歪んだ人形 第4話


朝、何時もより早くに登校したため、僅かな癒やしを求め、アーサーに会えないかと生徒会室へ真っ直ぐ向かい、入った部屋の中で僕は思わず息を飲んだ。

そこに居たのはお腹を抱えるように蹲るリヴァルと、それを抱き起そうとしている泣きそうな顔のシャーリー、そして二人を庇うように立つ険しい顔のミレイ。
彼らの正面には、見下すような視線で腕を組み立っているルルーシュ。
その口元には歪んだ笑みが浮かんでいた。
弟役のロロは、おろおろとした表情でルルーシュの後ろに立っていた。

「ルルーシュ、会長どうしたんですか?リヴァル、大丈夫!?」

スザクはにらみ合う二人に声をかけた後、リヴァルの傍に駆け寄った。
リヴァルは脇腹を押え、脂汗を額に滲ませて激しい痛みに顔を歪めている。
尋常ではないその様子に、スザクは困惑を隠せなかった。

「ルル・・・ルルーシュ君が、蹴ったの」

リヴァルを支えているシャーリーの言葉に、スザクは思わず驚きの声を上げた。

「蹴ったって、どういう事!?なんで!?」

ルルーシュは持久力に難はあるが、運動神経と瞬発力は悪くない。
筋力も、さすがナナリーを長年介護しているだけあって人並みについていた。
ナナリーを守るため、最低限の戦闘技術も身につけていたルルーシュの蹴りをもろに受けたのであれば、相当なダメージとなるはずだ。
本来であれば、ルルーシュは暴力など振るわない。
そのルルーシュが、友人であるはずのリヴァルを蹴った?
あり得ない話だ。
スザクは驚きの表情のままルルーシュを見つめた。

「当然だろ?俺の弟を馬鹿にしたんだ。相応の報いだと思わないか?」

冷笑し、リヴァルを見下すルルーシュの言葉に、スザクはざわりと鳥肌が立った。

「馬鹿に?」
「大したことじゃないの。ただ、いつもルルーシュ君にロロはべったりだから、もう少し離れて、ロロも同年代の友達を作ったらって話をしてただけなの」

ロロの設定は、人見知りが激しく、兄以外に懐かないが、ルルーシュの友人である生徒会のメンバーには、ある程度心を開いているという物だった。
だから、親しい年長者が、友人の弟を心配し、軽い気持ちで言った言葉。
本来のルルーシュであれば、ロロが離れるのは寂しいが、ロロの為にもとリヴァルに同意するような内容だった。
実際、ナナリーには同年代の友人が沢山居て、友だちの話をするナナリーを、僅かな嫉妬心を滲ませながらも幸せそうに聞いていたものだ。
やはり、違う。
こんなこと間違っている。

「ルルーシュ、自分が何をしたのか解っているのか?」

ミレイの前に立ち、スザクはルルーシュをじっと見据えてそう尋ねた。
スザクが目の前に来た事で、冷たかったその表情が、柔らかく暖かな物へと変わる。
その変化に、後ろにいるミレイが息を呑むのが解った。
今目の前に居るのは、本来のルルーシュ。
僕の敵だった、ルルーシュ。
間違った手段で世界を騒がせた、テロリストだった頃の彼。
だけど、こんな方法で彼を歪め、都合よく操るのはもっと間違っている。

「何を言っているんだスザク。解っているにきまっているだろ?」

穏やかな笑顔と共に言われた言葉には、違和感しか無い。

「本当に?僕には君は何も解っていないように見えるんだけど?」
「ロロを馬鹿にしたから、その男に制裁を加えただけだ」

リヴァルという名前ではなく、まるで見知らぬ他人を相手にしているような言葉。

「その男、じゃないよね。君、ちゃんと認識できてるの?」

嫌な、予感がした。
だから念のため、確認をしてみる。

「認識?何の話だ?」

何を言いたいのか解らないのだが。
キョトンとした表情で、首を傾げながらそう言う。

「君が、友達のリヴァルを蹴った事だよ」

見れば解ることだ。
それを改めて尋ねた事で、ルルーシュの背に隠れているロロが奇妙なものを見るような視線でスザクを見た。
だが、尋ねられた当のルルーシュは、数度瞳を瞬かせ、首を傾げた。

「何を言っているんだスザク?俺がどうしてリヴァルを蹴らなければいけないんだ?」

質の悪い冗談だぞ。
苦笑しながら言うその姿は本来のルルーシュのもの。
その姿に、一瞬で血の気が引いた。
まだ、残っていたのだ。
本当のルルーシュが。
彼はリヴァルを傷つけるなどあり得ないと即答した。
困ったような表情で眉尻を下げたルルーシュの視線がすっと動き、そしてその目を見開き、息を呑んだ。
ルルーシュの視界に、スザクの後ろにいる生徒会のメンバーの姿が映しだされ出されたのだ。
その瞬間、ルルーシュの顔が一瞬で青ざめた。
そこには、今だ脇腹を押え床に座ったままのリヴァルとシャーリー、そしてミレイ。
皆ルルーシュの発言に驚き、呆然とルルーシュを見つめていた。

「・・・な・・・?え・・・?俺・・・が・・?あ・・・」

視界に入れたその姿はスザクの言葉を肯定するもの。
有り得ない光景にルルーシュは混乱し後ずさった。

「蹴った?俺が?リヴァルを?どうして?」

決まっている、下民に余計な口出しをされたからだ。
大切な弟を馬鹿にされたからだ。
下民?なんでそんな事を?リヴァルに?

「俺は、何を・・・違う、そんなこと考えては・・・違う、俺は・・・」

正しい記憶が、歪められたの記憶を否定しているのだろう。
苦悶の表情を浮かべ、両手で頭を抱えるように俯いたルルーシュの肩に手を乗せ、スザクはその顔を覗き込んだ。
偽りの心と本来の心が鬩ぎ合い、苦しみ歪むその表情。
身体を震わせながら、違う、俺は。と、何度も口にする。

「大丈夫!?ルルーシュ!!」
「うう・・・ああっ、駄目だ、俺は、傷つけたくなんて・・・」

きつく閉じられた両目から、透明な滴が頬を伝い、ぽたりと落ちた。
それを見た瞬間、何かがぷつりと切れる音がした。
それと同時にスザクはルルーシュの両肩をがしりとつかんだ。

「しっかりしろルルーシュ!負けたら駄目だ!」

正面から、そう怒鳴りつけた。
どうしてそんな事を口にしているのだろう。
記憶が戻ったら、殺さなければいけないのに。
そう思いながらも、僕は必死にルルーシュに呼びかけた。

「こんな力に負ける君じゃないだろう!?思い出すんだルルーシュ!本当の君を!」
「・・・本当の、俺?・・・本当の、おれ、は・・・俺は・・・?」
「ルルーシュ!?」

まるで操り糸が切れたように、それまで全身を強張らせていたルルーシュの体から力が抜け、頭を押さえていた両腕はだらりと降ろされた。

「・・・ルルー、シュ?」

突然反応無く俯いたその様子に、息を呑んだ。
彼を呼ぶ自分の声が滑稽なほど震えていた。

「ん?スザク、どうしたんだ?・・・あれ?俺なんで泣いて?」

スザクの声に反応し、何事もなかったかのように顔を上げたルルーシュはキョトンとした表情でそういうと、ハンカチを取り出し、その頬を流れていた涙を拭いた。
どうして泣いているのか、心底不思議そうな顔で。

「兄さん・・・」

流石にルルーシュの異様さに驚いたのだろう、ロロは心配そうに呼びかけた。

「ロロ、どうしたんだそんな顔をして。また何か言われたのか?」

溺愛している弟を心配する、いつもの兄の顔。

「・・・ううん、何も言われてないよ?」
「そうか。ああスザク、お前この後用事あるのか?無いなら夕食でもどうだ?」
「あ・・・うん、ありがとう。でも、今日は用事があるんだ。また誘ってくれると嬉しいな」

精一杯の作り笑いで、そう答えるのがやっとだった。

「そうか、残念だな。じゃあまた今度な。さ、帰ろうかロロ」

ロロを促して帰ろうとするルルーシュの腕を、スザクは反射的に掴み、ルルーシュはどうしたんだとスザクを見た。

「・・・ねえルルーシュ。君、友達のリヴァルを蹴った事解ってるのかな?」

スザクは震えそうになる声を必死に押し殺し、淡々とした声音で再び尋ねた。

「・・・ああ、解ってるさ。リヴァルはロロを馬鹿にしたんだ、当然だろう?今回はスザクに免じてこれ以上は何もしないが、次は容赦しないからな」

少し考えるように口を閉ざした後出てきたのは、先ほどとは真逆の言葉。
スザクからリヴァルに視線を移した瞬間、再びその顔に冷たく残酷な笑みを浮かべたルルーシュは、そのまま生徒会室を後にした。
ロロは不安げな表情をスザクに向けながら、その後ろに着いて行く。
しん、と静まり返った生徒会室で、スザクは顔を俯かせ、力いっぱい壁を殴りつけた。壁は凹み、ぱらぱらと破片が床に散らばる。

「くそっ!」

目を険しく細め、怒りをあらわにしたスザクは、ガシガシと自分の頭を掻いた。
何をしてるんだ俺は!
記憶を戻すつもりなのか!?
でも、今間違いなく、ルルーシュの記憶が書き換えられた。
ギアスが相反する記憶との誤差を修正し、今目の前で彼は消えた。
また、彼を構成するものが消された。
その事が無性に腹だたしい。

「ちょ、ちょっと、どういう事!?今の何!?」

呆然としていたミレイが、慌てた口調で訪ねてきた。

「・・・なんでも、ありません。今見た事は他言無用です」
「他言無用って、それで納得できると思ってるの!?」
「思ってません!でも、これは機密事項なんです!!ああ、くそっ!今のでもしかしたら戻るかと思ったのに!・・・っ、ああ、いえ、すみません怒鳴ったりして」

ミレイの声に反応し、思わず怒鳴り返してしまったスザクは、すぐにミレイに謝った。
怒鳴られたことに驚くミレイと、表情を険しくしているシャーリーとリヴァル。
今のルルーシュの変化を見て、ルルーシュに何かあった事を悟った目だった。

「僕が今言える事は一つだけです。今のルルーシュの態度は、彼の意志ではありません。ですから、彼を悪く思わないでください」
「ルルちゃんの意思じゃない・・・」
「じゃあルルーシュは」
「先ほども言いましたが、機密事項です。ですから、彼に関しては、何もしないでください。彼は何も知りませんし、気付いたとしても、今のように忘れてしまいますから。余計な事は絶対にしないでください。」
「機密事項って・・・ルルちゃんが別人みたいになる理由があるっていうの?」
「どうして?なんでルルが?あんな急に目の前で別人みたいに・・・まるでユーフェミア様みたいだよ」

その言葉に、スザクはハッとなり、シャーリーを見つめた。

「ああ、シャーリーもか?俺もまるでユーフェミア様が変わった時みたいだって思った」
「え・・・ユーフェミア様の、ようだと?」

シャーリーとリヴァルのその言葉に、スザクは思わず目を瞬かせた。
言われてみれば、確かにその通りだ。
今のルルーシュは、あの日別人のように日本人を虐殺したユーフェミアと何も変わらない。本来の意思を捻じ曲げられ、望まぬ感情に流されているその姿。
そこまで考えて、スザクはさっと顔を青くした。
では、皇帝にも出来たという事か?
ユフィを操り、日本人を虐殺させるという事を。
出来るのだ。
こうやって簡単に操れたのだ。
まるで操り人形のように、意のままに。
ルルーシュがユフィを操った。
その情報をくれたのはV.V.という見知らぬ子供。
その言葉は本当に全てを信じていい物だったのか?
ルルーシュもまた肯定したが、あんな場面でルルーシュは否定するだろうか。
既にユーフェミアをその手で殺した彼は、ナナリーを救い出す事を最優先させ、僕との問答をすぐに終わらせるという手を取った可能性は?
誤解を解くには時間がかかるからと。
可能性はゼロではない。
そう、ルルーシュが操ったのではなく、操られたユーフェミアを解放できないと知って、その罪の全てを背負った可能性もあるのではないか。
ユーフェミアとナナリーの話からも、彼らが仲のいい兄妹だった事は容易に想像できた。だから彼がナナリーのように、ユーフェミアを愛していた可能性はある。
もし行政特区で虐殺をしたのがナナリーだったら?
ナナリーの豹変を目の当たりにした彼は考えたはずだ。
虐殺を始めた彼女がもし正気に戻ったなら、自分を責め、その命を絶とうとするだろうと。ならば愛する妹の心を守るため、苦しまないよう、ひと思いに命を奪うのではないだろうか。
そして僕にその事を問われれば、彼女が変わったのは自分が操ったからで、彼女の意思ではないと、彼女に罪は無いと、そう示すのではないだろうか。
あり得る話だ。

「スザク君、大丈夫!?顔真っ青よ!?」
「ごめんスザク。ユーフェミア様の騎士だったお前に、考えなしの言葉だったな」
「スザク君、座って。今飲み物持ってくるから」

知らず震えるその体をリヴァルに支えられながら、スザクは混乱する思考をどうにか落ち着かせようと、両目を閉じ、深く息を吸った。

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