帽子屋の冒険2 第6話 |
帽子屋の家の清掃と調査いう名目で、科学者三人に荒らされた部屋だけではなく、帽子屋の寝室や書斎、浴室などすべての部屋を記録し、何故かタンスの中まで細かく調べていた赤の王を見つけたチェシャ猫は、すぐに欠片の調査をするよう命じて赤の王と部下を家から追い出し、ジャバウォック、ドードーに清掃を命じ、赤の女王のカメラから帽子屋の家のデータを全て削除するという余計な作業を終えてから、白の騎士の元へ戻りました。 プリプリと怒りながら、変質者・・・いえ、赤の王がタンスの中まで調べていたことを白の騎士に愚痴っていると、白の騎士の目がみるみる据わっていきました。 「ふ~ん、それって犯罪だよね?いくら王様でも犯罪は駄目だと思うんだ。だから赤の王にはお仕置きが必要だよね?」 にこやかな笑みでそう言いながらも目だけは据わっているので、正直爽やかさなど欠片もなく、只々恐ろしい笑顔なのですが、同意見のチェシャ猫としては心強い味方を得た思いでした。 おかげで、少し怒りが収まりました。 「その相談は、帽子屋とバンダースナッチを見つけてからだ。で、何かわかったことはあるのか?」 「残念ながら。全員からする匂いが何なのかを調べる方法無いかな?」 「花の香に近いんだったな?ならばハートの城に戻るぞ。ハートの女王の香水コレクションからまず確かめてみよう」 香水という言葉に、白の騎士はあからさまに嫌そうな顔をしました。 鼻がいい白の騎士は香水が苦手なのです。 仄かに香る程度ならいいのですが、中には鼻が曲がりそうなほどシュッシュとコロンをかけている人もいますし、王達が開催する舞踏会などは、皆普段以上に香りをつけてくるものだから、白の騎士にとってはある種の地獄でした。 「・・・確かに香水かもしれないし・・・仕方ない。行くよ」 ですが、帽子屋のためだと、白の騎士は頑張ることにしました。 「当然だ。お前に選択肢など最初から無い」 チェシャ猫は白の騎士と共にハートの城に飛び、二人はハートの女王の香水部屋に 篭もりました。 よし、次に見張りが此方を確認に来るのは1800秒後。あのドアの窓から此方を覗くタイミングは300秒間隔が多い。ならこのタイミングだ! 石壁の影に隠れながら様子をうかがっていた帽子屋は、タイミングを見計らい走りだしました。 (ああっまた躓いて転んだ!怪我は・・・してないみたいだけど、やっぱり危ないよ。頭が大きくてバランスとりにくいんだから。それに万が一見つかったら・・・ああ、神様っ帽子屋が見つかりませんように!!) 過去の事件で帽子屋を小人化させたバンダースナッチは、過去の行いを激しく後悔していました。小人化していなかったら、きっと囚われることはなかったでしょう。 牢屋の中で、バンダースナッチは「怪我がひどくて動けない」という設定を帽子屋に与えられ、3時間たってもろくに動けないという演技をすると、流石に死なれたら困ると簡素なベッドと布団一式が与えられました。 帽子屋の指示通り、バンダースナッチは痛みで動けない姿を装うため布団に潜り込み、頭も布団の中に隠した状態でその隙間から牢屋の外をハラハラとうかがっているのです。 これはバンダースナッチの暖を取るだけではなく、見張りを油断させるための物。 その油断を突いて帽子屋が動き始めたのです。 帽子はさすがに置いていきましたが、2頭身の体は非常にバランスが悪く、それでなくても運動が苦手な帽子屋は、ここから鉄格子、そして鉄格子から暖炉付近までの間に3回転んでいるのです。 ただ見ていることしか出来ないこの情況は非常に心臓に悪く、バンダースナッチは神など信じてはいませんが、こんな時ばかりは神に祈る以外ありません。 薄暗い場所を選び、走る帽子屋が暖炉の側まで辿り着いた時、バンダースナッチはホッと息をつきました。ですが難関はここからで、暖炉の横の壁にかかっている鍵を帽子屋は取ろうとしているのです。 丸い輪っかに幾つもの鍵が付いているタイプで、どう考えても帽子屋が持って歩ける重さではありません。しかもその位置は高く、台も無いためどう考えても帽子屋に取れるはずがないのです。 バンダースナッチは当然反対しました。 「俺はゼロ!不可能を可能にする男だ!」 と、ゼロモードになっていた帽子屋は聞く耳を持ちませんでした。 小さな体で段差をよじのぼり、レンガの隙間に手をかけて上へとよじ登っていきます。 普段であれば帽子屋の体力で暖炉を登りきれるはずはないのですが、ゼロモード中で尚且つ怪我をしたバンダースナッチを守るという保護者モード、更にはバンダースナッチは帽子屋の弟子。弟という文字が入る関係なのです。つまりブラコンモードまで同時に発動したため限界以上の力を出していました。 息を切らしながら帽子屋は必死になって暖炉の壁を登ります。 見回りが来て、暖炉を確認するまであと600秒。 (帽子屋が落ちませんように!帽子屋が見つかりませんように!神様、帽子屋を守って!) バンダースナッチは神に祈りながら、疲れてふらついている小さな体が無事に戻ってくることをじっと見つめていました。 「白の騎士が見つけた欠片と、あの靴跡の調査結果が出たよ」 赤の王は笑みを浮かべて報告しました。 「あれは、雪の国の軍隊が使用している靴だった。そしてあの欠片、素材はガラスで、おそらく香水の瓶だね。今どんな香水のものかを調べているところだよ」 「やはり香水か。中身はこの香水に近いそうだ。なにかヒントになるかもしれないから預ける」 チェシャ猫は、ハートの女王の香水コレクションから持ってきたピンクの瓶の香水を赤の王に渡しました。ちなみに白の騎士は香りの強い香水をずっと嗅ぎ続けたせいで少し具合が悪くなったため、今は外で新鮮な空気を思う存分吸っているところです。 チェシャ猫から渡された香水を嗅いだ赤の王は、ふむと顎に指を当て考え始めました。 「初めて嗅ぐ香りです。ハートの女王、此方の香水は何処で?」 ハートの女王は香水を受け取ると、その瓶をよく見た後、香りを嗅ぎました。 「以前北の国の女王がおみやげにと持ってきたものです。何でも寒い地方に咲く紫の花から取れる貴重な香水だとか」 「寒い地方ですか。雪の国の軍と、この香水。北の国、雪の国、氷の国周辺の可能性は高いですね」 「そうですね。私はこれから北の国に協力をお願いしてきます」 ハートの女王は旧知の友である北の国の女王の元へ転移しました。 「では、私は雪の国の動向を調べましょう」 白の王はそう言って白の女王を連れ、お城へ戻りました。 残念ながら雪の国と氷の国は比較的争いを好む国なので、友好国でも同盟国でもありません。そのため、これから偵察部隊を送る手配をするのです。 相手がギアスを封じる以上、ハートの王、女王、騎士がギアスによる転移を使い、一気に乗り込むという手は使えないのです。 「そんなにのんびり待つ気は無い。私は先に調べに行く」 そう言うと、チェシャ猫は謁見の間から姿を消しました。 |