仮面の名 第10話

「少なくとも、気絶した程度では何も変化は無かったのね?」

科学者の顔を取り戻したラクシャータが、他の研究員と話をした後そう尋ねてきた。

「見ての通りだと言いたいが、少し具合は悪くなった。その現場を目にしていたから、そのせいかもしれないが」
「自分の体が気絶される場面を見たから、ということ?まあ、可能性はあるかもね」

思わず自分の息をとめたとか。まあ、気分のいい物では無かっただろうし。
ラクシャータはキセルを手に持ち立ち上がると、科学班の者を連れ、ゼロ:玉城を取り囲んだ。

「気絶させた時って、藤堂は首を絞めたんだったわね。今はどうやったの?」

体温や心拍数を測ったり、首元を確認しながらラクシャータは尋ねてきた。

「ああ、私がこう、首元にシュパッと」

C.C.は何でもない事のように、手刀で首を打ったというアクションを見せた。

「ああ、それでここが赤くなってるのね」

首元にできた赤い痕を見、ラクシャータは納得した。
それを覗き見たC.C.はしまったと顔を歪めた。

「ああ、すまないゼロ。つい腹が立ってな・・・痕は残らないと思うぞ」
「別に気にするな。それで、何か試したい事でもあるのか?」

すっと目を細め尋ねた玉城:ゼロに、ラクシャータは「ちょっとね。やってもいいかしら?」と尋ねた。そのラクシャータの言葉を合図に、化学班の一人が何やら重そうなアタッシュケースを開いた。
いくつもの薬品がぎっしりと収められたその様子に、玉城:ゼロは思わず目を細めた。

「・・・無理はするなよ?」
「解ってるわよ。ゼロの体だもの」
「だから!俺の人権はどうなんだよ!黙って聞いてればお前ら酷過ぎじゃねーか!?」
「玉城、だからゼロでその言葉遣いやめて。そして静かにして」

カレンが低い声でそう言うが、止まるはずなど無い。

「いいじゃねーか!これが俺だぜ!?なんでやめなきゃならねーんだぁ!!」

静かにと言われれば、反対に更に声を大きくするのがこの男だ。ああ、絶対にゼロなんてさせられないと、周りにいた物は全員そう思った。
完全にゼロのイメージは崩れる。いや、崩れた。
今のゼロは、ゼロの仮面とマントを身につけた唯の変質者にしか見えない。
同じ体だと言うのにこの差はすごいなと、呆れてあちこちからため息まで漏れていた。

「玉城、動くんじゃないわよ。ちょーっとチクッとするけど、悪いものではないからね」
「は?何だ?注射か!?おいやめろって、俺は注射嫌いなんだよっ!!」

嫌だと、全身で暴れ始めた玉城を、化学班は全員で取り押さえるが、駄々っ子のように全力で暴れ、何を言っても止まる様子は無く、これじゃ注射は無理ねと、ラクシャータは肩をすくめた。

「ならば、この体に射ってくれ。そもそも私の体は薬が効きにくい。射つなら玉城の体のほうがいいだろう」
「あら、そうなの?薬の効きにくい体質は親譲り?」
「いや、必要だったからだ」

即答されたその言葉に、ラクシャータは眉を寄せた。
それはつまり、自分の意思で薬を効きにくくしているという事。
暗殺者に狙われ続けた皇子は、守る者のためその体に耐性をつけたのだろう。

「今も何かやってるのかしら?」

低く、咎めるような口調でラクシャータは尋ねた。
物解りが早くて助かると、玉城:ルルーシュは苦笑した。

「いや、ここ最近は何も。ゼロをやっていると、流石に体力的に持たなくてな」
「・・・そう。なら、もうやめなさいそんな事。じゃあ、この現象はその類の物の影響ではないという事でいいのね?」
「そもそも、こんな副作用など聞いたことも無い」
「それもそうね。じゃあ、腕出して」

細い注射器を手に、ラクシャータは近づき、体温と心拍数などを確認した後、玉城の体に何やら薬を打ちこんだ。




「いったい何を打ったんだ?」

薬を打たれてほんの数秒で、玉城の体はがくりと力無く崩れ、科学班の者がそれを支えた。今は机に突っ伏す様に眠っている。
それとほぼ同時に、ゼロのほうも動かなくなった。
その体は藤堂に抱えられ、今はソファーに横になっている。
この所ずっと椅子に縛り付けていたので、少しは体を休ませましょうというラクシャータの命令だった。

「何って、睡眠薬。あんたが言ったんじゃないのさ。玉城を眠らせておけないものかって。だから一番無害で尚且つ強力なの、探しておいたのよ」

ああ、そう言えば言ったなと、私はソファーで眠る仮面の共犯者の傍へ移動した。
念のためその両手は後ろ手で縛り上げている。その事を扇は非難したが、仮面を外そうとするんだと言う言葉に、それなら仕方がないかと納得してくれた。

「二人とも、呼吸・心拍数共に問題ないわ。でも、これは使えないわね。玉城は静かになるけど、ゼロも動けなくなるわ。玉城の体・・・つまり玉城の脳が眠れば、もしかしたら元に戻るかとも思ったけど、駄目だったみたいね」

とりあえず取れるデータは全部取りましょうと、玉城の体を重点的に科学班はさまざまなデータを取り始めた。

「そもそも、だ。一体どういう状況で二人は入れ替わってしまったんだ?」

卜部が不思議そうにそう口にした。
それは誰もが知りたかった疑問だろう。

「いつもの話だ。玉城が自分にも何か役職をくれとしつこくゼロを追いまわし、ゼロは仮にも幹部とされている玉城のこんな姿を他の団員にみられるわけにいかないと、手近な倉庫に移動した。その後、急に眩暈がし、意識を失った。そして目が覚めたら目の前に自分が倒れていたそうだ。玉城にも確認したが、概ね同じ内容だった」
「概ね?」
「玉城はその時、妙な夢を見たそうだ。まあ、どんな夢かは知らないが」
「夢、ねぇ。何かヒントになるかもしれないわよ?」

とりあえず二人を起こしましょうと、ラクシャータは科学班に指示を出した。
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