帽子屋の冒険2  第3話


「チェシャ猫!君のせいだ!」
「うるさい!黙れ!お前は邪魔だ!帰れ!」
「何言ってるんだ!僕がいれば帽子屋が行方不明になるなんてこと無かったんだ!大体君が!」
「二人共いい加減にしなさい!!!!」

言い合いを続けるチェシャ猫と白の騎士。
その二人を叱りつけたのはハートの女王でした。
そう、ここはハートのお城の謁見の間。
ここには今、不思議の国の住人が集まってきていました。
なぜなら、また帽子屋が行方不明となったのです。
しかも前回の犯人であるバンダースナッチと一緒なのです。
犯人はバンダースナッチではないか。そんな事を言う者もいましたが、毎日帽子屋のお使いで市場に来ては、自分一人で作ったという手作りクッキーを配り、感想を真剣にメモしては、次に活かそうと努力する姿を多くの住人、特に女性が見ていたため「以前はともかく、今のバンちゃんがそんなコトするはずがない!!」という女性陣がその考えをあっさりと根絶させてしまいました。
第一、帽子屋のキッチンには、バンダースナッチが誰かと争った跡が残っているのです。テーブルの上には、走り回る帽子屋の小さな足跡と、帽子屋を捕まえようとする誰かの掌の跡も、残っていました。
撒き散らされた小麦粉のおかげで、その場にいた人数や、身長などが解るかもしれないと、大工とセイウチ、そして芋虫が今調査を行っている最中です。大工と芋虫が事あるごとに喧嘩をしているため、なかなか調査が進まず、セイウチの鉄拳が頻繁に飛んでいるらしく、調査が終わるまで入らないほうがいいと、真っ青な顔をした赤の騎士が、帽子屋の家を封鎖してしまいました。
窓から見えた室内が赤く染まって見えたのはきっと気せいでしょう。

「私達が言い争いをしてもなんにもならないでしょう?帽子屋の家の調査が終わり次第、兵を動かします。それよりもチェシャ、V.V.、あなた達、バンダースナッチにギアスを与えたのだから、位置がわかるんじゃないの?」

そうです。コードを持つものは、自分がギアスを与えた者の位置が解るのです。
帽子屋は今小人化の影響で位置は解りませんが、バンダースナッチはチェシャ猫とV.V.からギアスを受け取っているため、二人はバンダースナッチの位置がわかるはずなのです。ですが、二人は顔を曇らせ、顔を見合わせました。

「残念な報告だ。私達はバンダースナッチの位置は解らない」
「ごめんね、役に立てなくて」

ハートの女王は、二人の顔を交互に見た後、眉を寄せました。

「一体どういうことかしら?」

その質問に、再びチェシャ猫とV.V.は顔を見合わせた後、口を開きました。

「理由は分からない。あの二人が居なくなった時点で、私はすぐにバンダースナッチを探した。だが、いつもであれば解るその位置が、全くわからなくなっていた」
「僕もだよ。チェシャ猫に言われて僕も探したけど全然解らないんだ」
「ただ、今回は帽子屋の時とは感じが違う。帽子屋は完全に感知できないのだが、バンダースナッチは、何かに邪魔されている気がする」
「うん。僕達の探知を無効化する何かが働いてる感じだよね。なんていうのかな、見えない壁みたいなものが間にある感じなんだ。シャルル・・・じゃない、ハートの王とハートの騎士はハッキリとわかるのにな」
「ああ、私もハートの女王の位置は解る。わからないのはバンダースナッチだけだ。まるでバンダースナッチが濃霧の中に居るような、そんな嫌な感じだけする」
「つまり、バンダースナッチは、あなた達のコードによる探知が無効化される場所に居るということね」

ハートの女王の言葉に、二人は頷きました。

「方角だけでも理解らないのか?」
「壁や濃霧という表現を使うということは、僅かに何かを感じているのではないですか?」

帽子屋失踪の話しを聞きつけやってきていた、白の王と白の女王がそう訪ねましたが、二人は首を横に振りました。

「あくまでもそれはイメージの話だ。そうだな、生きていることは解るが位置はわからないと言うべきだったか」

そのチェシャ猫の言葉に、なるほどと白の王と白の女王は納得しました。
ということは、少なくてもバンダースナッチは生きているということです。

「バンダースナッチの様子を常に確認するようにするけど、なんか僕凄く怖いんだ」
「怖い?V.V.貴方が誰かを怖がるなんて」

人を怖がらせることを喜ぶのがV.V.です。そのV.V.が怯えるなんて。ハートの女王は嫌な予感を覚えました。

「帽子屋もバンダースナッチもギアス能力者。つまり、ギアスとコードが狙われている可能性はあるかもしれません」
「そうですわね」

一人優雅に紅茶を飲んでいた赤の王は、口元に笑みを浮かべながらそう言いました。
勿論イエスマンの赤の女王は、それに賛同します。

「では、ジャバウォックもここに呼びましょう。出来るだけ兵も城に集め、何者かが侵入しても対応できるようにしなくては」

ハートの女王はキビキビとした動作で、次々兵に命令を出します。
ハートの王はその様子を、威厳たっぷりな顔で見ていました。
実は内心、可愛い可愛い帽子屋が居なくなり、帽子屋が弟子として可愛がっているバンダースナッチまで居なくなったことで、今すぐ自ら兵を率い、不思議の国の総力を上げて探したいところなのですが、絶対にこの玉座から動かないようハートの女王に命じられていたため、身動が取れないのです。
ハートの女王は怖いので、ガラスの心臓を持つハートの王は逆らえません。

「私は帽子屋の家に戻る。ここで待っているなど性に合わないからな。それに誘拐された姫は救いだすものだろう?」

チェシャ猫はハートの女王にそう告げると、傍にいた白の騎士の腕を掴みました。

「白の王、白の女王。こいつは鼻が利く上に戦闘力だけは高いからな。私の役に立つかもしれないから借りていく」

そう言うと、返事も聞かずにチェシャ猫は転移しました。

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