見えない鎖 第5話 |
いつも通り兄と二人で夕食を取りながら、私は話をするタイミングを図っていました。 あの、頼もしく優しかった、大好きなお友達であり、幼馴染でもある枢木スザク。 腹違いの兄であるクロヴィス殺害の容疑者となった時には、生きていたということの喜びと、ブリタニアの裁判では、絶対に有罪とされてしまう絶望に襲われました。 でも、スザクの護送中、真犯人が名乗りを上げ、その上無実の罪で連行されていたスザクをも救いだしてくれたのです。義理の兄を殺した相手ではあるりますが、それ以上にスザクを救いだしてくれた事に、私は心の中で感謝をしていました。 だから、無事だという事は知っていたのです。 でも、ブリタニア軍に所属している名誉ブリタニア人の扱いがひどい物だという事も、私は知っていました。 武器も持たされず、戦場に立たされる・・・捨て駒、なのです。 兄は私が不安を感じる事は決して教えてはくれないから、私は日本人である咲世子にお願いして、それらの情報を手に入れていました。 このまま軍に居れば、殺されてしまう。 そんな不安を、兄も感じていたはずです。私たちが知りえる程度の情報ならば、兄は必ず手に入れていますから。とても仲の良かった彼が辛い環境に居る事に、不安を、恐怖を感じないはずありません。 ですから、彼が学園に来ているという事を兄が喜ばないはずがありません。 軍が休みの間だけでも、殺伐とした世界から解放できる。その間だけでもこの場所に受け入れる事を望まないはずがありません。兄はきっと、時間はかかるかもしれませんが、あの優しい幼馴染をブリタニア軍という処刑場から救いだすに違いありません。あの時のゼロのように。 だから、すぐにでもそれを兄に知らせたかった。 兄は知らないはずだから。 知っていたら、今のように何処か辛そうに笑うのではなく、心からの笑みで私に教えてくれるはずだから。 でも、私は迷っていました。あのときの彼の態度があまりにも冷たい物だったから。 「ナナリー?どうしたんだい?なにか、悩み事があるなら、相談に乗るよ」 「え?」 突然兄に声をかけられたことで、私は思わず驚きの声を上げました。 食事中だというのに、私は思考のループに囚われ、手が止まってしまい、その上兄の話を上の空で聞いていたのです。 「ナナリー、疲れているんじゃないか?顔色も良くない」 「あ、いいえ、違うんですお兄様。疲れているわけではないんです」 「それならいいけど、ナナリー、無理をしてはいけないよ?」 とても優しく、穏やかな声。 兄が私にだけ向けるこの声から、不安を感じ取り、私は慌てて首を振りました。 「本当に大丈夫ですお兄様。実は今日、スザクさんにお会いしたんです」 「スザクに?」 喜びが混ざると思った兄の声に、硬さと苦しみを感じ取り、私は嫌な予感がしました。 でも、一度口に出した以上、最後まで話すしかないと、私は話を続けます。 「はい。クラブハウスの前で偶然お会いしました。軍の時間が空いたときに学園に通う事になったそうです。お兄様、ご存知でしたか?」 兄とスザクは同い年なのです。その上相手は名誉ブリタニア人。必ず噂が流れる事を私は失念していました。兄が噂に気づかないはずがありません。ならば、兄はスザクが学園に来ていた事を知っていたはずでした。 「ああ、スザクは俺のクラスに入ったんだ。話すのが遅くなってしまったね」 「お兄様のクラスに?お兄様、スザクさんとお話をされましたか?」 「・・・いや、今日は何も話していないよ」 普段通りに話す兄の声。でも、一瞬空いた間と、今日という言葉から、ああ、ではほかの日に会って話をしているのだと私は気がつきました。 兄は私に嘘をつきませんから。 「そうですか。実は今日の夕食にスザクさんを誘ったのですが、軍の仕事があるからと断られてしまいました」 「スザクを夕食に?」 意外そうに話す兄の言葉に、私は違和感を覚えました。 「いけませんでしたか?」 「いや、そうではないんだ。スザクと、どんな話をしたんだい?」 「あまりお話は出来なかったんです。咲世子さんにお茶を用意していただく前に、仕事を思い出したと軍に戻られてしまって」 「咲世子さんにお茶・・・という事は、スザクはここに?」 「はい。それがどうかしたんですか?」 先ほどからの兄の反応に違和感を感じ、私はそう尋ねました。 「ああ、いや、大したことではないんだ。そうだ、ナナリー。今度の金曜、スザクに時間があるようなら夕食に誘ってみるよ」 「え?」 「どうしたんだいナナリー。金曜日でなにか不味いのかな?」 「え?いいえ、私は大丈夫ですが」 「なら、確認をしておくよ」 「はい」 私はあの時感じた違和感を話すべきか迷いながらも、結局口にする事は出来ませんでした。 スザクが兄を避けているようなそんな違和感。 咲世子も感じた物。 私は不安を感じながらも、すでに冷めてしまったスープを口に運びました。 そして金曜日。 スザクは夕食の招きに応じてくれました。 ですが、その日兄は用事があるからと、出かけてしまいました。 その時、ああ、やはりそうなんだと、私は確信したのです。 理由はわかりませんが、スザクは兄を避けているのです。 そして兄もその事を知っているのです。 ですから、自分の居ない日に、スザクを招待したのです。 「そんなこともあったね。懐かしいな」 「ふふ。もうあれから7年もたつんですね」 あのころとは違い、大人しくなった幼馴染。 やわらかで優しい声と、柔らかな言葉づかい。 まだ再会してそう時間はたっていませんが、あの頃と変わらず優しい人だと私は確信しました。少し帰宅が遅くなっても大丈夫だというので、折り紙を折りながら、いろいろな話をしました。 でも、その話の中に兄の話は一切出てきません。 私が口にしても、すぐに話題を切り換えてくるのです。 さりげなくなされるそれは、疑いの気持ちを最初から抱いていなければ、気付かなかったかもしれません。一体二人に何があったのだろう。私は心配になりました。 兄は決して話す事はありません。 ならば、彼から聞かなければありません。 私は勇気を振り絞り、そのことに触れることにしました。 「スザクさん、お兄様とどこで再会されたのですか?」 その私の言葉に、スザクは言葉を詰まらせました。 やはりここに問題があるのだと、私は確信しました。 「ルルーシュは何て言ってたの?」 「お兄様は何も話してくれませんでした。ですが、学園でお会いする前に、再会されていますよね?その時の事を教えてくれませんか?」 あくまでも明るい声で、ただ話を聞きたいだけなのだと、私は尋ねました。 「まあ、ルルーシュからは話せないよね。いいよ、隠す事でもないし」 先ほどまでとは打って変わり、スザクは吐き捨てるような声でそう言いました。 その事に、私は知らず恐怖を感じました。 「クロヴィス殿下が亡くなったあの日。ルルーシュはシンジュクに居たんだよ」 「え!?」 「テロリストのトラックに乗っているところを僕が押さえた。親衛隊にテロリストとして始末するよう命じられたんだけど、トラックが爆発してね。ルルーシュを取り逃がした」 スザクが話す内容は予想外の物で、私の思考は一瞬停止しました。 兄があの日のシンジュクに居た。しかもテロリストのトラックの中に。兄が、テロリスト? そう疑ったのは一瞬。 あの日の事をリヴァルから聞いていたため、私は慌てて首を振りました。 ああ、兄はテロリストだと思われたのだ。だから軍属のスザクに嫌われてしまったのだ。 ならばその勘違いを訂正しなければ。 「違いますスザクさん。あの日、お兄様はリヴァルさん・・・同じクラスのお友達と、出かけられていたんです。お友達のバイクに乗って。その帰り道で、後ろから迫ってきたトラックに煽られ、どうにかそれを避けた時、そのトラックは事故を起こして停止したと聞いています。お兄様はそのトラックを運転していた方を救助に行ったのですが、その後トラックは急発進して、お兄様とはそこではぐれてしまったとリヴァルさんが言っていました」 つまり、兄はトラックの運転手の安否を確かめようとしたところ、急発進したトラックに何らかの方法で乗ってしまい、そしてそのトラックがテロリストのものだったのです。 兄はただ巻き込まれただけ。 怪我もせずそんな危険な場所から無事に帰ってきてくれた事に、私は神に感謝しました。 そして兄の性格上、そんな危険な目に会っていた事を誰かに話すことはあり得ません。 リヴァルが、自分を置いて何処かに行ったと文句を言い、兄はただ謝っていましたが、本当はその時、テロリストと間違われて殺されるところだったなんて、一言も話していませんでした。 「ああ、うん。そんな所だろうね。親衛隊も、ルルーシュがテロリストだなんて思って無かったよ。ただ、テロリストの死体が必要だから、その場にたまたまいたルルーシュが標的になっただけ」 「え?」 あっさりとそう口にする彼に、私は困惑を隠せませんでした。 先ほどまでそこに居たのは間違いなく枢木スザク。 でも、いまここに居るのはいったい誰なのだろう。 そう思うほど冷たい口調で、兄が無実なのは知っているけど、汚名を着せて殺すつもりだったと、この男は口にしたのです。 「ど、どうしてそんな!お兄様が一体何をしたというのですか!?」 「何もしてないね。でもいいじゃない。ルルーシュなんだし」 冷たい口調で云い棄てられたその言葉に、私は心が冷えて行くのを感じました。 この男は、今何と言った? 「お兄様だから、いいんですか?」 「そうだよ?ナナリーも災難だよね。ルルーシュが兄だなんて」 「・・・どういう事ですか?」 「え?そのままの意味だよ?どうしたのナナリー?顔色が悪いよ?」 私の質問に、その男はそう答えると、私を心配するように優しい声音でそう言いました。先ほどまでの冷たい男とはまるで別人の、暖かな声音。 私が震える手を差し出すと、その男は優しくその手を取りました。 「本当に大丈夫?手、凄く冷たくなっているよ。それに震えてる。やっぱり具合が悪いんだね」 「・・・スザクさんは、お兄様の友達ではないのですか?」 「トモダチ?・・・ああ、昔はそう、だったね。なんで僕はあんな奴の・・・トモダチになんてなったんだろう。人生最大の汚点だよね。ああ、もうあいつの事は話すのはやめない?思い出すだけで虫唾が走るじゃないか。再会した時なんて吐き気がしたよ。良く君は我慢していられるね、あいつと一緒に居る事に。僕は同じクラスってだけで気が滅入るよ。リヴァルだっけ?彼も良くあいつに付き合えるなって、ほんと感心するよ。ああ、もしかして君が具合を悪くしたのも、あいつの話をしたからじゃないのか?・・・本当に、あの時殺し損ねたのが悔やまれるよ。ごめんね、次チャンスがあったら、必ず仕留めるから」 兄に対して冷酷な言葉、そして私に対して優しい言葉。 そして暖かな手から伝わってくるのはどちらも本当だという事。 ああ、心やさしい幼馴染は、私たちと分かれている間に一体何があったのだろう。 何をされたのだろう。 怖い。 スザクが、怖い。 私はスザクから手を離すと、自分を抱くように両手で震える体を抑えようとしました。 そして、スザクが慌てて咲世子を呼んでくるまで、私は頭の中で、ただひたすら兄に助けを求めていました。 |