見えない鎖 第4話


ロッカーには無い。机にも無い。行動範囲内には無い事を確認し、後は校内を手当たり次第に探すしかないなと、ありそうな場所を虱潰しに探したのだが、やはりどこにも無かった。

「まいったな。どこに行ったんだろう」

この学園に名誉ブリタニア人でしかも軍属の下級兵。そのうえ皇族の殺害容疑までかかった者が、苛めの対象にならないはずがない。
予想はしていたが、やはり辛いな。
はっきり言って力でねじ伏せていいならば容易な相手だが、それをやってしまうと僕を入学させたユフィに迷惑がかかってしまう。それに、抵抗すればそれを相手は面白がり、さらに悪化するのだ。ならば、何事もなかったかのように、じっと耐えるのが一番被害の少ない方法だと昔誰かに聞いた気がする。
そのうち相手も飽きるだろう。
まあ、僕を入学させたのが皇族だと知れば、それだけで終わる事ではあるが、その手だけは使いたくはなかった。そこまで彼女に頼りたくはないのだ。
校内を探し終えたので、外に無いかと花壇の中を探してみたが、やはりない。
どうしようかなと、あたりを見回した時、車いすに乗った人物が視界に入った。
ここから見えるのは車いすの背の部分、そしてわずかに見えるウエーブ掛かった茶色の髪。
そうだ、あいつがいるのだから、彼女がここに居てもおかしくはないのだ。
周りを見渡し、誰も近くに居ない事を確認してから、僕は彼女が向かっている少し遠くに見える建物へ移動した。
誰も傍に居ないというのに、慣れた様子で車椅子はその建物を目指し進んでいくと、やがてピタリとその動きを止めた。思わず足を止めると、車いすは器用にその場で回転し、こちらに向いた。
そこに居たのはやはり予想通りの人物で、スザクは嬉しくなって駆け寄ったが、突然走りだしたその足音に、少女はびくりと震えた。

「そこに居るのは、どなたですか?」

若干怯えを含んだその声音に、スザクは慌てて立ち止まった。

「ああ、ごめん、急に走り寄って。びっくりしたよね」

穏やかに話すスザクの言葉に、ナナリーは首を傾げた。

「・・・あの。何処かでお会いした事がありますよね?・・・ごめんなさい、懐かしく感じるお声なのですが・・・」

その声に覚えがあるような気がするのに誰なのかわからない。目が見えなくなったことで、聴覚が鋭くなったナナリーは、一度聞いた声を間違う事はなかった。
それなのに解らない。
今の足音も知らない。
声と足音も一致しない。
困惑した様子のナナリーに、スザクは苦笑した。

「解らなくて当然だよナナリー。あれから7年だ。僕は声も変わったし身長も高くなった。だから、あの頃と同じはずはないからね」

その言葉に、ナナリーはハッとし、その手を前に差し出した。
スザクはゆっくりと近づき、ナナリーの前に跪くと差し出された手を取った。暖かく懐かしい手。ナナリーはパアッと華がほころぶような笑顔を向け、その閉ざされた瞼から歓喜の涙を流した。

「この手、間違いないスザクさん!無事だったんですね。ああ、良かった」

心の底からの安堵と喜びを向けられ、スザクはああ、彼女は変わらないなと、嬉しそうに笑った。

「うん、助けてくれた人が居てね。その人の計らいで、この学校に通う事になったんだ」
「そうなんですか?」
「とはいっても、僕は軍人だからね。仕事の無い時しか来れないんだけど」
「軍・・・まだ、続けるんですか?危険じゃないんですか?」

あんな事があったのに。
そう不安を滲ませた彼女に、スザクは大丈夫だよ、と明るく言った。

「先日配置換えになって今は技術部に居るんだ。だから大丈夫、危ない事はしないよ」
「本当ですか?ああ、良かった。・・・あ、すみません外で立ち話なんて。どうぞ中へ入ってください」
「中?この建物の?」

ナナリーが向かっていたこの建物は、校舎から離れた場所にあり、寮とはまた違う物だった。完全バリアフリーの作りになっているため、まるでナナリーのために作られたようにも見える。

「はい。ここは生徒会のクラブハウスなんです。私はこの体なので、寮には入れませんから、ここに住まわせてもらっているんですよ」

さあどうぞ。
ナナリーは器用に車いすを回転させると、先導してその建物に入って行った。
広いエントランスの先にある扉を抜けると、そこから先は居住区となっているらしく、促されるままダイニングへ足を進めた。

「あら、ナナリー様御帰りなさいませ。後ろのお方は、枢木スザク様でしょうか?いらっしゃいませ」

ナナリーの車椅子の音で気がついたのだろう。キッチンに居たメイドらしい女性がこちらへ向かい一礼してきた。

「おじゃましています。えーと、日本人、ですよね?」
「はい。篠崎咲世子と申します」
「咲世子さん。スザクさんは私とお兄様の幼馴染なんですよ」
「そうだったのですか?」
「はい。あ、スザクさん今日はこの後ご予定はどうなっていますか?もしよろしければ夕飯ごを一緒にいかがです?咲世子さん、駄目でしょうか?」
「大丈夫でございます、ナナリー様」
「いいのかいナナリー?」
「はい、もちろんです。お兄様も喜びます」

嬉しそうにそう話す彼女のその言葉で、スザクは嫌な事を思い出した。
ああ、そうだ。
彼女と一緒という事は、あいつとも一緒なんだ。
それは嫌だ。
スザクはナナリーの前に膝をつくと、その手を取った。

「ありがとう、ナナリー。凄くうれしいよ。でもごめんね、今日はこの後軍で起動実験があったんだ」

だから戻らないといけない。
心底残念だという声音でそう告げたスザクに、ナナリーは悲しそうな表情でその手を握り返した。

「お仕事なら仕方ないですね。また誘ってもいいですか?」
「うん、今度は仕事のない日にゆっくり遊びに来るよ」
「約束ですよ?」
「うん、約束する」

そう言うとスザクは立ち上がり、じゃあ、僕急ぐから。と、その部屋を急ぎ後にした。
早くここを離れなければあいつを見ることになる。
ナナリーだけだったなら、この誘いを断る事はなかったのにな。
ほんとうに残念だ。
ああ、取られた体操着も探さなきゃ。
足音が遠ざかるのを聞きながら、ナナリーは今、スザクが触れていた手にもう片方の手を乗せた。

「咲世子さん」
「はい、ナナリー様」
「どうして、スザクさんは今、嘘をついたのでしょうか?」

悲しそうな声で、ナナリーはそう尋ねた。

「解りません。ですが、ナナリー様がお兄様、とルルーシュ様の事をお呼びした時に、スザク様は考えを変えられたようにお見受けしました」
「・・・咲世子さんもそう思いましたか?」

あれだけ兄と仲の良かった幼馴染。
その彼が、あからさまに兄を拒絶していた。
理由は解らない。
だけど、その拒絶はとても強く、嫌悪ともいえるほどに物に思え、ナナリーはその胸に大きな不安を抱えながら、兄が帰宅するのを待った。

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