帽子屋の冒険2  第11話


先ほどまで、凍えるほど冷たい場所にいました。
それなのに、どうして今はこんなに暖かいのでしょうか?。
一緒だった彼は無事なのでしょうか。
現状を確認しようと、重いその目蓋を持ち上げました。
すると、視界に写ったのは翡翠を思わせる美しい緑色でした。
白い世界にいたはずなのに緑色。そのことに困惑した帽子屋は、何度かぱちぱちとその大きな瞳を瞬かせました。

「ああ、良かった。気がついたんだね」

その美しい瞳を優しく細め、太陽のような明るく穏やかな笑顔を向けている人物を認識した帽子屋は、思わず素っ頓狂な悲鳴を上げました。

「・・・ひどいな、僕の顔見て悲鳴なんて・・・。思ったよりも元気そうだからいいけどさ、さすがの僕でも傷つくよ?」

不貞腐れながら呟いた白の騎士に、帽子屋は慌てて謝りました。

「い、いや済まない白の騎士。まさかお前が居ると思わなかったんだ。ところで、バンダースナッチは!?何処に居るんだ!?」

寒さのせいか、自由にならないその体は無視し、動く頭でどうにか辺りを見回しましたが、視界に映るのは白の騎士のみ。後は白銀の世界が広がっているだけでした。
白く冷たいその世界に、思わず背筋が震え、顔を強張らせた帽子屋は、青ざめた顔で白の騎士を見つめます。

「僕が見つけたのは君だけなんだ。君が雪に埋もれて倒れている所を見つけたんだけど、バンダースナッチとはぐれたの?」

その言葉に、帽子屋はあの時のことを思い出しました。
崖から川に落ちる僅かな間に、バンダースナッチは肩に乗っていた帽子屋を掴むと、崖の上に放り投げたのです。
こんなに寒いのですから、川になど落ちたらバンダースナッチでさえ死ぬかもしれないのですから、小人化している帽子屋では確実に助かりません。それならばと、バンダースナッチは賭けに出ました。
兵士はすぐそこまで追ってきています。きっと帽子屋はその兵に見つかるはず。
再び牢屋に入れられてしまうかもしれませんが、生きていれば助け出すことが出来ます。必ず助けるから、必ず戻ってくるから待ってて。祈りを込めたバンダースナッチの行動は見事成功し、帽子屋が崖の上の深い雪の中に落ちると同時に、バンダースナッチは激しい水音を立てて、凍えるほど冷たい川の中へ落ちました。
突然落ちていたはずの体が宙に浮き、再び急降下し、更には視界が真っ白い雪に囲まれた帽子屋は、何が起きたのだと混乱し停止しかける頭を大きく振ると、バンダースナッチを救わねばと、どうにか雪の中から出ようとしましたが、この辺りの雪はサラサラのパウダースノウで、動けば動くほど雪が体に積もってしまいます。
小さな体はすぐにその体温を奪われてしまい、そのまま気を失ってしまいました。
そこに、バンダースナッチを追いかける兵を打ち倒しながら白の騎士がやって来て、雪に埋もれる帽子屋の匂いを見つけ出し、その命を救ったのです。
凍えていた帽子屋は、今は白の騎士の手袋にすっぽりと収まっていました。白の騎士の手袋は内側がフカフカの毛に覆われていて、とても暖かく、冷えきっていた帽子屋の体を温めるのには最適だったのです。
ようやく回復した思考が最悪の答えをはじき出していて、帽子屋はその顔をくしゃりと歪めました。

「バンダースナッチは、崖から落ちた。俺だけでも助けようと、崖の上に俺を・・・」
「え!?あの水音ってバンダースナッチが落ちた音だったの!?僕はてっきり雪が重みで崩れて落ちた音だと思ってた」

帽子屋が雪に埋もれていたのは、バンダースナッチが落としたからだと勘違いしていた白の騎士は、しまったと言いたげに顔を歪めました。川の水は凍っていないため、それなりの温度は保っているはずですが、人の命を奪うには十分な冷たさです。その可能性をどうして考えなかったんだと、帽子屋を助けだした安堵で気が緩んでいた白の騎士は、自分のミスに思わず唇を噛みました。

「・・・今からでも、もしかしたら見つけられるかもしれない。急いで川の周辺を探そう」

いくらバンダースナッチが嫌いと言っても、帽子屋の愛弟子なのです。
彼に何かがあれば帽子屋は悲しむと判断し、助けられるのであれば助けたいと、そう白の騎士は思いました。
何より今の彼は、守るべき不思議の国の住民の一人なのですから。

「君はそこに入っててね」
「ちょ、お前、俺も探す!」
「駄目だよ。君は今死にかけてたんだから、ゆっくり体暖めてて」

帽子屋の文句は完全無視し、帽子屋を入れた手袋をポケットに入れ、ボタンを閉めると、白の騎士は川に向かって移動をはじめました。

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