仮面の名 第5話

「なんだ、これは」

その部屋を目にし、ルルーシュは軽い目眩を覚えた。
黒の騎士団は日を追うごとに団員が増え、結成から1ヵ月ほどであの車だけをアジトとするのは不可能な状況となっていた。もちろんあの車にはゼロの部屋があり、通信機器も設置されている為指令室扱いとなり、幹部だけが立ち入れる場所として使用している。その車と、KMFを格納でき、尚且つある程度の優秀な人員を置く場所が必要だと、アジトをゲットー内に構えていた。
移動に困らず、逃走経路も複数用意でき、目立たず潜伏できる比較的きれいな建物というなかなか厳しい条件を全てクリアした場所である。
団員を案内した時以外、ゼロはこの建物内の自室、格納庫と会議室、そしてあの指令室である車以外の部屋には立ち入らないようにしていた。何せゼロはトップ。会社で言うなら社長だ。数百人という人間を部下とし、畏怖と尊敬の念を集める存在。それが一般団員が使う休憩室や仮眠室、食堂やお手洗いなど使うわけにいかない。イメージが崩れるだけではなく、団員にいらぬ気遣いをさせ、疲れさせてしまうからだ。
だから、それらの部屋に入るのはあの日以降初めての事だった。
テーブルの上に積み上げられた雑誌、灰皿の上には山盛りの煙草の吸殻、換気をしていないのか空気は淀み、はっきり言って煙いし臭い。
いたるところにゴミが落ち、誰かが脱ぎ捨てたらしい衣服や靴下も床に放置され、埃がたまっている。虫もいるように見えるのは気のせいだろうか。
まさか、あの俺の天敵ともいえる、あの、黒光りする虫ではないだろうな。
食べ終わった容器はごみ箱からあふれ、ゴミ袋らしき物も部屋の中に放置され・・・。嫌な予感がし、一緒に来ていた藤堂と共に他の場所も見て回った。
流石に女性が使う場所は確認しなかったが、どの場所も酷すぎた。

「藤堂・・・」

その玉城:ゼロの呟きに、藤堂は眉根を寄せ頷いた。

「酷いものだろう。何度注意しても皆、掃除などしないからな。我々も今は休憩室は使用していない。殆ど格納庫でラクシャータ達科学者と一緒の休憩室、浴室、トイレなどを使用している。もちろん交替で掃除をしてな」

武道を嗜んでいる上に軍人だ。この環境に耐えられるはずも無く、同じ意見の科学者と特定のスペースを共有する方法を取ったというその言葉に、眩暈は酷くなる。
確かに彼らのスペースは綺麗だった。むしろそこ以外酷かった。

「ククククク、フハハハハハ!っふざけるな!こんな汚物まみれの場所に居られるか!病気になったらどうする気だあの馬鹿ども!!藤堂、手を貸せ!この俺自ら全ての汚れを消し去ってくれる!!」

玉城の姿だと言うのに、まるで悪の帝王と言わんばかりの凶悪な笑みと笑い声をあげ、ゼロらしいポーズを取り、どこからどう見ても正に悪役なのだが、口にしている事は完全に真逆で、損な性格をしているなルルーシュ君。と、藤堂は心の中で呟いていた。
ルルーシュは掃除に必要な道具を手に休憩室兼談話室へ再び足を踏み入れた。
先ほどまでは誰もいなかったその場所に、今は扇や杉山達がいて、灰皿の上に新たな吸殻を乗せていた。
火事になったらどうするつもりだと怒鳴りたいところだが、今のルルーシュにそれは出来ない。なぜならこの体は玉城の物。
玉城がそんな注意などする筈は無い。
玉城:ゼロに気づいた扇たちが挨拶をしてきた。

「どうしたんだ玉城、珍しいな。なんか小ざっぱりしてないか?」
「ほんとだ。無精髭もないし、なんか一瞬別人かと思ったよ」

ニコニコ笑顔でそう言ってくるので、玉城:ゼロもまたその顔に笑みを浮かべた。
爽やかな好青年という感じの微笑みに、本当に玉城か!?と扇達は瞳を瞬かせた。

「たまにはこういうのもいいだろ?それより、この部屋、ずいぶんと汚くなったから掃除をしたいんだが、少し煩くなってもいいか?このままでは、いずれ病気になってしまうぞ」
「掃除!?玉城がか?」
「なんだ、お前悪いものでも食べたのか!?」
「失礼だな、たまにはそういう日があってもいいだろう?」
「まあ、そうだけど・・・お前、ホントにいつもと違うよな」

しゃべり方とか、たち振る舞いが玉城とは違うため、そう見えるのだろう。
最初は「完璧に玉城を演じて見せる!フハハハハハ!」と考えていたのだが「お前、あんな下品で粗暴で小汚い奴の真似などできるのか?頼むからやめてくれ」とC.C.が冷静な突っ込みを入れたおかげで我に帰り、玉城を演じるのはやめ、そういう気分、あるいはイメチェンだと相手に思わせることにした。
何せ今の玉城:ゼロは清潔感のある好青年に見える。それをわざわざあの玉城に近づける必要はないし、元の体に戻ってからなら、実は体が入れ替わってましたとばれても痛くも痒くもない。
普段の玉城を想像したラクシャータ、藤堂からも、それでいいんじゃないかとあっさり許可も下りていた。

「まあ、俺も普段の自分の言動に反省する所があったからな。だが、やっぱり普段通りがいいか?」

そう尋ねると、扇と杉山か顔を合わせた後首を横に振った。

「いや、今のお前の方が、落ち着いていていい気がする。しばらくそれで通してみたらどうだ」
「酷いな扇。でも、これが好評ならこのまま行くのもありだよな?」
「そうだな、いつもの煩い玉城も、まあお前らしくていいけど、今のも悪くないと思う」
「杉山にもそう言ってもらえるなら、大丈夫だな」

玉城:ゼロは機嫌の好さそうな笑みを崩さず、そう受け答えすると、その手に軍手をはめた。
よく見ると、玉城の後ろには藤堂、そして四聖剣もいた。

「藤堂、まずはゴミを集め、ゴミ捨て場に移動させる」
「解った。皆もまずゴミから片付けてくれ」
「はい、藤堂さん」
「玉城に言われてというのは釈然としなけど、藤堂さんの命令なら仕方ないなぁ」
「中佐、雑誌はどういたしましょう」

床に山積みにされ、机の上も占拠しているそれらを指さし、仙波が訪ねてきた。

「まだ読むかもしれないな。どうする玉城」
「そうだな、段ボールの空き箱を持ってきて、それに纏めて入れよう。いらないものであればそのまま捨てればいいし、いるものであれば、各自持って帰るだろう。いや、それよりも書棚を用意すべきか?」
「それはまた後で考えよう。まずは段ボールだな」
「あ、私が持ってきます。女子部屋に空の段ボールがあったはずですから」
「そうか、じゃあ頼む千葉」
「掃除をする際は軍手をした方がいい。だいぶ汚れているからな」

玉城:ゼロが藤堂と四聖剣に軍手を渡したのを合図に、全員掃除を始めた。
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