黒の至宝 第4話

あらかじめ用意していた抜け道を通り、邸宅の前にあった自然公園の隅に出た。
その公園には公衆トイレの陰になって見えない位置に別の抜け道が用意されており、俺はそこから住宅街の外へ移動した。
藤堂が屋敷の裏口から逃走し、警官の目を引き付けているはずだ。
ヘリコプターとパトカーで追いかけてはいるが、意味はない。
むしろ、藤堂に注目が集まれば集まるほど、用意した脱出ルートを使いやすくなる。
いつどこで藤堂が消えるのか、どうやって消えたのか。せいぜい考えることだな。
ククククク・・・フハハハハハハ。
と、何時ものように笑いたいが、残念ながら今はゼロではなく、ごくごく普通の一般人だ。仕方なく、心の中で高笑いするに留めた。
マスクと外套はすでにバッグに隠したため、今は黒いスーツを着た普通の男にしか見えない。
俺は、住宅街からほど近い商店街へと足を進めた。
目的地まで予定していたルートを通れば15分。だが、路地裏を通れば10分。
いい加減疲れていたので、少しゆっくり歩こうと最短距離で目的地へ向かった。

店の間の脇道を進むと、後ろに人の気配を感じた。
ちらりと後ろを見ると、若者が3人。警察関係者では無いことは気配でわかる。
成程、ここは近道としてよく使われているのか。その割には汚く、あまり通行がある道には見えないんだが。
角を曲がり、店の裏を数歩進んだ所で、若者たちの走り出す音と共に、腕を掴まれた。
あっという間に男3人に囲まれ、俺は鋭く目を細めた。観光客を狙った物取りか。チッ、面倒な。

「・・・何の用だ?」

普段以上に低い声音で問いかけると。

「え?男!?マジで!?」

と、あからさまに驚いた声。なぜそこで驚く?

「ほらみろ、やっぱり男だっただろ」
「ふざけているのか?男以外の何に見える!」

眼科に行け!むしろ脳外科に行ってこい!
手を離さないまま、男たちは俺には聞こえないように、にやにやと下卑た笑みを浮かべながら何か話し始めた。

「用がないなら離してくれないか。俺は急いでいるんだが」
「そんなこと言わないで、ちょーっと付き合ってよ」
「は?急いでいると言ったのが聞こえなかったのか?」

目と頭だけではなく耳まで悪いのか。

「いいからいいから。観光に来たんだろ?俺たちとも思い出作りしようよ」
「結構だ。いいから手を話せ」
「いいね、そういう気の強い奴は大好きだぜ。おい、叫ばれても面倒だからさっさと躓いて転んでもらおうぜ?」
「手当てはあの場所でいいよな?俺たちは親切だからな。ちゃんと運んでやるよ。怪我人をさ」
「そうそう。俺たちはさ、やさしいから。目の前で勝手に転んで怪我した人でも見捨てられないからさっ」

腕をつかんでいた男が勢いよくその腕を前に引っ張った。
前につんのめってバランスを崩し、思わずほわぁぁぁぁと素っ頓狂な悲鳴をあげた。
手が離されたと思った次の瞬間、後にいた男が、肩に掛けていたバッグを勢いよく後方に引っ張った。前後に振られ、完全にバランスを崩し、俺の体は受け身も取れないまま後方へと倒れる。
まずい、このままでは後頭部を打ってしまう。
そう思った瞬間、間の抜けた悲鳴と、何かがぶつかる音が複数辺りに響いた。同時に、ふわりと何かが俺の体を支える。
そして、目の前には人のよさそうな笑顔の・・・・・・・・!?

「君、大丈夫?」
「・・・・・・」
「どこが痛いところある?怪我は・・・してないよね?」

ゆっくりと頷いたと同時に、停止していた思考が動き出す

枢木スザク!?なんでここに!!

「まったく。この辺は比較的治安がいいとはいえ、君みたいな美人がこんな薄暗い場所に一人で入るなんて危険だよ」

俺は体を支えられながら、ゆっくりと立ち上がった。
周りには、先ほどの男たちがぐったりと倒れている。
つまりだ。あの一瞬で男3人を倒し、地面に倒れる寸前の俺を助けたと?
こいつ人間か!?どれだけイレギュラーなんだ枢木スザク!
携帯を取り出すと、部下にこの男たちを連行するよう簡単に説明し、再びにこりと笑いかけてきた。

「調書を取りたいから、警察署まで来てもらいたいんだけど」
「あ、いや、実は連れと待ち合わせをしていまして、待っていると思いますので失礼したいのですが」

というか、このイレギュラーから離れたい。今すぐに。

「そうなの?じゃあ・・・」

イレギュラーは、ニコリと笑いながら、やはりイレギュラーな発言をした。
HTML表
3話
5話