帽子屋の冒険2  第16話


氷の国のお城の巨大な門の前で膝と片手を床につき、もう片手で持っている剣をライと名乗った銀髪の青年に向けていた白の騎士は、ざわりとした悪寒を感じました。
それは駄目だと、体を支えていた腕に力を込め、勢いをつけて後方へその体を反らして尻餅をつく形で後退すると、片手に剣、そして片手で首もとを抑えてからライにその切っ先を向けます。
ライは首を傾げ、身体を支えていた方は手袋をつけていないから、床の冷たさに耐えかねて体勢を変えたのか?と思いましたが、違和感がありました。
ここは氷の国。
その名の通り、氷に閉ざされた極寒の地です。
剣を持つのに手袋が邪魔だというならまだわかりますが、左の手袋がない意味がわかりません。

「聞いていいかな白の騎士。どうして君は右手だけ手袋をしているのかな?左手の手袋はどうしたんだい?」

その指摘に、白の騎士は息を呑みました。
今マフラーを抑えている左手の手袋は今左のポケットに入っています。
帽子屋をマフラーに移動させて逃げることに必死で、手袋の事を忘れていました。

「いいだろう別に、邪魔だから外していただけに決まってるじゃないか。僕はバンダースナッチを探しに、川を下りるところだったんだから」
「ふーん?まあいいけど。バンダースナッチは僕も探したけど見当たらなかったよ。あれだけの距離探索して居ないってことは、もう助からないだろうね」

にやりと、顔を歪めて笑うその様子に、白の騎士は背筋が凍える思いがしました。
駄目だ。この男はやはり危険すぎる。白の騎士は身構えます。
幸い、今の会話でかなり時間が稼げました。だいぶ足の感覚も戻ってきていて、白の騎士は震える足を叱咤しながら立ち上がりました。
ふらふらと立ち上がるその様子を見て、ライはニタリと笑います。

「君は無駄なことをするよね。その麻痺した足ではさっきみたいな速度は出ないから、僕のナイフは避けられないよ?今度は金属ではない、氷の刃で相手をしようか。薄い薄い氷の刃でね」

薄い氷なら、もうナイフとして投げることは出来ません。その鋭利な側面に手を触れれば、白の騎士の手袋も裂けてしまうでしょう。先ほどの手はもう食わないと言いたげに、残忍な笑みを浮かべ男は白の騎士を見つめます。

「で?本当の理由は何?僕の知らない何かが、君にはありそうだよね?」
「答える気はない」
「そう?じゃあ最初の予定通り、血を流してもらおうかな?」

その声と共に嫌な気配が頭上に現れ、白の騎士は首もとを庇いながら回避行動を取ります。その直後、先程までいた床に硬質な音を立て砕け散る氷の破片が見えました。
次が来たらやられる。そう思ったのですが、次が来る気配がありません。
笑う男は、白の騎士が体制を整えるまで待っているようでした。
白の騎士はじたばたと暴れる帽子屋を片手で抑えながら、どうにか体制を整えます。

「ねえ白の騎士。その手は何かな?喉でも痛めた?さっきから、気になるんだよね」
「別に?どうしてそんなことばかり気にしてるのかな君は」
「帽子屋、と呼びかけた君の答えをまだ聞いてないからね。もしかして、そこにいたりするのかな、彼が。そういえば、以前不思議の国の住人と北の国の住人が小人化する騒ぎがったね。もしかして彼も小人化したのかな」

白の騎士はスッと目を細め、いまだ麻痺の残る両足に力を込めました。

「そうか、そういうことか。危なかったな。ナイフで殺してしまうところだったね。じゃあ交渉しようか白の騎士。帽子屋をこちらへ。君には危害は加えない、無事に白の城へ転移してあげるよ」

そう言うと、狂王は手を前に差し出しました。

「断る」

即答した白の騎士の言葉に、ライはにたりと笑いました。

「肯定、したね?じゃあ改めて挨拶をしよう。こんにちは、はじめまして帽子屋。僕はライ。君なら僕がわかるよね?隠れていたら、どうなるかも解っているはずだよ?」

その言葉に、帽子屋は必死になりました。この小さな体を抑えこむ白の騎士の手から逃れると、マフラーの間から顔をぴょこんとのぞかせました。

「止めろ!これ以上馬鹿な真似はするな!白の騎士、俺をライに渡せ!」
「駄目だ!何を言ってるんだ君は!必ず守るからおとなしくしてて!」
「この馬鹿が!氷の国のライといえば、千年以上前にすべての国を戦乱に巻き込んだ元凶、嘗てこの国を支配していた狂王だ!!おまえは再び戦争を始める気か!!」

その言葉に、白の騎士は目を見開いて驚きました。

狂王ライ。

狂乱の時代と呼ばれた頃に生まれ、氷の国の王となり、やがて狂王となり世界を混乱に陥れた人物で、各国が協力し、狂王を氷の山へと追い払いました。その後狂王の姿を見たものは居ません。狂王から開放された世界は歓喜に湧き、戦争は終わったと言われているのです。
絵本にもなっていて、白の騎士も読んだことがありました。
狂王に逆らう者は鋭利な刃物で体を切り刻まれて、殺されてしまうというシーンが印象強く残っています。
氷の国の嘗ての支配者。銀髪の狂王ライ。確かにその条件すべてを彼は満たしていました。千年以上前の人物ですが、コードを持っていたのなら今も生きていることに納得できました。出来ますが、腑に落ちません。

「なんでそんな人物が今になってこんな事を!?」

白の騎士はゆっくりと狂王から距離を取ろうと後方へ移動します。

「さあ、どうしてだろうね?でも、僕のことを知っているなら話は早い。この氷の国の城の者達も助けたいだろう?今はまだ生きてるよ?帽子屋をくれれば、彼らも開放することを約束しよう」
「狂王の言葉など信じられるか!お前を倒し、帽子屋を守る。そしてこの国も救う!」
「不可能だよ、君にはね」
「黙れ!」

白の騎士も理解っています。
普段の機動力がなければ、狂王の刃は避けられません。
絶体絶命、打つ手なしです。
時間を稼ぎ、足が回復するのを待ちますが、もう相手はこれ以上待つつもりはないらしく、白の騎士の周りに氷の刃を降らせました。
硬質な音が響き渡り、白の騎士が眉を寄せた時です。

「白の騎士、もういい。ありがとう・・・チェックメイトだ」

帽子屋は、眉尻を下げ、薄く微笑みながら白の騎士にそう言いました。


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