キョウソウキョク 第3話 |
暖かな室内から、しんしんと雪が降り注ぐ外に出た。 吐く息が白く、冷たい外気が体を包む。 僕とジノ、そしてアーニャの足あとが雪の上に残っていたが、しんしんと降り続いている雪が積もっており、すでに消えかけていた。 新雪を踏みしめながら建物を一周してみる。やはり予想通りというか、周りを森に囲まれているため、見て回る物は何も無い。ただ、雪で白くなった木々は幻想的で美しいとは思った。でもそれだけだ。 今日一日で降り積もったのだろうか。 正面は綺麗に除雪されていたが、裏に回ると除雪がされた跡はあるのだが、それでもかなり深く雪は積もっていた。30cmはありそうだ。 近くに大きな雪山があるので、この辺りはかなり雪が降るのだろう。除雪機も雪かきの道具も雪に埋もれているのが見えた。 ざくざくと雪をかき分け歩いていたが、あっという間に一周回ってしまい、目の前にペンションの入り口が見えてきた。室内に入ればおそらくジノとアーニャに捕まるだろう。彼らは良い友人ではあるのだが、精神的に疲れている今はあまり構わないで欲しい。 ・・・どうしようかな。 少しこの辺りを軽く走ってみようか。 なんならオーナーに話をして、道具を借りて除雪をしてもいいな。歩くだけでもそれなりに負荷があったのだから、除雪はいい運動になりそうだ。 最近ろくに体を動かせなかったことも、この陰鬱とした精神状態の原因かもしれないと、ここで初めて思い至る。 いや、きっとそうだ。 体を動かそう。 ぐったりと疲れ果てるまで体を動かした後温泉に入るのだ。 それできっと身も心もすっきりするだろう。 その後、評判の晩ごはんを食べる。 うん、いい考えだ。 ならばもっと動きやすい服に着替えないと。 僕は今までとは打って変わった軽い足取りで入り口を目指した。 階段の下に辿り着いた時、何かが目の前でぐらりと揺れた。 『あぶなーい!どいてください!』 それは一人の女性だった。 どうやら階段を登り切った時に雪で足を滑らせたのだろう、バランスを崩した瞬間後ろへ視線を向け、僕を視界に捕らえ、危ないと叫んだのだ。僕は咄嗟に階段を駆け上がり、背中から地面に倒れこんできた彼女の体に手を伸ばした。 どさり。 間一髪、彼女を抱きとめることが出来た。 とは言え体勢が悪すぎて支えきれなかったため、二人一緒に倒れてしまい、雪の滑りも相まって二人揃って階段下まで滑り落ちた。彼女の体の下敷きにもなったため、少し体が痛い。やはり鈍っているんだな。絶対に間にあう距離だったはずなのに。 彼女は信じられないというように、驚いた顔で僕をじっと見つめていた。 『大丈夫・・・ですか?』 『あ、はい!大丈夫です。有難う御座います』 桃色の長い髪の可憐な少女はそういうと慌てて僕の上から体を退け、立ち上がった。僕も雪を払いながら立ち上がる。 『怪我はありませんか?』 『大丈夫です。貴方のお陰で何処も痛くありません』 少女はぱあっと花が開いたような美しい笑みを浮かべた。 その様子に、本当に怪我はないのだと解り「よかった」と、僕も久しぶりに心からの笑みを浮かべた。 『貴方は大丈夫ですか?』 『僕ですか?ええ、大丈夫です』 多少痛むが数分で消える程度の痛みだ。 『よかった。貴方はこのペンションの方ですか?』 『いえ、僕はここの泊客です』 『まあ、そうなんですか?私もそうなんです』 それはそうだろう。 女性の傍には重そうなキャリーバックが転がっている。おそらくこれを上まで運んで一息ついたところでバランスを崩したのだろう。僕は落ちていたそのキャリーバッグを持ち上げると、彼女は『あっ!』と声を上げた。 『結構重いですね。運びますよ』 『すみません。でも、やはり男の方は力がありますね』 軽々と持ち上げた事に、純粋な驚きの声を彼女はあげた。 『これでも少しは鍛えてますから』 僕はそういうと、空いている方の手を彼女に差し出した。再び階段から落ちたら流石に今度は助けられそうにないから、安全のためにも手を引いたほうがいいだろう。 彼女は華やかな笑みを浮かべて僕の手を取った。 エスコートしながら受付へ行くと、別の客が受付をしていた。 黒い帽子をかぶり、黒いコートを着た白髪で長身の男だ。手袋も黒、持っていた旅行かばんも黒。その男はこちらに気が付き、ちらりと振り返った。目には黒のサングラス、口にはマスクをつけており、黒いマフラーも巻かれているため顔は一切分からない。 「では、お部屋は200号室になります。この先の階段から上の階へ上がってください」 その言葉に、男は再び扇の方へ視線を戻すと、出された鍵を手にその場を立ち去った。気品を感じるその佇まいから、その人物もまた身分の高い人物ではないかと思われた。 『真っ黒な方でしたね』 『そうですね』 全身黒ずくめのせいか、白い髪と白のマスクが印象に残った。 「いらっしゃいませ」 僕達に気がついた扇が笑顔で挨拶をしたので、彼女はカウンターに近寄った。 「予約をしていたユーフェミアです」 ブリタニア人である彼女は、流暢な日本語でそう告げた。 「ユーフェミア様、ですね・・・ユーフェミア様・・・」 ファミリーネームを言わないため、扇は慌てて予約リストを確認したが、その表情がどんどん険しくなっていった。 何度も何度もリストを確認した後、困ったような顔で扇はユーフェミアを見た。 「申し訳ありません。ユーフェミア様というお名前でご予約は無いのですが」 「あら?」 ユーフェミアはおかしいですね?という顔で手を頬に当て、なにか考え始めた。 「別の日に予約していたとか?」 「そう思って他の予約も確認しましたが、ユーフェミア様のお名前ではどの日にもご予約は頂いておりません。失礼ですが、宿をお間違えでは?」 僕と扇は何やら眉根を寄せ考えているユーフェミアに視線を向けた。身なりが良く、見るからにお嬢様といった姿の彼女だ。取った宿を間違えたということはあり得そうな気がする。 すると、彼女はぱあっと顔をほころばせた。 『あ、思い出しました!』 そう言って両手をパンと叩いた。 「ユフィ・ダールトンという名前で予約はありませんか?」 「え?あ、はい。ダールトン様のご予約ならありますが・・・」 「それです!」 『それって、君、偽名で予約したの?』 僕は感じた疑問をそのまま口にした。一応扇に聞かれるのも嫌だったので、ブリタニア語での会話だ。 『え、あ、それは』 彼女は明らかに動揺した表情でこちらを見た。疚しいことがあるという顔だった。 『駄目だよ、偽名で予約なんて。本名で予約しなきゃ。大体君学生でしょ?』 『・・・はい。ですが、本名では色々と問題があるのです。ですから昔から私達の護衛をしているダールトンの名前で予約をしたのです』 暗い顔で俯いた彼女に、これ以上話は聞けないなと僕は思った。彼女は護衛の、と言った。そしてこの身なりだ。コートにせよ、バッグにせよどれも高級品。貴族の令嬢なのかもしれない。それも有名な貴族で、本名で旅行をすると身の危険があるような大物とか。 「オーナー。彼女の両親は最近離婚して、今はお母さんの性を名乗っているようです。その時に名前もユーフェミアから愛称だったユフィに変えたとか。だからまだ名乗り慣れていないようなんです」 扇がブリタニア語を全く理解できないことを利用し、僕はそんな嘘をついた。その事にユーフェミアは驚き顔を上げて僕を見、扇はなるほど、と納得したようだった。 「では、ダールトン様、ここにお名前をご記入ください」 そう言われて、彼女はペンを取ると綺麗なブリタニア語で名前を記した。 彼女の前には同じくブリタニア語でダリオ・トーレスと書かれていた。 あの黒服の男もブリタニア人か。部屋は200号室。 「お部屋は205号室となります。この先の階段から上の階へ上がってください」 彼女が鍵を手にしたので、僕は彼女の荷物を手に部屋まで送った。 ピンクの人と、読者には中身バレバレの黒い人の登場回。 ◇登場人物◇ ・従業員---扇(オーナー)・?(バイト君) ・客---スザク(207)・ジノ(203)アーニャ(206)・セシル(208) ・ロイド(210)・ジェレミア(202)・ユフィ(205)・トーレス(200) ◇客室イメージ◇(3F) トーレス200 201 ? ジェレミア202 203ジノ ユフィ205 206アーニャ 物置 階段 スザク207 208セシル ? 209 210ロイド ? 211 212 ? ◇1Fは駐車場◇ ◇2Fイメージ◇※上が北 玄関の正面に受け付け、その後ろに事務室? 受付東側に階段と部屋 受付西側通路。奥にT字路。 T字路北側にトイレと温泉入口。 T字路南側にラウンジ(談話室)。 ラウンジ東側に食堂。その北側に厨房。 |