歪んだ人形 第15話


「さすがルルーシュ。制圧は楽勝だったか」
「当然だ。ここを既に押さえている以上、何も問題は無い」

監視システムに向かい、その指を止めることなくプログラムを打ち込み続けているルルーシュは、淡々とした声音でそう答えた。
ここはアッシュフォード学園地下にある機密情報局の本部。
先ほどのメンバーもまだそこにいて、ルルーシュのキーボードを打つ手の早さと、行動力に呆れていた。さっさとギアスで学園内を制圧すると、システムを完全に手中に入れるまで安心できないと、説明もそこそこに、軍が設置したシステムの書き換えに取り掛かったのだ。そしてあっさりと軍のシステムを乗っ取ることに成功していた。

「C.C.、お前の知る情報を話せ」

視線をシステムから外すことなくルルーシュはそう言った。

「どこから話すべきか。まずはここにいる者たちの説明からがいいか?」
「好きにしろ」
「そうか」

C.C.はルルーシュがリヴァルに危害を加えたことでスザク、ロロ、ヴィレッタが不信感を抱き、行動を起こした事。ロロが仮病を使い響団へ戻り、そこでジェレミアを説得した事。自分たちが表立って動けないからと、ミレイとリヴァル、シャーリーを使い、C.C.とカレンを見つけ出した事を告げた。
そして、今日この日、ここで落ち合い、全員のギアスをジェレミアが解除し、その後ルルーシュを迎えに行った事。

「さて、お前が本当に知りたいのはここからだな。シャルルのギアスで記憶を書き換えられていたのはお前を含め5人。ミレイ、シャーリー、リヴァルに関しては予想がついていると思うが、ナナリーをロロに、そしてミレイからお前に関する記憶を奪った。あとは、シャーリーにかけられたお前のギアスもある意味無効化されていた」

それは、ルルーシュの事を忘れたはずのシャーリーが、以前のようにまたルルと呼び、親しくしてきたことからよくわかる。

「そして、ヴィレッタ。彼女は軍人となった理由、そして爵位に固執した理由さえ歪められていた」
「理由?」
「元々、幼い妹と弟を守り、養うために軍人となったというのに、その弟たちの記憶を消され、自分のために爵位を求めるあさましい性格に書き換えられていたのさ」

その言葉に、ルルーシュはキーボードを打つ手を止め、ヴィレッタに視線を向けた。

「・・・で、その家族は今どうしている」

その問いに、心配そうな顔で俯きながらヴィレッタは首を横に振ることで答えた。

「ヴィレッタはどうやら一時記憶を失っていたらしい。その後記憶を書き換えられているから、最後に連絡を取ったのはナリタ戦の後だそうだ」
「そうか。ヴィレッタ、家族の事が気になるだろうが、お前は動くな。俺が調べる」

その言葉に、ヴィレッタは俯きながら頷いた。
ルルーシュにとってのナナリーのように、人質とされている可能性もある。
今ヴィレッタに下手に動かれると、こちらの動きを知られる恐れがあるが、策を練り裏から密かに手を回すのはルルーシュの得意分野だ。
相手に気づかれること無く、必要な情報を手に入れてみせる。

「いやー、ほんっと凄いわねC.C.さん。ルルちゃんの行動読み過ぎよ~」

突然上がった能天気な声音に、ルルーシュは、ああ、そういえばいたんだったな。と、視線をそちらに動かした。
にこやかな笑みでそう告げたのは、もちろんミレイ。

「俺の行動を?」
「そ、C.C.さんに怒鳴りつけるところから始まって、話をしたらすぐに学園を制圧する事も、ヴィレッタ先生の家族の事をどう扱うかも全部言い当てたわね」

視線をC.C.へ移すと、不敵な笑みを浮かべてピザにかじりついていた。
まあ、この魔女ならその程度当ててもおかしくはないかと、さして興味も示さずルルーシュは視線を再びモニターに向け、手を動かし始めた。

「預言者気取りか。悪趣味な話だな」
「どちらかと言えば観察者だよ、私は。ああ、解っていると思うが、お前がかけたギアスもすべて解除済みだ」
「・・・そうか」
「不満か?まあ、枢木スザクのギアス以外は大した内容ではないだろう」


言外にスザクのギアス解除が不満なのだろう?と、ニヤリと笑いながら言った。

「そうそう、それ聞きたかったんだ。皆はいったいどんなギアス掛けられてたのさ?」

いつの間にか当然と言った顔で再びルルーシュの傍に立っていたスザクは、ルルーシュのギアスが掛けられていた面々にそう尋ねた。

「私は、ルルーシュが知りたい情報を話すよう命じられてたわね。まだゼロが現れる前に1回だけ。その時に自分がテロをしている理由を話したのよね」

どんなギアスを掛けられていたのか内心不安だったが、開けてみればほんの些細な内容で、カレンは思わず呆れたような口調でそう告げた。

「乗っていたサザーランドを渡せと命じられた。シンジュク事変の時だ」

消失した記憶と、絶対遵守のギアスの存在で、どんな酷い命令をされていたのか悩んでいたヴィレッタは、安堵の息を吐きながらそう告げた。

「私はルルの事を全部忘れさせられてた!ひどいよルル。確かに私はルルがゼロだって知ってたけど・・・あの時、ルルを殺そうとしたけど、ルルの事忘れたく無かったよ」

シャーリーは悲しそうな顔をした後、怒りを乗せた口調でそう告げた。
殺そうとした。
その言葉に周りは驚きざわめいたが、当のルルーシュとC.C.は何でもない事のように聞き流していた。

「私は枢木スザク護送中だな。全力で見逃せと、そう命じられた」
「ああ、それでジェレミア卿は我々がゼロを追う邪魔を」
「そういう事だ」

得心がいったという顔のヴィレッタと、ああ、そういう事だったのかと頷くスザク。

「ちなみに、もし私にギアスが効いた場合、この坊やは」
「C.C.」
「・・・なんだ、恥ずかしいのか?まあいい、これは秘密にしておいてやろう」

にやにやと笑いながらルルーシュを見た後、C.C.は挑発するようにスザクを見た。
自分の傍に居ろ。
そんな事を命じたのは後にも先にもC.C.だけ。
それを知っている魔女は得意げに笑った。

「・・・聞きたいな。どんな命令を?」
「さて、どんな内容だったかな?忘れてしまったよ」

目を眇めながら尋ねた言葉を軽く流され、スザクは不愉快そうに眉根を寄せた。

「で、スザク君もかけられてたのよね?どんなのだったの?」
「僕は、生きろと」
「生きろ?」
「ああ、この脳筋馬鹿騎士は、式根島で上司の命令に従い、ゼロと心中するところだったんだ。だが、生きろと命令することで、命惜しさに命令違反を犯し、生き残るために回避行動を取ったんだったな」

C.C.は不愉快そうな声音で、既に冷めてしまったピザをパクリと口にした。
スザクもその時のことを思い出したのだろう、不愉快そうに顔を歪めた。

「でも、それっておかしくない?ゼロと心中ってことは、ルルちゃんも危険な状況だったんでしょ?」

ミレイは、黒の騎士団の親衛隊なら知ってるわよね?と言う視線でカレンを見た。

「ええ、あの時ルルーシュはアヴァロンからの砲撃の中心にいましたから、ゼロをどうにか助け出そうと、私は凄く慌てましたよ」
「なのに生きろ?ルルちゃんそれってどうなの?普通なら俺を助けろ。とか、俺を守れ。とか、部下になれ。って命令する場面じゃないの?生きろだと、スザク君は生き残れても、ルルちゃん死んじゃうかもしれないじゃない」

その言葉に、気付いたかと不愉快そうな顔でミレイを見るC.C.。
一瞬手を止めたが、聞き流す事にしたらしいルルーシュ。
そんなこと考えた事さえ無かったのだろう、驚いた顔のスザクとカレン。

「え?ルルーシュ!?そこまで君は僕の事を!!」

どう解釈したのかは知らないが、スザクは満面の笑みでルルーシュに抱きついた。

「ほわぁぁぁ!?っ馬鹿、離れろスザク!俺はただ、あの時はわからずやで死にたがりのお前に腹を立てて、お前にとって屈辱的な命令をだな。って聞けこの馬鹿!!」

頬ずりまでしはじめた元友人に力いっぱい抱きしめられ、ルルーシュはじたばたと必死に逃れようと藻掻くが、力の差がありすぎてスザクは微動だにしなかった。

「え?聞いてるよ。恥ずかしいからそう言ってるだけだよね君は。解ってるよ」
「違う!いいから離れろ!C.C.!こいつをどうにかしろ!」

作業ができないだろうが!
既にぐったりと息も絶え絶えな様子のルルーシュに、任せておけとC.C.は立ち上がると、ロロとジェレミア、そしてヴィレッタの手も借りて、どうにかスザクを引きはがした。
ルルーシュは、この馬鹿がと呟いた後、再びモニターに向かった。

「でも、これでよーく解ったわ。ルルちゃん、絶対順守なんて最強の力を手に入れたのに、勿体ない使い方ばかりしてるのね。私なら自分の命令に絶対服従させるところよ?」

紅茶を飲みながらミレイはその顔に穏やかな笑みを乗せてそう言った。

「普通はそうなるだろうな。私も散々言ったんだ。その力があれば自分の命すら顧みない忠実な奴隷が量産できるし、枢木スザクに関しては仲間になれと命じてしまえば、ランスロットと共に黒の騎士団の戦力にできた。確かに命を奪う命令もしなかったわけではないが、大半は先ほど監視カメラで見ていた通りだ。この機密情報局の連中にさえ、異常を見逃せとかその程度のレベルでしか命令をしなかっただろう?完全に引き込めば有力な手駒になるだろうに、この男はそれを一切しないんだ」
「馬鹿かC.C.。下手に強固な命令をすれば、異変に気づく者も出てきかねない。それこそ今回の皇帝の記憶書き換えのようにな。最低限の命令で十分事足りるのだから、わざわざ大きな歪みを作り出す必要など無い」

言い訳じみたその発言に、まあお前ならそう言うと思っていたさ。と、C.C.は口元に笑みを乗せた。

「まあいい。お前の力だ、お前の好きにすればいい。で、この後どうする気だルルーシュ」
「それよりも、俺に語る情報はそれで全部なのかC.C.。俺のギアスと皇帝のギアス。それ以外に話すべき事があるはずだが?」
「ほう、何があると思う?」

すっと目を細めたC.C.はその顔から笑みを消した。

「お前と皇帝の関係、そして皇帝の目的だ」
「なんだ、まるで私が全てを知っているような口ぶりだな」

いくら私がC.C.でも、万能ではないぞ。
すっと目を細め、軽快な音を立ててキーボードを打ち込むその背を見つめた。

「ジェレミアのおかげで記憶の歪みが修正され思い出した。ジュリアス・キングスレイと名乗り、ブリタニアの軍師としてあの男の前に立った時の事をな」

C.C.は警戒するようにすっと目を眇めた。
何の話?と言いたげな周りの視線と、その当時のルルーシュを知るスザクの困ったような視線を向けられながら、ルルーシュは手を止め、椅子を回転させ体ごとC.C.へ向き直ると、優雅にその足を組んだ。

「ブラックリベリオンの後、本国に戻された俺は、この学園に戻ってくるまでの間、ジュリアス・キングスレイという架空の人物に作りかえられていた。その命を、人生全てを皇帝に捧げるほどの忠誠心を埋め込まれてな」

その当時のことを思い出し、ルルーシュは心の底からの憎しみを、その顔に乗せた。
あの皇帝に忠誠を。
これほどの屈辱を受けていたことを忘れていたとは。
今まで聞いたこともないほど重く冷たい声には激しい怒りと殺気が滲み出ている。
回りにいた者達は、ゴクリと固唾を呑んだ。

「そして護衛のスザクと共にブリタニアの軍師としてEUの戦場に在った事、知らないとは言わせない。俺は、ブリタニアを発つ前に皇帝に連れられ、黄昏の間と奴が呼んでいた場所へ足を踏み入れた。そしてそこで命じられた。お前を見つけ次第捕縛するようにと。俺に対してお前は油断するから、誘い出し罠にはめろと。そして皇帝は侵略戦争の意味と、神殺し・・・ラグナレクの接続に関する全ての情報を俺に話した」
「シャルルはお前に話したのか」

馬鹿かアイツは。 C.C.は呆れたようにつぶやいた。

「ああ。後々俺からその情報を消す前提だった事もあり、詳細に全てを俺に語った。コードの事、ギアスの事、V.V.の事、C.C.、お前の事もだ。お前の願いも俺はそこで聞かされた」

C.C.は今までの冷静な表情から一変し、驚きと困惑と悲しみを混ぜたような顔でルルーシュを見た。

「・・・そして、我が母、マリアンヌの死の真相、そして母が今どのような状態にあるのかも、本来関係者ではないはずのジュリアスにあの男は語った。ジュリアスはその命を皇帝に捧げた男だ。たとえどれだけ胡散臭く、ばかげた話でも、皇帝の口から語られれば、それは最良で最善だと手放しで称賛したが、俺は違う。あんな未来など、俺は否定する。C.C.、お前は今、俺の共犯者のはずだ。皇帝を裏切り、俺に着け。今は無理だが、お前の願いは俺が必ず叶えよう」

苛烈な炎を宿したロイヤルパープルの瞳を、C.C.は静かな眼差しで見据えた。

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