見えない鎖 第8話 |
私は、ナナリーが話す内容を、じっくりと頭の中で反芻させた。 ベッドに上半身を起こし、蒼い顔をしているナナリーは今にも泣きそうで、咲世子がベッドの端に座り、彼女の背をゆっくりと、姉のような、母のような優しさで撫で続けていた。 ナナリーが咲世子に寄りかかり、縋っている姿が痛々しく、私は眉尻を下げた。 これは、予想外だった。 枢木スザク。 この名前はこの兄妹から何度も聞いていた。 だから、大丈夫だと、そう思ったのだ。 実際に、ナナリーはスザクの暴言を聞くまでは、とても楽しく過ごしていたと言ったので、7年の空白があっても、仲良く過ごせる可能性はあったのだ。 だが、それはあくまでも可能性の話だった。 現実はそうではなく、枢木スザクの暴言により、ナナリーは体調を崩すほどのショックを受けたのだ。 昨夜倒れたナナリーの見舞いにと、私は一人で彼らの住むクラブハウスへやってきたが、まさか彼女の口からこんな話が出てくるとは思わなかった。 最初は何も語ろうとしなかったナナリーではあったが、スザクを生徒会に入れようと思う、という私の言葉に、顔色を無くし「生徒会ではなく、他の場所では駄目なんですか?」と、彼女らしくない否定の言葉を口にしたので、咲世子と共にようやく聞き出すことに成功したのだ。 枢木スザクが、彼らの話の通りの人物であるならば、生徒会に彼が入る事をナナリーは喜ぶはずであった。そして、ルルーシュもだ。伏せっているであろうナナリーに、それを手土産代わりに来たというのに、全くの逆効果で、私は自分の軽率さに唇を噛み締めた。 「それで、ルルちゃんはどこ?」 「ルルーシュ様は、今朝用事があると外出されました」 口を閉ざしているナナリーの代わりに、咲世子がそう口にしたので、私はまさかと思い、顔を青ざめた。ルルーシュは周りが引くレベルでのシスコンだ。 最愛の妹、ナナリーを傷つけた相手を許すはずがない。 たとえ、親友であっても、だ。 「どこ?ルルちゃんどこに?ああ、スザク君を探すほうが早いかしら!?」 その私の言葉に、ナナリーはまさか、と顔を上げた。 「落ち着いてくださいミレイ様。ルルーシュ様はスザク様の所へ行ったわけではありません」 「え?違うの?」 それ以外の理由で、彼が苦しむ妹を置いて外出などするだろうか。 しないはず、である。 だが、ここ最近彼は今まで以上にこの学園からいなくなり、授業をサボる回数も増えていた。以前なら学園内、特に屋上で暇を潰していたはずなのに、最近は学園外に出て行っていた。 まさか、彼女? いやいやいや、もしいたとしても、ナナリーを放置する理由にはならない。 あれやこれや考えていると、咲世子が口を開いた。 「このような事、お話するのは本来いけない事なのですが」 「何々?いいから教えて咲世子さん」 「昨日、お水を取りにキッチンへ向かったところ、食材を調べていたはずのルルーシュ様がいなくなっておりまして、お部屋に戻られたのではないかと思い、様子を窺いに行ったのですが、そこでルルーシュ様はどなたかとお話をされていまして」 「誰かと?」 「相手の声はよく聞こえませんでしたが、ルルーシュ様が、スザク様に何があったのか調べてるので、協力してほしいと、その方に言っておりました」 「協力?」 「はい。私はすぐにその場を離れましたから、詳しい事は解りませんが、おそらくルルーシュ様はその方と何か調べているのだと思います」 「調べる?スザク君がルルちゃんを嫌いになった理由を?」 そんなことわかるのかしら? でもルルーシュなら可能なのかも? 私は腕を組み、眉を寄せながら、ルルーシュが何をしようとしているのか考えてみたが、さっぱりわからなかった。 「お兄様が調べているのは、嫌いになった理由では無いのかもしれません」 俯いていた顔をあげ、ナナリーはそう言った。 「違うの?」 「あの時、スザクさんはまるで、私を含め世の中の人すべてが、お兄様を嫌って当然だという言い方をしていました。そう、お兄様が探しているのはおそらく、スザクさんがお兄様を嫌いになった時期です」 「え?それって・・・どういう事?」 その二つにどんな違いがあるのだろう。 私は嫌な予感がして、おもわず声が固くなってしまった。 「もっと範囲を狭めるのであれば、軍に入った後か、それとも前かを調べるのだと思います」 軍の前か、後か。 それだけで、私は悟ってしまい、背中に嫌な汗が伝うのを感じた。 軍の前ならば問題は無い、でも後ならば? 「ミレイさんもご存じのとおり、私とお兄様は、血縁者に疎まれていました。特にお兄様は、幼いころから聡明で、身内からも目の敵にされていたのです」 その事は、私も幼かったころの事ではあるが、よく知っている。 庶民を母とするこの皇子と皇女は、腹違いの兄弟や、その母に散々嫌がらせを受けていたのだ。時には命にかかわるもの・・・つまり暗殺者さえ送りこんできていた。結果、二人の母であるマリアンヌ皇妃は暗殺されている。 そして、この二人も戸籍上はすでに死んでいる。 「もし、ブリタニア軍に入った後であれば、スザクさんが洗脳をされた可能性はあると思います。幼いころ私たちがスザクさんの家に居た事は、身内は皆知っていました。そのスザクさんが軍に入ったのです。ミレイさんもご存じのとおり、軍には私たちの身内がおります。もしそこで、スザクさんがお兄様の親友だったと知られたら、あるいはその可能性があると判断されたのだとしたら・・・お兄様に好意を持つ者がいる事さえ、あの方たちは許さないのかもしれません」 洗脳。 それは今私が考えた最低な方法。 ああ、やはりあの方の妹君だ。その両目は塞がれていても、とても聡明なのだ。 でももし、それが事実だとしたら、その洗脳を解く事が出来るのだろうか。 もしできないのであれば、私はこの箱庭の中に、最悪の敵を入れてしまったことになる。 幸い、その敵は、この二人の生存を報告してはいない。 幸い、その敵は、一人だけを標的にしているから。 だから、もう一人のために、報告をしないのだろう。 私は、自分の考えの甘さを痛感した。 なぜ、事前に面接をし、あらゆる可能性に備えなかったのだろう。 なぜ、同じクラスになどしてしまったのだろう。 少しでも二人が笑える、幸せな場所にしたかったのに。 今まで築き上げてきた防壁がガラガラと、崩れる音が聞こえたような気がした。 |