まだ見ぬ明日へ 第91話


そこは断崖絶壁だった。
昨日大量の自殺者が出、警察が捜査のため集まっている姿がニュースとして取り上げられていた。行政特区と黒の騎士団が今だニュースの大半を占めている為か、14人の集団自殺という異常な出来事なのに、ほんの数分で別のニュースへと切り替わった。
人生に疲れたという遺書が見つかり、全員の身分証の類も発見されたことから自殺志願者が集まり一斉に飛び降りたと結論づけた。近くに置かれていた複数の車の中から携帯電話やノートパソコンが見つかり所有者はその14人だとすぐに突き止めた。そして、自殺したい者が集まるサイトの閲覧記録と、彼らがそこで連絡を取り合った記録も見つかっていた。

だが、真実は違う。
彼らは皇帝直属のギアス響団から派遣されたギアスユーザーで、L.L.達の手により暗殺されたが、集団自殺したように偽装されたのだ。彼ら全員の身分や自殺の内容も全てL.L.が用意した物だった。
皇帝達には彼らが死んだ事を悟らせるわけにはいかない。だが死体は処理しなければならない。だから死体はこうして堂々とした形で発見させて、ニュースに取り上げられても小さな記事となるように済ませたのだ。

嘘の名前、嘘の経歴、嘘の死因。
全てを嘘で塗り固めて。

ニュースを横目で見ながら、何社もの新聞を広げ、処理した死体が予定通りの扱いを受けた事に安堵し、L.L.は読んでいた新聞を畳んだ。
行政特区日本は無事設立の宣言がなされ、ユーフェミアが初代区長となった。副総督と区長をかけ持つ形ではあるが、どちらも碌に仕事を回される事はないだろう。有能な部下が動きまわり、ユーフェミアを支えようとする筈だ。
お飾りはああくまでお飾り。
余計な事をせずただそこに座り綺麗にほほ笑んでいればそれでいい。
そう思われているのだから。
行政特区は持って1年。早ければ3ヶ月もせず終演を迎える。
その間黒の騎士団は身を潜め水面下で力を蓄えるだけ。急激に膨れ上がった組織をまとめ、武装を整え、訓練を行う。今まで出来なかった事を行うチャンスでもある。この期間を終えれば、日本を解放しブリタニアを退けるまで一気に事が進むのだから。
そう、戦争が始まる。

「あ、ここにいたんだ。探したよ」

音も無く開いた扉の向こうから、人好きのする笑みを浮かべながらスザクは室内へ足を踏み入れた。今L.L.がいるのは最初に与えられたクラブハウスの一室。迷惑な連中がなぜか押し寄せて来るため使用を控えていた場所だった。

「君がこの部屋に居るなんて珍しいね。あ、それ今日の新聞と週刊誌?早朝から咲世子が出かけてたのは知ってたけど、これを買ってきてもらったの?」

朝の日課のトレーニングを終え、シャワーを浴びた後の濡れた髪を拭きながら、スザクはテーブルに置かれていた新聞をひと束手に取ると、ベッドに腰をおろしぱらぱらと捲った。
その様子から、今朝の事はもう引きずっていない事がよく解る。
一頻り泣いたせいか目元はまだ赤いが、表情は明るい。

「ああ。昨日成立した特区の事がどの新聞も一面に載っている。読むなら持っていっていいぞ。俺はすべて目を通した」
「全部はいらないかな。どれが一番詳しく書いているの?」

新聞が7束、雑誌が4冊。全てに目を通すつもりはないから、どれがお薦めか尋ねると、L.L.は苦笑した。

「どの新聞も雑誌も書かれている事に大差はないから、どれでも同じだよ。相手は皇族だから批判的な意見も書けないしな」
「だろうね。問題が大きくなるまでは素晴らしい政策だと書き立てるだけでしょ?」

今すぐ騒げばユーフェミアの失策となるため、時間を引き延ばして、様子を伺うのだ。そして重大なミスが起きてからイレブン・・・いや日本人が原因だと騒ぎ立てる。それをきっかけにし、行政特区を終わらせる。彼らのシナリオは既に決まっているのだ。

「それまでは、こちらの準備期間だ。今日からまたランスロットの実験だろう?今日明日は俺がカグヤにつくから、お前は向こうに集中して来い」

今日は土曜日。生徒会の仕事も無いから朝から自由になる時間がある。行政特区の事があり最近あまり顔を出していなかったから、少しの間あちらにゼロは顔を見せることになっていたのだ。

「うん、こっちは任せるよ。通信機だけはつけててね」
「解っている」

スザクはテーブルに置かれていた新聞と雑誌をまとめると、それらを手に持った。

「あと、この部屋は普段使ったら駄目だよ。また変な人が来たら困るからね。ほら、僕の部屋に戻るよ」

拒否を許さない声音のスザクに手を引かれる形で、L.L.はその部屋を後にした。




行政特区の綻びは、最初は目立たない物だった。
特区内で起きている差別や暴力、数多くの事件は全てもみ消され、特区の外へは一切出てこなかった事が大きい。
予想された通り、特区内の日本人はイレブンと呼ばれていた頃以上の劣悪な環境下に置かれることとなった。タダ同然の賃金で強制労働させられ、その日の食事にも困るほどであったが、ユーフェミアはその事に気づくことはなく、区長と副総督の公務を行い続けた。区長官邸は特区の端にあり、正面口からフジ地区へ、裏口から行政特区日本へ入れるようになっている為、ユーフェミアは特区内を移動する必要はないのだ。
区長官邸からは綺麗な住宅区が一望できるのだが、これらはすべてブリタニア人の居住区。日本人の住居や生活区域はここからは一切見えないように設計されていた。その上ブリタニア人居住区と日本人居住区の間には厳重な門が設置され、日本人は正に外界から隔離された状態で生きているのだ。
そして、外からの情報は全て遮断され、中からの情報はもみ消された。
特区が成功している風景を撮影した映像はブリタニア居住区と、名誉ブリタニア人の軍人によって演じられたもので、外に居る者たちは、ユーフェミアの作った行政特区日本はやはり素晴らしい場所なのだと、行政特区の区民追加募集が掛けられると、こぞって申し込んだ。
病や負傷で働けなくなった日本人の代わりを、そうやって補充していったのだ。
そうすることで持たせていた特区だが、そのような歪みがいつまでも続く物では無く、ブリタニア軍の強固な防壁を突破し、脱走するものが現れはじめた。
そして脱走を試みた者は皆捕縛されると、その命を落とした。

そして、特区成立から半年。
脱走に成功した日本人が特区外の人の目に触れる日が訪れた。

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