帽子屋の冒険2 第7話 |
カツカツカツ。 二人分の足音が響き、バンダースナッチは身を固くしました。 (まずい、早く早く!帽子屋隠れてっ) あと1段。 ふらふらと、既に満身創痍な帽子屋は、プルプルと震える腕を精一杯伸ばし、最後の力を振り絞り、どうにか暖炉の上によじ登りました。はあ、はあ、とふらつく体で、四つん這いになりながらも、じりじりと鍵の方へ移動しています。 当然、誰かか此方に向かってきている事に気がついているため、内心穏やかではありません。見張りは必ず暖炉に巻きをくべるため、ここにいては見つかってしまいます。 (くそっ、あと少しだろう!今動けないでどうするんだ!) カツカツカツカツ。 足音が次第に近づいてきます。 時間がないと、フラフラの体で、帽子屋は立ち上がりました。 目指すは牢屋の鍵。 今失敗すれば、二度と手に入れることは出来ません。 帽子屋の視界には既に見張りの二人がハッキリと見えています。 今動けば気づかれる。 帽子屋は少しでも息を整えるため、壁により掛かるように立ち、様子をうかがいました。 監視は二人共まっすぐに牢屋へ向かいます。 カツ。 やがて足音が牢屋の前で停まりました。 「おい、生きてるか?」 「聞こえているのか?おい、返事をしろ」 見張りの二人はバンダースナッチの方へ向き、手に持っていた棒で、布団に包まっているバンダースナッチを乱暴につつきました。 「う・・うう・・・ぁっ・・・」 棒で突く度に、バンダースナッチは苦しそうな呻き声を上げました。 突かれた所が痛いこともありますが、重症で動けないという役を必死に演じます。 「ちっ、軟弱だな南の人間は」 「軍の連中がやり過ぎたんじゃないか?あいつら最近戦争がないから暴れ足りないと騒いでいるだろう」 そんな監視の声を耳にしながら、バンダースナッチは布団の隙間から、帽子屋を伺っていると、バンダースナッチに監視の視線が集中している隙にと、帽子屋が最後の力を振り絞り、走りだしました。 目指すは壁にかかっている鍵。 その距離はバンダースナッチから見れば掌2つ分の短い距離ですが、帽子屋にとっては全力で飛んで届くかどうか。 「まあいい、薪を補充してから、今まで通り様子見だ」 そう言いながら監視が振り返る直前、帽子屋は暖炉の上から飛び降りました。 「ん?」 「どうした?」 「いや、気のせいか?今小さな黒いものがいたような・・・」 「ネズミじゃないか?」 「ああ、そうかもな」 監視は何事もなかったかのように薪をくべると、カツカツカツと足音を立て、この場を立ち去りました。 やがて重々しい音を立て、扉が閉まり、しん・・・と静まり返ったその場所に、すすり泣く声がひびきました。 「ううう・・・うううううっ帽子屋、帽子屋ぁ~っうぇぇぇぇぇっ」 布団をかぶったままのバンダースナッチは泣き出しました。 「泣くなバンダースナッチ。よくやってくれた。完璧なタイミングと、演技だったぞ。さすが俺の弟子だ」 バンダースナッチの手には満身創痍の帽子屋と、牢屋の鍵。 帽子屋が無事に戻ってきたことで、バンダースナッチの緊張の糸が切れたのです。 「帽子屋、帽子屋ぁ~怖かったよ~もうダメかと思ったんだっ」 「何を怖がることがある、全て計算通りだ。俺もほら、無事に戻れたし、鍵も手に入っただろ?よく頑張ったな」 何度か転んだりしたせいで顔にすり傷ができて、服もすすで汚れてしまいましたが、その程度で済んだのです。 暖炉を登るのが時間ギリギリではありましたが、想定の範囲内だったので何も問題はありません。 大きな体でわんわんと泣く自分より年上の男を安心させるため、ニッコリと笑みを乗せ、小さな手でバンダースナッチの頭をなでました。 バンダースナッチは、本当に頑張りました。 ギアスでここから逃げ出すことは出来ませんが、契約済みの帽子屋を自分の手元に移動させる事はできたのです。 だからこそ、帽子屋が鍵を手にした瞬間に、バンダースナッチの手に帽子屋を転移させるという作戦を決行したのです。 監視が振り返る直前、鍵に帽子屋が飛びついたのが見え、その瞬間手元に転移させたおかげで、帽子屋が鍵にぶつかった時の金属音もすべて布団に吸収され、監視に聞かれずにすみました。 かなり際どいタイミングでしたが、その瞬間まで感情を抑え、じっと息を潜め、指示通り重症の演技までしたのです。不安定な精神を持つバンダースナッチが、短時間とはいえ感情を抑えきれるのかがこの作戦の最大の難所だったのですが、どうにか乗り越えることが出来ました。 はあ、はあと息の荒い帽子屋は、ぐすぐすと、泣いていますが先程より落ち着いてきたバンダースナッチに、少し休むといった後、気を失うように眠りにつきました。 周り一面雪・雪・雪。 「寒っ!」 突然の気温の変化に、白の騎士は思わずその体を震わせました。 「この程度の寒さで弱音か。軟弱だな」 ふふんと、腰に手を当て震える白の騎士を見つめるのはチェシャ猫。 「そんなにガッチリと防寒着を着ている君に言われたくないよ!!」 毛皮のコートに毛皮の帽子にマフラー、ブーツもしっかり冬仕様。 自分だけはちゃんと準備をしてからくるあたり、さすがチェシャ猫です。 「何を言う。私のようなか弱い乙女に薄着で来いというのか。酷い男だなお前は」 「そうじゃないだろう!こんな場所に来るなら、僕にだって厚着させてよ!」 「そんな暇はない。バンダースナッチに何かあったらしくてな。私のコードが疼くんだ」 「え!?何かって何!?」 バンダースナッチに何かがあったということは、一緒にいる可能性がある帽子屋にも何かがあったということです。 あの小さな体で何か危険な目にあっていたら命に関わります。 白の騎士はさっと顔色を悪くしました。 「知るか!いいか、帽子屋とバンダースナッチのいる場所はおそらく北の国か雪の国、あるいは氷の国ということだ。さあ、探せ白の騎士!!」 「えええ!?いやいや、無理だから!範囲広すぎるだろ!!」 無茶ぶりにも程があると、白の騎士は訴えました。 「やる前から無理とか言うな!やってから結論を出せ!まずはこの雪の国からだ!探さないなら、このまま雪山に置いていくぞ!」 チェシャ猫の理不尽な命令に、白の騎士は頭を抱えました。 |