見えない鎖 第9話


この学園の生徒は、必ずどこかのクラブに所属しなければならない。
枢木スザクも例外ではなく、何処かに入らなければならないのだが、名誉ブリタニア人であり、クロヴィス殿下殺害の容疑者となったことで、どこのクラブも彼の受け入れを拒否した。何より軍人だ。どんなにその能力が高くても、活動などほとんどできない幽霊部員になるのは間違いない。名前だけの在籍となるだろうが、それでもやはり、関わりたくはないのが人間だ。
全てのクラブを回ったミレイは、やはり生徒会で受け入れるしかないかと、嘆息した。
枢木スザクは洗脳を受けている可能性がある。
おそらくは皇族の誰かの仕業で、その誰かはルルーシュを嫌悪している。
そのため、ルルーシュに対してスザクは冷たい態度を取る、というのが私たちの結論だった。
その皇族は、ルルーシュの話題をスザクに振り、スザクが嫌悪する態度を取る事を楽しんだに違いない。
何て悪趣味。
でも、そういう人が沢山いるのもまた皇室という場所なのだ。

・・・洗脳。

普段であればそんなはず無い、考え過ぎよ。と、笑い飛ばす内容なのだが、その被害者があの兄妹だというなら、笑ってなんていられない。
可能性がある以上、否定などしない。
最悪の事態は常に想定しなければならないのだから。
すでに箱庭の壁は打ち破られ、敵を内部に入れてしまったのだから、番人である私が最後の防壁とならなければ。
幸い相手は軍人。放課後の活動などなかなか出てこられないだろう。そのうえルルーシュがいるのだ、軍の仕事があると、幽霊状態になる可能性も秘めている。
すでに先手は打たれ、二人は共に傷ついている。
後手に回ってしまった以上、こちらが不利なのは仕方がない。
だけど、今度はこちらが仕掛ける。
ここは私の箱庭。
私の戦場はここなのだから。
ミレイはまだ誰もいない生徒会室へ足を踏み入れると、手早く携帯を開き、役員の一人に電話をかけた。

「みんな、今日から生徒会に入る事になった、枢木スザク君よ。彼に関してはいろいろ聞いているとは思うけど、名誉ブリタニア人だからと差別はしないようにね!」
「枢木スザクです。よろしくお願いします」

ぺこりと頭を下げたスザクを見つめながら、私は笑顔で頷いた。

「うんうん、いいわねー。礼儀正しい子は私、好きよ?」

その私の言葉に、真っ先に反応したのはリヴァル。

「俺、リヴァル。リヴァル・カルデモンド。よろしくな」
「私はシャーリーよ。よろしくねスザク君」

続いて返事をしたのはシャーリー。
うんうん、この二人は偏見なさそうでいいわね。

「カレン・シュタットフェルトです。よろしく」

ゆっくりと、儚げな笑みを乗せて、カレンも挨拶をする。予想通りではあるが、ニーナはびくびく震えながらこちらの様子をうかがっているが、挨拶は出来ないらしい。
イレブンが怖い。
それは彼女のトラウマを考えれば仕方のない事だけど、本当に怖いのはイレブンでは無い。
その事を、彼女にも教えることは出来るかしら?

「で、あそこにいる子がニーナ。みんなスザク君と同じクラスよね。解らない事があればリヴァルに聞けば教えてくれるわよ」
「おう、何でも聞いてくれ。あーでも、勉強は勘弁な」
「そうよね~リヴァルは勉強を教えるより、誰かさんに教わるほうが多いものね」

くすくすと笑い声があちこちから聞こえる和やかな空気。
本来ならここに、後二人欲しいのだけど、今は、無理。それが残念で仕方がない。
さて、そろそろ爆弾をセットしましょうか。
ね、枢木スザク君?

「あと、うちの副会長がいるんだけど、今日は私用で来てないのよね。でも、挨拶はいらないでしょ?ああ、うちの副会長はルルちゃん・・・ルルーシュ・ランペルージなのよ。聞いてるわよ、あなた、ルルちゃんとナナちゃんの幼馴染なのよね」

ルルーシュの名前を出した瞬間、彼の目から光が消え、冷たい眼差しに変わった。
ああ、本当だ。これはまるで、別人。

「え?ルルーシュの幼馴染?」
「そ。ルルちゃんとナナちゃんは戦前から日本に住んでるのよ。スザク君とはルルちゃんと戦前からの友達なのよね?」

私のその言葉に、彼の纏う空気が冷たいものへと変化していく。
その表情は本当に憎しみに満ちていて。
ルルーシュはこの彼と話をしたのだと、その時の彼の悲しみを思うと、胸が痛んだ。

「あいつの話は、しないでもらえませんか?」
「あらあら~?どうして駄目なのかしらスザク君?ねえ、あなた。ほんと~に、枢木スザク君なのよね?あの二人の話では、本人に間違いないって事だったけど、私は信じられないのよね~。ねえ、本当のこと教えてよ。あなた、枢木スザクのそっくりさん?本当のスザク君はどうしたのかしら?」

彼の放つ冷たい空気と、殺気に満ちた眼差しなど、私は怖くは無かった。
だって、私には守るべきものがあるのだから。
番人である私は、誰よりも強くなれる。
そうでなければ、守護者など名乗れはしない。
リヴァル達は突然のスザクの豹変に声を無くし、ニーナは怯えている。
私の態度にも、驚いているだろう。
でも、私はあなた達の前で、爆弾を爆発させたいの。
今後のためにも。

「何の話でしょうか?自分は確かにナナリーの幼馴染で友人です。7年前に友人となったのは僕です。どうして僕が偽物だと、そういう話になるんですか」

ナナリーの。
その言葉に、私は悲しくなる。

「どうしてだと思う?」
「・・・解りません」
「そうよね、今の貴方には解らないわよね?」
「今の、ですか」
「ええ、今の。ねえスザク君、貴方覚えている?戦争が始まるまで、ルルーシュと貴方、親友だったのよ?」

その私の言葉に、スザクは憎悪の籠った目で、私を睨みつけてきた。
ルルーシュ。
その名を私が口にするたび、彼の感情はますますルルーシュへの憎悪を募らせているように見えた。

「・・・人生最大の汚点ですね。それで、何を聞きたいんですか?」
「人生最大の汚点か。うん、今の貴方ならそう言うわよね?ねえ、スザク君、教えてくれないかな?」
「何をでしょう」
「今の貴方の感情。ルルーシュを嫌悪し、憎むその感情がいつからあるのか、教えてほしいの」
「・・・どうしてですか?」
「実は、私もある日突然!ルルーシュが大っ嫌いになったのよ。だから貴方がどんな時に彼を嫌いになったのか、知りたいのよね~」

会長!と呼ぶ声が聞こえてくるが、私はそれを無視し、笑顔のままスザクを見つめた。
すると、スザクはそれまでの冷気を幾分和らげた。

「そういう事ですか。自分は・・・そうですね。軍に入った頃ですね」
「そうなんだ。何か切っ掛けがあったの?」
「切っ掛けですか?よく覚えていませんが・・・ああ、徴兵された後一度本国へ渡り、皇帝陛下と謁見したんです。その後には自分の間違いに気がつきました」
「え、謁見したの!?直接、本国でってことよね!?スザク君だけ?」

その内容に、私は今まで浮かべていた作り笑いを消し、スザクを見つめた。
あり得ない話だ。
皇帝陛下と徴兵された、しかも植民地となった国の人間と謁見など。
貴族でさえ色々と手を回し、ようやく謁見が叶うというのが、皇帝なのだ。

「はい。自分と同期の者も全員です」
「・・・で、そのあとは、親友だったルルちゃんを大嫌いになったと」
「あいつの話はしないでください。会長も嫌でしょう、あいつの事を口にするなんて。あいつが副会長という事は、ここに居る人たちはクラスだけではなく、ここでもあいつに会うわけだ。たまにしか来れない僕でさえ辛いのに、みなさんよく我慢できますね」
「慣れよ慣れ。それよりスザク君、今日この後軍務があったんじゃなかったっけ?」
「ああ、そうでした。今日はありがとうございます。自分はこれで失礼します」
「うんうん、礼儀正しいわね~。がんばって働いてきなさい!」
「はい」

スザクは笑顔でそう返事をすると、生徒会室から出て行った。
茫然としている周りを無視し、私は窓辺に移動する。
やがてスザクの姿がクラブハウスの外へ出、こちらに背を向け歩いてくのが見え、私はほっと息をついた。
きつい。これは、きつい。
周りを見ると、茫然とこちらを見ている4人の顔。
私は苦笑しながら自分の席に戻った。

「ごめんね、驚いたでしょう」

私がそう言うと、硬直から解けたように、リヴァルとシャーリーは立ち上がった。

「驚いたじゃないですよ!なんですか今の!」
「そうですよ会長!会長がルルを嫌いって、あんなひどい事!」

ルルーシュの友人である二人の当然の反応に、私は喜びが込み上げてくる。
ああほんと、私って人を見る目、あるわよね。

「言っておくけど、私はルルちゃん大好きよ?スザク君の反応を、みんなに見てほしくてわざとああ言っただけ。でも大収穫ね。ナナちゃんの予想は大当たりかしら」

緊張でからからに乾いていた喉を潤すため、私はすでに冷めてしまった紅茶を口に含んだ。

「何の話です?」
「今世紀最大のスクープよ」


8話
10話