まだ見ぬ明日へ 第98話


用意していた小型艇に乗り込み、L.L.達は戦場を離れ、この地へやって来た。
神根島。
神と交信をするため、嘗ての人類が創りだした遺跡の一つ。
その入り口に立ち、L.L.は鋭く目を細めた。

「やはり解けているな」

C.C.が事前に掛けていた封印。
世界各地に繋がっている遺跡、皇帝たちが使えないようにと日本にあるこの扉にかけたC.C.のコードによる防壁が、その痕跡も残さずに消え去っていた。

「そのようだな。まあ当然か、神の端末たる私達よりも神の力が強いのは当たり前だからな。神が奴らに直接力を貸すと決めた時点で、私たちの封印は意味を成さない」

隣に立っていたC.C.は冷え冷えとした声音でそう言った。
神のシナリオからズレた今の状況を軌道修正するには、カグヤを誘拐し、ゼロであるスザクを手に入れ、全てをリセットする必要がある。遺跡を封じれば正攻法・・・空路で来る可能性が高く、ブラックリベリオンが始まり日本が開放された時点で、確実に日本に来れる保証はなくなる。それを利用し、二人を守りながらブリタニアを追い返すつもりだったが、神は奇襲可能な遺跡を皇帝たちに明け渡してしまった。
想定の範囲内ではあるが、こちらの行動など意味は無いとあざ笑うような神の一手。L.L.とC.C.は凍えるほど冷たい気配を身に纏っており、二人が激しい怒りをその身に宿している事を、傍にいたマオとロロは痛いほど感じていた。
これほどの怒りを、憎しみを迸らせている二人を見たことなど無い。
今まで身近に感じていた存在が、とたんに自分たちとは次元の違う生き物に見えた。
だが、その心に宿る愛情は、この程度の畏怖に負けるほど弱くはない。
マオとロロは怯えた自分の心を叱咤し、歩き始めた二人の後について洞窟の中へと足を進めた。
神根島の洞窟の中はしんと静まり返っていた。
ブリタニア軍が設置した照明の人工的な明かりが洞窟内を満たしていた。それはつまり、今しがた誰かがこの通路を通ったということを示していた。四人の足音だけが場違いなほど大きく洞窟内に響き渡る。崩れ落ちた壁や床に注意しながら通路を進んでいくと、最奥にあの遺跡が現れた。
壁面に扉を模した文様が描かれている。この場に初めて訪れたマオとロロは、壁にしか見えないそれを不思議そうに見つめていた。
彼らの反応は当たり前のもの。
何も知らない人間ならば壁画にしか見えない遺跡だから。
だが、条件が満たされればこの壁面は扉となる。それは特定の道具、特別な月日、王の力をもつ人物、特殊な信号など、様々だ。日本では、神に仕える巫女、皇の血を引く者が扉を開く役目を担っていた。だからこの国の皇帝は女系で神の御子と呼ばれているのだ。王の血を引く枢木、巫女の血を引く皇、そして守護者の血筋がかつて遺跡を守っていた。
L.L.とC.C.は躊躇うこと無く扉に手をかけた。
壁面の中心にまばゆいばかりの光が産まれ、壁は扉となり音もなく開き始めた。

「・・・っ!しまった!L.L.!!」

何かに気づき慌ててたC.C.がL.L.を光から離そうと手を伸ばした。
だがもう遅い。
その手がL.L.の服を掴んだが、びくともしない。
C.C.自身も身動きが取れなくなり、悔しげに呻いた。
L.L.は激しい舌打ちをし、光の先を睨みつけた。

「チッ!ここで仕掛けてきたか!邪魔をするな神っ!」

扉から漏れた光はまるで意志を持っているかのように蠢き、L.L.とC.C.を飲み込むと、まばゆい光を放った。

「兄さん!」
「C.C.!!」

助けなければと手を伸ばすが、あまりの眩しさに反射的に二人は目を閉じた。
光が落ち着き目を開いた時には扉は閉ざされており、二人の姿は消え失せていた。



恐らくギアスを使う者達だろう、赤い瞳をした人間に囲まれながらも、咲世子は神楽耶を背にかばう形でこの奇妙な場所に立っていた。
遠くで銃撃戦が繰り返されているのを感じながら、クラブハウスで身を潜めていた咲世子と神楽耶は、突然クラブハウス内に突入してきたこの兵士達に取り押さえられたのだ。 ギアスの効かない咲世子がいる以上、彼らに後れを取ることは本来ないはずなのだが、ギアス兵は先に生徒会メンバーを抑え、彼らを人質として連れていたのだ。
神楽耶を守るのが最優先。
だが、彼らを見捨てることも出来なかった。
何より神楽耶がそれを望まなかったのだ。
ならば全員を助け出せる隙をつくしか無い。
生徒会のメンバーとともに、小型艇に乗せられ連れて来られた場所は小さな島にあった遺跡だった。その前に彼らが立つと、突然その遺跡全体が震えるように揺れだし、まるで扉のように正面の壁が開いたのだ。
まばゆい光が扉の向こうから漏れだしており、兵士達は迷うこと無く咲世子たちをその扉の奥へと押し込んだ。
そして辿り着いた先がここ。
まるで神殿のようなものが空の上に浮かんでいる場所だった。
空中に浮かぶように存在している階段を上り、その神殿らしき場所にたどり着くと、そこには予想外の人物がいた。

「シャルル・・・皇帝陛下・・・!?」

皆が絶句する中、ミレイが呟いた。

「それに、マリアンヌ皇妃も・・・」

今見ているのは現実なのだろうか?
呆けたような表情で、シャーリーもまたポツリと呟いた。
皇帝が手を振ると、ギアス兵が皆の拘束を解き一歩下がり、膝をついた。

「・・・お初にお目にかかります。シャルル皇帝陛下、私達に何か御用でしょうか」

咲世子は警戒を解くこと無く、そう尋ねた。
だが、咲世子の声など聞こえていないというように、その問を完全に無視した。

「貴女は・・・皇神楽耶ね?」

咲世子が背にかばっている少女を見つめながら、マリアンヌが尋ねた。

「皇神楽耶というと、確か7年前に行方知れずになった日本の皇族だったか」

シャルルが尋ねると、マリアンヌがそうだと答えた。何の話?という顔の生徒会メンバーと、知られてしまったと顔を歪めたミレイと咲世子、そして神楽耶。だが、彼らの反応にも興味が無いのか、皇帝と皇妃は顔を見合わせた。アッシュフォード学園にいるというゼロの妹の誘拐を命じたが、まさかカグヤが来るとは思っていなかったのだ。

「てっきり山で野垂れ死んでいると思ったんだけど、生きていたのね。でも目を怪我したのかしら?」

神楽耶の目は包帯で塞がれており、それがその時の傷じゃないかと言ったのだ。それは間違ってはいないが、包帯を巻いているのはそれが理由ではなかった。
戦争が始まる前に治療を終えたい。
スザクの願いを聞き入れたロイドとセシルは、神楽耶の目の治療を急いだ。
その治療方法は流体サクラダイトを人体に用いるという、今の医学では考えられないような方法で、ジェレミアのようになるのではという不安もあったが、二人を信じ、こうして無事手術も終えたのだ。
顔の上半分を覆うその包帯の下で、神楽耶は眉を寄せた。
今、この女は、マリアンヌはなんと言った?
山で野垂れ死んだと思ったと?
それはつまり。
神楽耶は咲世子の体に手を伸ばし、ゆっくりと咲世子の前に歩み出た。

「お初にお目にかかります、シャルル皇帝、マリアンヌ皇妃。皇神楽耶と申します」

凛とした声音で神楽耶はその名を名乗った。
嘗てブリタニアに移住した日系ブリタニア人、カグヤ・K・ランペルージの仮面を捨て、皇神楽耶と名乗った事に、咲世子とミレイは仕方が無い状況だというあきらめと、神楽耶を守らなければという意志を宿した視線で皇帝を見据えた。
それを面白いというようにシャルルは口元に笑みを浮かべた。

「よく今まで生きていたものよ」
「日本の皇族はしぶといのですわ。でなければ数千年もこの血を守り続けることなど出来ません。ところで、どうやら枢木本家に押し入り私の身内を殺害するよう命じたのが誰か、ご存知のようですわね」

無邪気さを漂わせる明るい声で、神楽耶は首をコトリとかしげながら尋ねた。

「正確に言うなら、貴女を殺すために仕掛のだけど。どうやって生き延びたのかしら」

マリアンヌはまるで邪気のない口調で、恐ろしいことを口にした。
これがブリタニアの皇族なのだ。
知らず背筋に冷たい汗が流れた。

「あら、私を、ですか?私のような小娘を殺すためだけに、あれだけの人間を殺したと?」
「貴女にそこまで教える理由はないわ」

ニヤリと口元に笑みを浮かべ、マリアンヌはそう言った。
嫌なやつ。
皇妃に対する印象はそれしか無か浮かばなかった。
シャルル皇帝には多くの皇妃がいる。
その中で一番麗しいと言われているのが、このマリアンヌ皇妃だ。
見た目は確かに綺麗なのだろう。でも、その内側は薄汚く思えた。

「神楽耶を殺すのも目的だったけど、枢木玄武を殺すのも目的だったみたいだよ?」

突然後ろから聞こえてきた声に、皆視線を後ろに向けた。
その時、一陣の風が吹き荒れた。
その風は、赤と青、そして黒。
ギアス部隊はその風に対して対処する暇もなく、その場に崩れ落ちた。


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