と当主であるルーベンとミレイは爵位に関わりこだわりはなく、無いならそれでも構わないという思いはあるが、一族を抑えるためには爵位は必要だった。 爵位を失うということは、彼らを守るための力を失うと同時に、自分は自由を奪われる。間違いなく、貴族の元へ嫁に出されるだろう。 そうなれば終わりだ。 冗談じゃない、私は守る。 守ってみせる。 この箱庭で二人を。 いえ、ジュリアスを含めた三人を。 この箱庭の支配者は私。 そこは誰にも譲らない。 絶対に、譲るものですか。 もし、支配権を奪われたら・・・。 ざわりと背筋が震えるほどの後悔が胸の内に広がった。 嫌な想像が頭のなかを駆け巡り、緊張から口の中がカラカラに乾く。 そんな動揺を悟られないよう平静を装いスザクの後ろを歩いた。 ゆっくりと階段を下り、玄関へ向かうとそこには咲世子と共に数名の軍人がいた。 その中に見慣れた軍人もいる。 スザク達が来たことで、咲世子は礼を取った後カグヤの元へ戻っていった。 「キューエル卿、お久しぶりです」 「久しぶりだな、ランペルージ。すまないな呼び出して」 困ったような顔で笑みを浮かべているキューエルに、スザクは思わず首を傾げた。 そこには緊張感は欠片も感じられない。 「いえ、何かありましたか?」 「ああ、いや、たいしたことではないんだが・・・いや、今後のためにも話しておいた方がいいな。実は、ユーフェミア皇女殿下が、ランペルージがゼロあるいはその関係者の可能性があるとコーネリア皇女殿下とシュナイゼル殿下に話されたのだ」 「はぁ?え?僕が?ゼロ?」 スザクは驚き、目を瞬いた。 ミレイは口をポカンと開け、キューエルを見た。 そんな二人の反応に、キューエルは苦笑した。 「コーネリア皇女殿下はすぐにランペルージを捕らえよとおっしゃったのだが、ユーフェミア皇女殿下がランペルージに専任騎士を断られた為、形はどうあれ自分の傍に置くためについた嘘だとシュナイゼル殿下が断言された。ああ、知っているかもしれないが、少し前にゼロがトーキョータワーに現れてな。君の無実を立証するため、確認をするようシュナイゼル殿下に命じられたのだ」 「ええ、今丁度見ていました。ゼロがどう逃げたのか皆で話しをしていた所です」 同意を求めるようにスザクはミレイに視線を向けた。 「魔法みたいに消えたので、手品のようなトリックがあるんじゃないかと・・・ね?」 ミレイの言葉にスザクは頷き、キューエルを見た。 「成程、手品を応用したトリックか。その検証もした方がよさそうだな。ところで、先ほどそこを通った黒髪の学生がいたが、彼がジュリアス・キングスレイかな?」 「ええそうです。このクラブハウスにいる黒髪の男子学生は彼だけですから。ジュリアスに用事ですか?」 「いや、ユーフェミア皇女殿下に事情を確認したところ、ランペルージがゼロでなければキングスレイがゼロだとおっしゃったのでな」 「ゼロがトーキョータワーに現れたので、僕とジュリアスがここにいなければゼロの可能性があると?」 「そう言う事だ。まあ、我々は信じていなかったが・・・・ユーフェミア皇女殿下はそれだけではなく、君が本当は大貴族の息子で、ランペルージ家の養子だというお話や、秘密裏に軍事訓練を受けている特殊部隊の者だというお話、あるいは本心ではユーフェミア様の騎士になりたいと望んでいるが、それをキングスレイが邪魔をしていると・・・まあ、いろいろな。君の妹がカグヤという名前だから、彼女は日本の童話に出てくるかぐや姫で、君は月の国の皇子だというお話までされている」 「へ?月の?え・・・あ、はあ。でも僕はごく普通の人間ですし、ブリタニアの貴族ではありませんし・・・騎士には、その」 どう反応していいか困っていると、キューエルもまた困ったように笑った。 「いや、解っている。全て皇女殿下の夢物語なのだ。だが、ゼロという名前が出、ランペルージとキングスレイの名が挙がってしまった。シュナイゼル殿下のご命令でもあるから、解っていても確認はしておかなければならなかったのだ。邪魔をしたな」 キューエルはそう言うと、同じく困惑した顔で苦笑している部下たちを連れクラブハウスを後にした。 残されたスザクとミレイは思わず茫然としたまま顔を見合わせた。 「どんな気分ですか、月の国の皇子様?」 「はあ、僕が大貴族ですか?」 ブリタニアの貴族になど、どう逆立ちしても無理な血筋なんですけどね。 なにせ純血の日本人ですから。 それを知っている二人は、困惑した顔をすでに閉ざされた扉に向けた。 「ユーフェミア様相当ショックだったのね、スザク君を騎士に出来なかった事」 完膚なきまでに叩きのめされたのだ。 もしかしたら彼女にとって初めての敗北であり挫折なのかもしれない。 それを認めたくなくて、あらゆる手を使いスザクを手に入れようとしたのだろう。 「それで済ませるんですか」 完全に精神が病んでいるレベルだが、相手は皇族。 それを指摘などできない。 ミレイは苦笑しながら頷いた。 「済ませるしかないでしょ?・・・それにしても、これじゃ狼少年よね。嘘ばかりついていたら、本当の事を話しても誰も信じてくれなくなるわよ」 大丈夫なのかしらと眉を寄せるミレイに、解りません。と答え、カグヤとジュリアスの様子を見てきますとその場を後にした。 「で、どういう事か説明してもらえるかな?」 ソファーに寛ぎ、優雅に紅茶を飲んでいたL.L.にスザクは詰め寄った。カグヤも美味しそうにケーキを口にしているし、咲世子も逃げる手配をしていなかった。 つまり、L.L.には今日軍人がここに来る事が解っていたという事だ。 そしてその内容も。 L.L.はスザクの説明という言葉を、あのゼロに関する事だと思ったらしくそちらの種明かしを始めた。 「先ほど電波ジャックをし、映像として流れたゼロはC.C.だ。先日録画しておいたんだ、あの映像を」 「・・・え?でも、超望遠レンズに・・・」 テレビ局の屋上に設置されているカメラに備わっていた超望遠レンズを使い、トウキョウタワーにいるゼロの姿をリアルタイムでとらえている。それがその場にゼロがいたという動かぬ証拠だった。 「そう、超望遠レンズに姿が映っていた。だが、証拠はそれだけだ」 それ以外には何もない。 つまり、テレビ局が設置していた超望遠レンズで撮られた映像もまたフェイク。 先ほどあの映像が流れた時展望台は無人だった。 だから当然ゼロは捕まらない。 展望台を無人にするだけなら、手はいくらでもある。 そしてリアルタイムに見える映像を流す事は、彼になら造作も無いのだろう。 「ホントに手品と同じで種があるんだね」 「当たり前だ。俺に魔法は使えない」 「あ、魔法で思い出した。君、ユフィに何をしたんだい?今キューエル達が来たけど、なんかおかしなことになってるみたいだよ?」 スザクの問いに、ああ、そのことか。とL.L.は頷いた。 「ユーフェミアに呪いをかけた」 事もなげに放たれた言葉に、スザクは前にも聞いた事があるなと眉を寄せた。 「呪いって・・・ああ、そういえばクロヴィスにも何か呪いだっていってたよね。確か命令に従わなかったら失明するんだっけ?」 それと同じってこと?と、スザクはカグヤの横に座りながら尋ねた。 「ああ。ユーフェミアには、スザクとカグヤ、そして俺に関する嘘をつく事。基本的には夢物語を口にする事を命じた。全て嘘だと怪しまれるから、真実も当然話せる。シュナイゼルが日本を離れた時点であちらに対する手をすぐには打てなかったから、ユーフェミアの発言の信憑性を失わせたんだ」 それはまさにミレイが先ほど口にした狼少年の話だ。 いくつもの嘘をつかせることで、スザク=ゼロも嘘だと周りは思うだろう。 スザクを手元に置くために犯罪者にしようと言う幼稚な嘘。 嘘にまみれた言葉の中に真実が隠れているなど誰も思わない。 クロヴィスやコーネリアでさえ、信じる事はないだろう。 「だからカグヤが竹取物語のかぐや姫で、僕は月の国の皇子なんて話しになるわけか」 「・・・それはすごいな。正に夢物語だ」 流石に予想外だったのかL.L.驚きの声を上げた。 「私が月人のかぐや姫ですか。では私への求婚には火鼠の裘と龍の首の珠を要求しなければいけませんわね」 竹取物語に出てくる架空の品を口にながらカグヤは笑った。 「確認に来たキューエルも、僕がゼロっていう事は信じてなかったみたいだから、君のその案は成功だと思うけど、結局呪いって何なの?」 スザクは咲世子が用意した紅茶を口にしながら尋ねた。 もしかして彼のギアスが呪いなのかもしれないが、コードの力の可能性もある。 あるいは強力な催眠術や暗示か。 「呪いは呪いだよ。強力で凶悪、正に悪魔の力だな。あまりにも無慈悲な力だから俺も滅多に使わないんだが、今回はさすがにな」 時間も無く緊急だったから使ってしまったと、その瞳は後悔を滲ませていた。 「それもコードの力なの?」 「この力は強力故に不幸を呼ぶから使用は控えている」 コードがあり、ギアスもあるのだから呪いもあるのだろうか。 それなら魔法もある事になってしまう気がするが。 「でも、凄い力のある呪いですわね。その力があればブリタニアどころか世界征服も出来そうですわ」 コロコロと笑いながら発せられた言葉に、L.L.は苦笑した。 「確かに可能だ。だが、世界など俺には興味がないからな」 「え?でも、もしそれが可能なら日本だって戻ってくるよ?」 あっさりと可能だと言い切ったため、スザクは思わず詰め寄った。 「勘違いをするな。俺にとって日本が戻るかどうかは大事なことではない。国の衰退と繁栄、消滅と誕生。皇歴と呼ばれてからの2000年の間だけでもどれだけあったと思っているんだ?俺がお前たちと共にあるのは、スザクに救われた借りがあるからだ。日本を取り戻し、ブリタニアに手を引かせるのが望みだと言うから手を貸しているにすぎない。俺やC.C.のような存在が、本来人間の歴史に関わるのは間違っているんだよ」 でなければ、不死者が永遠に世界征服するという図式が成立してしまうだろうと、L.L.は呆れたように口にした。 「まあ、確かにそうだろうけど」 テロなどしなくてもL.L.には今すぐに日本を取り戻せるだけの力がある。 それならば今すぐにでも取り戻してほしいのに。 表情からそれを悟ったL.L.は、すっと目を細めた。 「奪われた物は自分たちで取り返してこそ価値がある。俺とC.C.が取り戻し、お前に日本を開け渡したとして、その後の統治と防衛はどうするつもりだ?俺が思うに、内政に手をこまねいている間に再び攻め込まれて終わりだ。ならば面倒ではあっても地力をつけていき、自分たちの手で取り戻すべきだろう。努力を重ね成長し、明日を切り開くというならば俺とC.C.は手を貸すが、他力本願で済ませると言うなら手を引くだけだ」 淡々と口にしたL.L.を見て、ああ、これは機嫌を損ねたなと判断し、スザクは迷うこと無く深々と頭を下げた。 「・・・ごめんなさい。今後もよろしくお願いします」 「精いっぱい努力いたしますので、ご教授願います」 カグヤも共に頭を下げると、L.L.は流石に苦笑した。 「なんだ、努力する道を選ぶのか?仕方ないな、ではもうしばらく付き合うか」 意地悪な言葉にスザクとカグヤは若干不貞腐れながらも安心したように笑った。 |