まだ見ぬ明日へ 第93話


黒の騎士団アジトに設置されている巨大モニターには、行政特区への入口である大きな門が映しだされており、有名なニュースキャスターが真剣な顔で話をしている場面が映しだされていた。その表情は重く、なにか問題が発生したことだけは解った。
このアジトに設置されている巨大モニターの前には黒の騎士団に残る事を宣言していた団員が集まり、怒りを露わにした顔でガヤガヤと騒いでいるため、放送で流れている声は聞こえなかった。皆自分たちの話に夢中になり、ゼロがこの場に来たことにも気づいていない。お陰で情報がろくに拾えず仮面の中で眉をしかめていると、それに気づいたのかC.C.が振り返った。

「行政特区から逃げ出した男が、通りがかりの日本人に助けを求めた。幸いというべきかその日本人は末端ではあるが騎士団の者で、こちらに連絡をよこした。その情報を受け取ったのはディートハルトで、古巣のテレビ局に情報を持って行き、そこから一気に広がった」

保護された日本人は今、病院で治療を受けていて、暴行の痕があり骨が浮き上がるほどの極度の栄養失調だと発表がされていた。
ディートハルトから詳しい連絡はまだ来ていないが、情報は鮮度が命。だからまずブリタニアのジャーナリストとしてテレビに情報を流すことを優先させたようだった。これだけ大々的に報道すれば必ずゼロの耳にも届くという判断だろう。ナオトの方には簡単な説明だけだったが、報道前に連絡が入ったという。
本来ならゼロの、あるいはナオト達幹部の判断を待ち行動するべきことではあるが、時間が経てばブリタニアの圧力がかかる。その前に公表しなければならなかったため、この独断専行は容認するしかない。

「だが、行政特区の不祥事であるなら、ブリタニアの恥、皇女の恥になる。それを表立って報道し、その情報がここまで大きく取り上げられたと?」

団員がしきりにチャンネルを別のニュースに変えるが、どのチャンネルもこの話題を取り上げていた。行政特区の入口には山のような報道陣が押し寄せ、中を見せろと、門番に門を開けろと迫っている。
本来で考えればあり得ない光景だった。
もし行政特区がハリボテの治世だということが表に知られば、第三皇女ユーフェミアの名を汚すことになる。しかも虐げられたのはイレブン。本来であれば当然の扱いだと嘲笑し、警察も医療関係者も報道陣もこの不祥事を秘匿する場面。
日本人が特区から逃げ出し、保護されたことも闇に葬られるはず。
だが、どのニュースも真剣に、偽りの治世というのは本当なのか、日本人は虐げられているというのは本当なのかと、取り上げているのだ。

「まあ、それは情報をいち早く手に入れ煽った者がいるということだ。そう、例えば、私と同種の存在、とかな?」
「つまりL.L.か」

ディートハルトがいくら頑張ったところで、ただ1局だけがほんの僅かの時間流しただけでは握りつぶされてしまう。そして皇族侮辱罪で携わったもの全員が処罰される。だから、全ての局で競い合ってその問題を扱うよう何かしたということだ。
情報が闇に葬られないよう、一般人の目につくようにあらゆる操作をしたのだろう。嘘や噂のたぐいではなく真実だと知らしめ、各局が報道しなければいけないような空気を作り出し、この情報に対し日本人だからと差別し、軽く扱うようなことをしたら最後、人々から非難を浴びるような何かを。
その方法は想像もできないが、ディートハルトが情報を手に入れた時点でL.L.もそれを知ったのだとしたら、彼にとっては根回しする時間は十分あったことになる。

「あの男は怖いぞ?敵には回すな。あれが本気になれば、世界などほんの数ヶ月であいつの手に落ちる」

C.C.は懐かしい思い出を語るような口調でそう忠告した。
まるで過去にL.L.が世界を掌握したかのような言葉。
以前もそんな話をしたことがある。だから本当に可能なのだろう。

「それは恐ろしいな。忠告、感謝する」

最初から敵に回すつもりなど無いが、仮面の中で苦笑し、そう答えた。 団員が「ユーフェミアだ」と声を上げたので、そちらに視線を向けると、記者会見を開くことになったのだろう、ユーフェミアが多くの高官を従えカメラの前に立っていた。
辺りはしんと静まり返り、モニターの声だけがあたりに響く。
ふと見るとC.C.は表情を消し、記者会見に望むユーフェミアを視界に囚えると、怖気が走るほど冷めた視線で画面を見つめ、冷めた声で呟いた。

「ユーフェミア、私達は期待していたんだよ。行政特区は日本人とブリタニア人が平等に扱われ、手を取り合える場所なのだろう?優しいお前ならそれが可能かもしれないと、私たちは見守ることにした。だが、やはり机上の空論、所詮お飾りには何も出来ないことが解った。お前には失望したよ。お前に夢を、理想を見すぎていたらしい」

それは独白のようだった
おそらくC.C.とL.L.の心情を現した言葉なのだろう。
行政特区は失敗する、長くは持たないと言っていた二人。
ユーフェミアの治世が成功すれば、それは黒の騎士団の活動を制限されるということなのだが、それでもブリタニアが日本人を虐げること無く平等な世界を築くことを僅かにでも期待していたのだろうか。
モニターの向こうには暗く青い顔で俯くユーフェミアの姿が映し出されていた。口を閉ざし、記者の質問には一切答えず、周りの高官が記者たちの質問に対応するという、何のための開いたのかも解らない記者会見を、見るだけ無駄だと言いたげに嘆息したC.C.は凪いだ視線をこちらに向けた。

「ゼロ、覚悟を決めろ。これをきっかけに、戦争が始まる」

いや、戦争を始める。
全ての決着がつくまで、もう止まらない、止められない。

「覚悟はとっくに決めている。彼と出会ったあの日から」

日本が守り続けていた天皇家最後の一人。
彼女を、その血を守り生きることをあの日誓った。
共犯者を手に入れ、彼女を台座に戻すとあの日決めた。
止まるつもりなど無い。

「そうか、ならいい」

C.C.はゼロから目を逸らしながら、力無く呟いた。

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