まだ見ぬ明日へ 第90話


神聖ブリタニア帝国謁見の間。
その玉座には皇帝シャルル・ジ・ブリタニアが険しい顔で鎮座していた。その横に立つのは老齢で威厳のある佇まいの男。大きなフードがついた司祭のような衣装に隠れ顔は解らないが、その男が口を開くたびに、皇帝の眉間に深いシワが刻まれた。
傍に控えているナイトオブワンもまた、男の報告を耳にし険しい表情をした。
謁見の間にいるのはこの三人の男。あまり大きな声で話されているわけではないため、この広い謁見の間はしんと静まり返っていた。
そんな場所の扉が勢いよく開き、全員の視線がそちらに向く。
そこにいたのは美しい女性だった。
その女性は皇帝の許可を得る素振りもなく、オレンジ色のドレスをはためかせながら皇帝の前まで駆けるようにやってきた。皇帝はそれを咎める事をせず、重厚な扉が再び閉ざされるのを確認すると、口を開いた。

「来たか、マリアンヌ」
「どういう事なの?送り込んだギアス部隊が全滅って」

少しウエーブがかかった黒く長い髪、薄い紫の瞳の美しい女性が、その顔を険しくさせ、皇帝の前へ礼もとらずに進み出た。
数多くいる皇妃の一人、マリアンヌ・ヴィ・ブリタニア。
庶民の出でありながらナイトオブラウンズ・ナイトオブシックスとなり、その美しさゆえに皇帝に見初められ皇妃となった異例尽くしの女性で、ブリタニア一の美貌を持つとも称されていた。貴族からは嫌煙されがちだが、庶民からの信望を一番受けている人物でもある。

「解らぬ。だが、行政特区の式典に送り込んだ者たち全員と連絡が途絶えた」
「では、ユーフェミアは?あの子はどうなったのです」
「生きておる。行政特区の式典も滞りなく終了した」
「そんな!それでは響主の予言から外れてしまうわ。ユーフェミアは日本人を虐殺し、虐殺皇女となるのよ。そしてゼロに殺される。それが正しい未来なのよ」

人を操り人形のように動かすギアス、他人の口を使い会話をするギアス、一時的に視界を奪うギアス、幻覚を見せるギアス。他にも何人ものギアスユーザーをあの式典に送り込んだのだ。宣言をするそのタイミングに合わせ、彼女を傀儡とする。
目的はただ一つ。
ユーフェミア・リ・ブリタニアを操り、100万人のイレブンを虐殺すること。
そして虐殺皇女ユーフェミアを、テロリストゼロに殺害させる。
それをきっかけとしてブラックリベリオンと呼ばれるトウキョウ疎開を舞台とした決戦が始まるはずだったのだ。
そしてその時、こちらが欲する駒がいくつか自然と転がり落ちてくる事になっていた。
ブラックリベリオンはそのための舞台。
だが、それが阻止されたという。

「解っておる」
「今その話をしていた所だよマリアンヌ。これで以前から話していた事が真実味を帯びてきたと思わないか?」

司祭風の服を着た男、ギアス響団の響主は体の向きを変え、マリアンヌを見つめた。

「神の意志に逆らう邪魔ものがいると言う話し?つまり貴方以外にも未来を知るものがいると?」
「そう。侵略戦争、エリア11に現れたテロリスト・ゼロ、そして行政特区。多少の誤差はあれど、予定通り進んでいた。だが、その誤差がとうとう大きな歪を生みだした」
「中華連邦に置いたダミーの響団も壊滅した。何者かが侵入したのだ」

皇帝のその言葉に、マリアンヌは眉を寄せた。

「本来響団本部を置くはずの場所よね。でも一体誰が?私達の願いを邪魔するのは私の愚かな息子のはずでしょう?でも私には息子はいない。この身に宿った段階で始末したもの。そして娘も手元にいるわ。一体誰が邪魔をしているというの」

呪われた皇子を産めばラグナレクの接続に影響が出る。そのため、妊娠して2ヶ月目に自ら毒を飲んだ。何も解っていない愚かな息子がいなくなれば、それだけ成功率が高くなるから。
母としては最悪の選択。
だが、この世界を作り替える聖母としては正しい選択。

「そう、呪われた皇子はいない。でも、代わりがいると言う事だ。死んだスザクの代わりにカレンがこちらに来たように、戦争前のエリア11に研究のため行っていたロイドとセシルが消息不明となり、代わりにラクシャータが来たようにね。そしてあいつの代わりに誰かがゼロとなった」

こちらで不足した駒の変わりは神の手によって補充される。
邪魔な皇子を殺したことで、別の誰かが邪魔者となったのだろうが、あれほどの知略を持つ者が生まれるとは思えない。
秘密裏に黒の騎士団に潜りこませた者の話では、ゼロは日本人らしいが、いまだ末端に配置されたままのため、詳細までは解らなかった。

「枢木スザクか。本来であればユーフェミアの専任騎士となり、ブラックリベリオン後、儂の騎士、ナイトオブセブンとなるはずの男。ブリタニアの白き死神と呼ばれるほどの騎士となるはずだった。惜しい事をした物だ」

日本はブリタニアとの和平交渉を推し進めていたため思うように事が運ばず、開戦のためにと枢木ゲンブの暗殺を決行した7年前のあの日、スザクに迎えを送ったのだが、第三者があの場に介入しスザクを殺害してしまった。
カレンはたしかに有能だが、ナイトオブラウンズになるほどの力はない。
スザクは後ろ盾も持たず、その実力だけでナンバーズから這い上がったのだから、その能力は計り知れなかったというのに。

「誰かが自分の望み通りに歴史を変えようとしているのだ。これは許せない事だ。ラグナレクの接続を邪魔される恐れもある。今まで以上に慎重に事を運ばなければ」

嚮主の言葉に二人は頷いた。

「そうですね、C.C.という協力者もまだ見つかってはいない。もしかしたらその邪魔ものが我々とC.C.が出会う事を邪魔しているのかもしれぬ」
「可能性はあるわね。それでどうするの?ユーフェミアは」
「このまま泳がせておくしかないだろう。神の生贄として捧げるための時を逃したのだ。今殺した所で何も変わらぬ」

無駄死にさせるぐらいならば手駒としてもうしばらく飼うだけよ。
皇帝は目を眇めながらそう答えた。

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