見えない鎖 第13話


目の前に広がったのは赤。
そして崩れ落ちる黒。

その黒を壊すのは僕のはずだった。
その黒を壊したくて。
その黒が憎くて。
その黒が恨めしくて。
その黒が・・・。

崩れた黒から、赤が広がる。
床に赤い、液体が広がっていく。
赤。
これは、血。
血液。
ではこの黒は?
黒は、何だった?

「なーんだ、つまらないの。自殺するなんて思わなかったよ。もっと抵抗して、無様に足掻くと思ったのに。スザク、どうして止めなかったのさ。お前なら止められただろ?」

後ろから聞こえたその声に、ゆっくりと振り返ると、そこにいたのは幼い子供。
誰だ、この子供は。

「殴り飛ばして、蹴って、蹴って、踏みつけて。爪を剥いで、指の骨を折って・・・あーあ、やりたい事いっぱいあったのにな」

子供は物騒な事を口にし、僕の横を通り過ぎると赤い血が広がる場所へ向かった。
この子供、誰だっけ?
僕は知ってるはずだ。
先ほどまで、知っていたはずだ。
どうして、その名前が出てこない?

「聞いてるの?スザク。スザク?・・・ああ、もしかしてまたか。やっぱり一人に何種類もギアスをかけると、ギアスが不安定になりやすいなぁ。君にはシャルルのギアスとは別にいくつもかけているから仕方ないけど、後でちゃんと調整しないとね」

スザク。
それは僕の名前だ。
シャルル。
それは皇帝の名前。
ではこの少年は?
この黒は?

「狡いよね、死んで逃げるなんて。しかも頭に一発。角度が悪ければ、死なないはずなのに。知ってる?確実に頭を撃って死ぬなら、もっと口径の大きな銃を口に咥えなきゃ駄目なんだ。でも、こいつは死んだ。ほんと変に頭がいい奴はこれだから困るよ」

死に損なってくれれば、凄く楽しめたのに。
冷たい笑みを浮かべながらそういう子供に、思わず全身に鳥肌が立った。
そして子供は足を上げ、今だ血の流れるその黒を踏みつけようとした。
僕はざわりと全身に寒気が走り、それは駄目だと、思わずその子供を抱き上げた。

「なっ!何をするんだスザク!邪魔をするな!僕に触るなんて無礼だぞ!!」
「・・・え?あ、えーと・・・あ・・・は、い?」

命令に従わなければいけない。
でも、従えばこの黒を踏みつけるだろう。
それは、駄目だ。
なら従えない。
だって、この黒は。
この黒は?

「離せ!この馬鹿力!あーもー!言う事を聞け!僕はV.V.だぞ!!」

その言葉に、体が反応しそうになる。
V.V.
僕の主
主?
ああ、でも、その、黒
従え
従うな
二つの感情がぶつかり合う。
その思いが、この体を止める。

「枢木スザク!そのまま離すな!!」

後ろからかけられた声に、体がびくりと反応した。
振り返ると、そこに居たのは緑色の長い髪の少女。
あれ、どこかで、みたような。
どこで?
誰と?
いつ?
少女の後ろには別の少女。
短い赤い髪。
目を見開き、こちらを睨む少女。
ああ、どこかで、みたのに。

「カレン!箱を!」
「・・・っ!わ、解ってるわ!」

赤髪の少女は、背負っていた大きな箱を床に置いた。
ドスンと音を立てたそれは、金属で出来ていて、随分と重そうだった。
まるで金庫。

「離せスザク!C.C.どういう事!?僕たちを裏切る気か!?」
「黙れV.V.!お前に人を非難する権利などない!!マリアンヌを殺し、今度はルルーシュか!!ふざけるな!!」

マリアンヌ
ルルーシュ
あれ?
ルルーシュ?

「枢木スザク、V.V.をこれに入れろ!枢木!おい!・・・ちっ、V.V.はこいつにどれだけギアスを・・・カレン、あいつからV.V.を離して入れるぞ、手伝え」
「解ったわ!」
「なっ!スザク僕を守れ!ここから逃げるぞ!」

その命令に体がぴくりと反応する。
あるじ、の、めいれい。
でも、あれ?
ルルーシュ?
その名前・・・
そうだ、僕の、トモダチ。
あれ?
二人の少女が僕の腕からV.V.を引き剥がそうとしている。
守らなきゃいけないから。
だから離さない。
守らなきゃ?
誰を?
僕は、誰を守るんだっけ?
ふと視線を足元に向けると、そこには赤。
それは血。
その血の流れた先に視線を向ける。
そこには黒。
黒?
いや、あれは人だ。
人間。
頭を、撃たれて、---だ人間。

「スザク離して!こいつのせいでルルーシュが!!」

カレンの泣き叫ぶ声。
必死の声。
僕の腕からV.V.を引き離そうとするカレンの。
カレンは何と言った?
そうだ、そっちの少女も言っていた。
ルルーシュと。
それは僕のトモダチの名前。
黒髪で紫の瞳と白い肌の、ブリタニア人。
むかし、いっしょにいた、トモダチ。
むかし、わかれた、たいせつな。
倒れているのは、黒髪の、白い肌のブリタニア人。
瞼が閉ざされているから、目の色は、解らない。
でも、よく、似ている?

「・・・ルルー、シュ?」

僕の腕から力が抜け、カレンと少女はV.V.を僕から引き離した。
そして、逃げようともがくV.V.を、重そうなその箱に閉じ込めると、厳重に封をした。
それを背後に感じながら、目は倒れるそのヒトを見る。

「ルルーシュ?」

血だまりに足を踏み入れ、膝をつき、その体を抱え上げる。

「ちょ、スザク!あんたルルーシュから離れなさい」

細いその体は抵抗なく腕に収まる。

「まて、カレン」

ああ、相変わらず細いな。

「でもC.C.」

身長、僕と変わらないのかな。

「複数のギアスをかけられるとその効果は不安定になる。先ほどから様子がおかしいのはそのせいだ。だから、待て。もしかしたら自力でギアスを破るのかもしれない」

男でこの軽さは、どうかと思うよ。

「・・・久し、ぶりだね、ルルーシュ。7年ぶり、かな・・・っ」

いや、実際には何度か会っている。
そう、思い出した。全部。
自分が何をしたのか。
自分が何を言ったのか。
全部。
全てを理解した僕は、物言わぬ彼を抱きしめ、泣き叫んだ。



再会した時に感じたのは喜びと、絶望。

とても嬉しかったんだ。
再会出来たことが。
無事なのか、ずっと心配だった。
いつかまた会えることを夢見ていた。
元気な姿を
変わらない意志を
この目で見れて嬉しかった。

でも、それと同時に絶望した。
僕の心は歪んでいるから。
君を思う心がねじ曲げられたから。
酷いことを言った。
酷いことをした。
酷いことを考えた。
それを止めることは出来なかった。

だけど、君の死が僕を開放した。

僕を縛る鎖が消え
僕の心の歪みは正された。
その代償に
僕は君を失った。

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