まだ見ぬ明日へ 第94話


裏切られた。
その一言に尽きる。

あれだけ美味しそうな餌をちらつかせ、素敵な場所ですよと声高に発言し、日本という国を失った彼らが縋る様にふらふらと行政特区という名の蟻地獄へ入っていくのを、この皇女は楽しげに見ていたのだ。

慈愛の姫?
ふざけるな!

国民感情は一気に膨れ上がり、行政特区から同胞を救い出せと、人々は特区入口に押し寄せた。だが、あの報道がなされすぐに軍が動きKMFが配置されたため、そこから先に生身の人間は進む事が出来ず、怒りを宿したイレブンたちが集まる様子を、軍人たちは冷めた目で見つめていた。
どれだけ押し寄せようとも、KMFがあるブリタニアの敵では無い。
指示さえあればいつでも射殺できるブリタニアと、生身のイレブン。
勝負にさえなっていなかった。
殺気立った人々が集まったその場所は、既に戦場の空気。
だがその姿は、一般人には知られる事は無かった。
なぜならブリタニアは、暴動が起きている事も、軍がKMFを持ちだし生身の人間に銃口を向けている事も全て秘匿したから。行政特区の内情を知られたのはもう取り返しはつかないが、ここから先はすべて隠すために、報道関係者は立ち入ることを許されなかった。報道関係に圧力をかける際に、万が一潜り込んだ場合、その人物はブリタニアの敵として扱う事も告げていた。その意味がわからない者はいないだろう。どれほどのスクープでも、命は惜しい。潜り込もうなどという者はいないし、潜りこませるわけにも行かない。非人道的な行いに対する証拠もなしに報道することも出来ない。だからこれから行われるだろうことに、目を背けるしかなかった。

だが、この国、エリア11でその手は通用しない。
その好機を逃すほど、黒の騎士団は甘くはない。

黒の騎士団はテレビ局の回線をハッキングし、行政特区の入口で起きている暴動を映し出した。KMFが、軍が人々に銃口を突きつけている場面。多くの人間が行政特区入口の前に集まり、特区内の人々を救い出そうとする姿。何も知らなかった国民は、イレブン、ブリタニア人関係なくその隠されていた事実に釘付けとなり、この事実を知った者たちもまた、行政特区の入口に集まってきた。
その数はやがて万を超えた。
事態が一変したのは太陽が真上に届く頃だった。
長く続いたこう着状態にしびれを切らした一般人が、手に持っていた物をKMFに投げつけたのだ。それに呼応するように石や、近くに置かれていたのだろう植木鉢などがKMFに投げつけられた。
それに怒りを覚えた軍人の一人が衝動的に引き金を引いた。
耳鳴りがするほどの大きな銃声が辺りに響き渡る。
それらも余すこと無くカメラは収め、リアルタイムで映像は流れた。
その発砲が引き金となり、呼応するかのようにいくつもの銃声が辺りに響き渡った。
鮮血が飛び散り、銃声とともに次々と人が倒れていく生々しい映像を見ていたイレブン、ブリタニア人全てが息をのみ、悲鳴を上げた。この国で戦争が終わって7年。テロはあれど平和と呼べる国で生きていた者たちにとって、目の前で飛び散る鮮血と、本当の死は衝撃でしかなかった。
物を投げたとはいえ、警告も無しに民間人を射殺した。
しかも呼応するように周りのKMFも、歩兵も銃を乱射をはじめ、その顔には笑みさえ浮かべていた。それは例え属国であるイレブン相手でも許される事ではなかった。

逃げ惑う人々。
追うナイトメア。
それはまさに悪夢だった。

こんな事はあってはならない、許してはならない。
震えながら目の前に広がった地獄絵図を見ていた者たちは、神よ、彼らをお救いください。と、無意識に祈りを捧げた。

その祈りは神に届いたのかあるいは悪魔が拾い上げたのか。
彼らの願いのままの声が響き渡った。

『黒の騎士団は行政特区に突入せよ!日本人を救い出すのだ!!』

辺りの悲鳴をかき消すような凛とした声音で、仮面の指導者の声が命令を下す。

そうだ。この映像は、黒の騎士団によるハッキングで映し出されたもの。
つまり黒の騎士団はブリタニア軍の様子をうかがっていたという事。
彼は言っていたではないか、我々黒の騎士団が見ているという事、努々忘れるなと。

『人々よ!よく見るがいい、これがブリタニアだ!慈愛の姫でさえ、その裏ではこれほどまでに残酷な事をしているのだ!これがブリタニアの支配なのだ!甘い餌で人々を集め、張りぼての城の中で家畜のような生活を強いる、まさにこの日本の姿!ブリタニアの皇族にとって日本人は家畜、いや、ブリタニアの国民でさえ彼ら皇族の奴隷なのだ!強いものが弱いものを一方的に虐げることを、私は断じて許さない!黒の騎士団よ!総力を挙げてこの場を制圧せよ!日本人を解放するのだ!』

大きな稼働音と、車両の音が近づいてくるのが聞こえ、人々は視線を向けた。
そして彼らは目にする。
自分たちを救いに来た正義の味方、黒の騎士団の姿を。
ブリタニアという強大な力に戦いを挑む者たちを。
人々は歓声をあげた。
ブリタニア軍はすかさず黒の騎士団に攻撃を仕掛けたが、この行政特区成立から半年の間に鍛え上げられた騎士団のKMF部隊の敵ではなかった。なにより、黒の騎士団が今攻めてくるとは考えていなかったのか、迎え撃つには戦力が少なすぎた。
そして、行政特区という名の檻が破壊され、囚われていた人々は解放された。
特区という地獄から生還した者たちは一様にやせ細り、その身につけている衣服は薄汚れ、どれほど酷い治世の中で彼らが生きていたのかを人々の目に映し出した。
テレビや雑誌で報じられたような、華やかな生活などありはしなかったのだ。
黒の騎士団の報道担当者と思われる者が、カメラを担ぎ行政特区内へ突入し、その真実の姿を次々と暴きだしていった。特区の中は悲惨という言葉しか出ないありさまだった。路上に倒れ伏している人も多く、衰弱から自力で歩けない者もいて、彼らの話から多くの日本人が虐待され、飢えで、病で、暴力で死んでいったという事が伝えられた。
日本人だけではない。
主義者と呼ばれる者たちや、皇族や貴族にとって邪魔な地位に居る者たちもまたこの特区に閉じ込められていた事が明るみに出たのだ。行政特区成立の際、半ば強制的に参加させられた企業はそうやって選ばれていた。かつては恰幅のいい紳士だったというやつれたブリタニア人が、自分たちがどのような扱いを受けたのかを赤裸々に告白した。外部との連絡を一切断たれ、奴隷のような扱いを受ける日々。イレブンだけではなくブリタニア人もまた定期的に選ばれ、この地に送られていたという真実。
その事実に、イレブン、名誉だけではない。
ブリタニア人もまたブリタニアという国の在り方に疑念を持つに至った。
そして、武器を手に黒の騎士団と共にこの国のトップに牙をむく。
行政特区を破壊した波は留まることなく、トウキョウへ向けてその流れを変えた。

『黒の騎士団よ!トウキョウ政庁を落とし、日本を解放する!全軍進め!』

ゼロの宣言に、歓喜の叫びが響き渡った。

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