帽子屋の冒険2  第8話


純白のコートに白の帽子。厚手の白の衣服に白の手袋と白の冬用ブーツ。全身白の防寒着を身にまとった白の騎士は、雪山の山頂から辺りを見回しました。
辺り一面雪景色で、こんな情況でなければ素直に綺麗だと言える風景なのですが、今はそんな気分ではありません。帽子屋の安否がわからない今、この白い景色は冷たい死の景色にしか見えないのです。
帽子屋の行方を勘で探せという無茶ぶりをしたチェシャ猫は、とりあえず防寒着を着たいという白の騎士の願いを聞き入れ、一度着替えのため白の騎士の屋敷に戻った後、すぐに白の騎士をこの場に放置して姿を消しました。
バンダースナッチが感知できない理由を調べるため、契約をしているV.V.とチェシャ猫はハートの城で会議をすることになったため、ここに居るのは白の騎士一人だけ。
白の騎士にギアスは与えていませんが、凄く不本意そうな顔をしながら何やらマーキングをしたらしく、白の騎士の居場所をチェシャ猫は感知できるようになっていました。

「だからって、こんな場所に置いてくなんて酷いよ!」

白の騎士の苦情は、やまびことなって辺りに響き渡りました。
あまりにも虚しいその状況に、白の騎士は嘆息した後、辺りをキョロキョロと伺いました。
このままここにいても意味はありません。
今いる場所は雪の国と北の国の境界線にある、この周辺で最も標高のある山でした。ここから雪の国と町が点在しているのがよく見えます。
北の国はハートの女王と懇意にしているため、探すべきは雪の国と氷の国。
白の騎士はすっと眼を細めると、勘に任せて走ることにしました。

「きっと僕の行く先に帽子屋が居るはず!待ってて帽子屋!今助けに行くからね!」

そんなポジティブ思考の白の騎士は、まずは麓に降りるべきだと、高い山頂から一気に滑り降りました。
突風とも言える白の騎士の走りで、新雪が一気に巻き上がり太陽の光を浴びてキラキラと輝きました。



「うわぁ。綺麗だなぁ」

布団を体に巻きつけたバンダースナッチは、窓から外を眺めていました。
遠くに見える一番高い山で雪が降っているのか、その周辺がキラキラと輝いているように見えたのです。
バンダースナッチの体に隠れるようにして窓の外を覗いているのは帽子屋。
周辺の様子をキョロキョロと伺い、なにか情報はないか調べていました。窓には鉄格子が嵌めこまれているので帽子屋は通り抜けられてもバンダースナッチには無理です。そして小さな帽子屋は抜け出せても凍死してしまうため、ここから出るという選択肢はありません。
やはり脱出ルートは鍵を使って牢を抜け出すしか方法はなさそうです。
昨夜手に入れた鍵は、必要な鍵だけ取り外した後、見つからないうちに元の場所へ戻さなければいけませんでした。
そのため、シーツを出来るだけ細く裂いた紐を作り、端をつないで輪にしました。
その紐の一部を持って帽子屋は暖炉横まで走り、鍵が置かれていた場所の下まで行くと、帽子屋はその紐を自分の体で固定するよう持って立ちました。紐の反対側のにはバンダースナッチ。そこには鍵の束が縛り付けられています。
帽子屋を軸に紐をゆっくりと回転させると、鍵の束は帽子屋のもとまで移動しました。
蝶々結びで縛られた鍵の束を外すと、その場に放置し、紐に引っ張られる形で帽子屋は牢屋の中に戻り、無事に30分以内にすべての作業を追えることが出来たのです。
幸いここの鍵は一つの輪に10本ほど括りつけられており、その中にはこの牢屋の予備もついていたため、1本抜いたぐらいでは気づかれないはずです。
その後来た見張りが落ちている鍵の束を見つけ、そういえばネズミがここを走っていたという話となり、ネズミが引っ掛けて落としたのだろうと、ろくに確かめることもなく鍵の束は元の場所に戻されました。
そしてバンダースナッチは未だに回復していない演技をし、鍵を手にしたことはバレずに済みました。そして鍵を手に入れた今、ここに長居する理由などありません。

「よし、バンダースナッチ、作戦を開始する」
「了解だよ、ゼロ」

苛烈な光を放つ紫玉の瞳を見つめながら、バンダースナッチは頷きました。




「結論から言うとだ。バンダースナッチを捉えている者、あるいはその仲間にコード能力者が居る」

チェシャ猫のその言葉に、V.V.は頷きました。

「それは間違いないの?」

ハートの女王のその言葉にも、V.V.は頷きました。
そのV.V.は今ハートの王の膝の上に据わり、ハートの王に抱きついていました。
いつも不遜な態度のV.V.ですが、ハートの王の腕の中で弱々しく怯えるその様子に、周りの者は眉尻を下げました。

「僕、この邪魔している気配が凄く怖くて仕方がなかったんだ。それで昨日からずっとその理由を考えてたんだ」
「V.V.と儂はずっと話をしていた。その恐怖の原因が何かを探るために」

そして、V.V.は気がついたのです。
それはずっとずっと昔の話。
まだハートの王がV.V.と同じ容姿だった頃にまで遡ります。

「それでわかったんだ。この、バンダースナッチを取り囲んでる気配。これは、僕のハートを壊して欠片を奪っていったコード能力者だって」

その言葉に、謁見の間はざわめきました。

「つまり、バンダースナッチが戻ってこれないのも、こうして居場所が判別できないのも、コードのギアスを封じる能力の影響ということだ。そいつがギアスを与えたものが、バンダースナッチと帽子屋を誘拐したと見るべきだ。でなければ、ギアスで逃げたバンダースナッチを追えるはずがないからな」
「となると、対抗できるのはコード能力者だけということか?」

白の王のその問に、チェシャ猫は頷きました。

「そうだな。コードでコードを相殺させることは可能だが、何処にいるかわからないバンダースナッチに使われているコードは現段階では相殺できない」
「V.V.を襲った犯人ね。これはチャンスじゃない」

にっこり笑うハートの女王の言葉に、全員の視線が集まります。

「バンダースナッチと帽子屋を救い出し、尚且つV.V.の欠片も取り返すのよ。ああ、そのコードを持つ者にはしっかりとお灸をすえなければね。私の可愛い帽子屋に危害を加えたのですから当然よね?」
「うむ、V.V.を傷つけた報い、今こそ受けてもらおう」

ニコリと満面の笑みで微笑むハートの女王、ニヤリと笑みを浮かべるハートの王。
その表情はどちらも穏やかに見えますが、謁見の間に居る者達は全員背筋が凍りつくような恐怖を覚えました。

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