歪んだ人形 第10話


アーニャの語る話は正に夢物語で、普通に考えればあり得ない内容だった。
だが自分は今、黄昏の間と呼ばれる奇妙な空間に居て、ギアスと呼ばれる超常の力に不老不死が存在する以上、アーニャの語る内容・・・この世界の神を殺し、嘘の無い世界を生み出すという話もまた現実となりえるのだと、スザクは悟っていた。
そして、アーニャの口と体を使っているのが、ルルーシュとナナリーの母親、マリアンヌだと言う事もありえるのだと理解した。
皇帝の記憶改竄で、マリアンヌという人格を植えつけた可能性もあるのだが。

「つまり、陛下が成されようとしている事が成功すれば、既に失われた命とも対話ができ、世界中の者たちと心が繋がり、だれも嘘のつけない世界となる、と」

気持ち悪い、なんて嫌な世界だ。
それがスザクの素直な感想だった。
それは自分が自分ではなくなるという事。
今のアーニャのように。
今の、ルルーシュのように。
自分と言う個が消え去り、誰かに歪められる、そんな世界。
全身に鳥肌が立つほどの嫌悪感にさいなまれながらも、スザクは平静を装った。

「そういう事なのよ。だから、ルルーシュが今、別人のようになっていても、ラグナレクが成されれば、本来のあの子と話せるようになるわよ」

何事も無いようにそう口にするのは、ルルーシュの母親だという少女。
それなのに、自分の息子の心が捻じ曲げられ、歪んで別人となった事に何も感じていないようだった。

「本当に、元のルルーシュとですか?会話ができるのは、作り替えられた今の偽りのルルーシュでは無いのですか?」

そのスザクの言葉に、皇帝は笑みを消した。

「無礼を承知でお聞きします。これだけの侵略戦争をなされたという事は、それだけ多くの恨みを買っているという事です。つまり、世界中の人間と心が繋がると言う事は、陛下を恨む者たちと心が繋がると言う事。それも100や200という数ではなく、何万、死者を含めるならその何十万という人間からの恨みと憎しみの心が、陛下に向けられるという事です。その事は理解されていますか?」

スザクの言葉に、皇帝とアーニャは眉を寄せた。
見るからに不愉快だという表情に、ああ、理解していないのだと気づいた 。
これだけ素晴らしい話だと言うのに、賛同しないだけではなく、否定の言葉を投げてきた。しかも、そんなに頭の良くない男にと、その目が言っている。

「枢木スザク、貴方陛下に対してなんて事を。いい?私たちが世界を作り替え、嘘の無い世界を生み出すの。その世界では争いのない平和な世界。戦争など二度と起きないわ。心を鬼にし、ラグナレクのために戦争をしていたシャルルの優しさを、世界中が知ることになるの。恨むなんてあり得ないわよ」

小馬鹿にするように話すアーニャ・・・いや、今はマリアンヌに、スザクは呆れてしまう。それはどこからくる自信なのだろうか?

「いえ、それこそあり得ません。陛下のギアスで世界中の人間の記憶をいじり、その心から憎しみや恨みという負の感情を完全に取り除かない限り、必ず陛下に憎しみが集まります。そしてその協力をマリアンヌ様がしていた事も知られる。つまり、お二人は憎悪と嫌悪。全ての憎しみの対象とされるのです。たとえ会話ができても死者は生き返りません。共に生きる事はもう無いのです。自分がユーフェミア様と話せるようになったとしても、ルルーシュがユーフェミア様を殺害した事実は変わりませんし、ルルーシュがユーフェミア様を貶めるためにギアスを使ったのだとすれば、決して自分はルルーシュを許す事はありません。ですから、もし心が彼と繋がったのなら、自分の心はその憎しみをルルーシュへ向けるでしょう。自分がどれだけ憎んでいるか、恨んでいるか思い知らせるために。それと同じです。その上、自分が、あるいは陛下がお亡くなりになった後も、憎むその相手と心が繋がっているのです。それはつまり、永遠に憎しみ続けることになるのではありませんか?」

スザクのその言葉に、マリアンヌは愚か者を見るような視線を向け、皇帝はすっと目を細めた。

9話
11話