帽子屋の冒険2  第9話


牢屋に続く一本道。
その奥のドアの向こうに監視は常時2人待機していました。
そして30分に1度、バンダースナッチの様子を見、そして薪をくべにその監視は牢屋へ移動します。
交代は4時間毎。
先ほど交代したばかりなので、次の交代時間まではここにいる二人だけとなります。
ベッドに蹲り弱っているバンダースナッチを確認したのは30分前。
棒で乱暴に突かれた事でバンダースナッチは目を覚まし、体中が痛いと言いたげにうめき声を上げ、鈍い動作でベッドから立ち上がり、見張りが持ってきた食事をふらつく足で受け取っていました。
それから30分後、見張りが牢を確認すると、バンダースナッチの姿が見えません。
慌てて牢屋を確認しますが、しっかりと鍵が閉められていて、すべての鍵は定位置にある鍵束に収まっていました。
窓を壊された形跡もなく、牢屋の扉は閉ざされ、監視は通路向こうの扉の前に立っています。
そんな状況だというのに、煙のごとく人が一人消えてしまったのです。
監視は見張りが一人その場に残り、もう一人は報告のためその場を離れました。
やがてバタバタと何人もの兵が牢屋に訪れ、数人がかりで牢屋の中を調べましたが、何も見つかりません。
逃げる場所がないのに、消えた。
つまりこれは囚えた男のギアスで転移したものだと判断されました。
だが、まだ近くにいる可能性もあると、兵はこの場所を離れ、高亥様に報告をと、何人かの兵はどこかへ言ってしまいました。
それから数分後。
しんと静まり返ったその部屋の、暖炉の横に置かれていた3人がけのソファーの後ろの影が動きました。
その影はしばらくしたのち、バタバタと必死に動き出しました。

「ねぇ帽子屋、あの人大丈夫かな?」
「あの人?」
「ほら、僕さ、今は自分の服の上にあいつの服着てるだろ?あいつ今下着だけなんだよ?寒くないのかなぁ?死んだりしないよね?」

バンダースナッチはここにいる兵の服を来て、兵に紛れて移動していました。
帽子屋は、バンダースナッチにしっかりと食事をさせた後、鍵を使い牢を開け、再び鍵を閉めると、鍵を鍵束の中へ戻してからソファーの影に隠れるよう指示を出しました。
そして、息を潜めて見張りが来るのを待っていたバンダースナッチは、牢の中を見て、慌てて一人が出て行った隙に、その場に残った見張りを倒し、その衣服を奪い取っていたのです。
気絶した見張りは、見張りが着ていたシャツで縛り上げてソファーの後ろに隠しました。
牢屋から消えた事を、ギアスのせいだと決めつけ、ろくに暖炉のある場所は調べないだろう。帽子屋のその予想は的中し、こうして悠々と逃げ出すことに成功しました。
都合のいいことに、ここの兵は皆長いマフラーを口元まで巻き、耳元も隠せる毛皮の帽子をかぶっているため、すれ違ってもバンダースナッチだと気づかれません。

「バンダースナッチ・・・っ!お前敵にまで、なんて優しい子なんだ!安心しろ、あの部屋には暖炉があるし、そろそろ目を覚ますだろう。すぐに助けだされるから、風邪も引かないよ」
「えへへ、そうか。なら問題はないね」

帽子屋に褒められてバンダースナッチは嬉しくて顔に笑みを浮かべました。その様子に、怪我の具合は良さそうだと安堵した帽子屋は、バンダースナッチが首に巻いているマフラーに身を隠しながら、少しでも情報を手に入れるため周囲を伺いました。



白煙を巻き上げひた走る白の騎士は、何処を目指すべきかなと思案していました。
このまま下れば大きめの町。その奥には雪の国のお城。
帽子屋をとらえたのが雪の国だとしたら、一体何処に捉えておくのでしょう。

「囚われのお姫様は、敵のお城の地下牢や塔にいるっていうのがセオリーだよね。でもそれじゃ、簡単すぎる気がするんだよな」

なにせ不思議の国に喧嘩を売る行為なのです。
自分たちが誘拐しました。
その証拠を自軍の本拠地になど置くでしょうか?
戦争に発展しかねない行為の、その証拠そのものを、です。

「白の王なら自分の手が届く場所に置く。なぜなら自分の行いに自信があり、正しいことをしているのだと言い切るから。ハートの王・・・じゃないな、ハートの女王ならわざと城の目立つ場所に置く、早く奪いに来い、攻めてこいと挑発するために。でも、相手はその姿も見せずにV.V.のハートを傷つけ、欠片を奪って逃げた卑怯者の悪の魔法使いだ。二人のような堂々とした行動はしない気がする。・・・じゃあ、赤の王なら?絶対に隠して、そして手元には置かない。そんな危険な物、絶対遠くに置くに決まってる。うん、万が一にも自分が手を下したと知られたら面倒だから、絶対に離れた場所に置く。それも他の国がやったと言い張れる場所に。それでいて、自分の領土・・・となると国境かな?」

北の国との国境、あるいは氷の国との国境。
犯人は氷の国か雪の国だと仮定した場合、氷の国と雪の国の国境が一番怪しい気がしてきます。

「よし。決めた。帽子屋は氷の国との国境付近だ」

白の騎士は目の前に広がる大きな町も、雪の国のお城も全て素通りし、その向こうにある氷の国との国境を目指しました。

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