黒の至宝 第10話

重い体を引きずりながら、既に第二の自宅と言ってもいい研究室の扉を開いた。

「お~め~で~とぉ~」

突然明るい声と共に、にこにこと満面の笑顔の長身白衣の男が、くるくると回転しながらこちらに近づいてきた。 すかさず横からパシッとファイルでその男の頭をたたき、奇怪な行動を止めたのは、その男の助手の女性。

「どうしたんです、ロイドさん」

思わず一歩後ずさりながら、そう聞くが、白衣の男、ロイド・アスプルンドは、痛いよセシル君、と恨めしげな眼で助手の女性を見、助手のセシル・クルミーが眉尻を下げながら顔に苦笑を浮かべた。

「いきなり御免なさいねスザク君、驚いたでしょう」

ええ、まあ。と、僅かに引き攣った笑顔で僕は答えた。

「君、先日のカラレス邸の事件で、いいモノ手に入れたでしょ?」
「いいもの、ですか?」
「ほら、いつの間にかスザク君の洋服のポケットに入ってた、あのメモリの事よ」

カラレス邸でゼロを取り逃がしたあの事件。
予告時間と共に笑い声が辺りに響き、その声の場所を確認したところ、ゼロが屋根の上に立っていたのだ。
爆竹のような音があちらこちらで聞こえたかと思うと、突然通風口から煙が吹き出し、一気に視界を奪われ、警備は混乱した。火災報知機が鳴り響き、スプリンクラーも動き出したが、それでも僕は警戒を怠ることはなく辺りを伺うが、予告がなされていた絵画も何事もなくその場にあり、ゼロの姿も騎士団の姿も見当たらなかった。
数分後、煙が晴れて視界が明るくなり、思わずほっと息を吐いたが、ゼロが何も取らずに逃げたとは思えず、なにか変わったことがないか入念に調べた結果、警察官の立ち入りを禁止された地下の隠し部屋に、予告されていた絵画の本物が置かれていたことが分かった。
盗まれた品物の換わりに黒の騎士団のエンブレムが描かれたカードがそこに残されていて、絵画だけではなく、その部屋に保管されていた高価な品々が、根こそぎ奪われていた事もわかったのだ。
あの邸宅で何よりも厳重な部屋だったため、全てをその部屋に隠し、よく出来た複製品とそれを守る警察官の姿でゼロの目を引き付けるつもりだったが、それが裏目に出た結果だった。警察の目が届かない、システムに守られた部屋などゼロにとっては何の障害にもならない。
悠々と全ての品を盗み出し、あの騒ぎで仲間と共に逃げ出したのだ。
その時の事を思い出して、スザクは思わず唇をかみしめた。

「あれ?覚えてない?君が僕に中身調べてって言ってきたんだよ?」

不思議そうな顔でロイドが見つめてくるので、スザクは頭を横に振って、思考を戻した。

「あ、いえ覚えてます。あの黒いチップみたいなのですよね」
「そうそう、そのチップ~暗号の解読にはちょーっと手間取ったけど、今朝、無事に開くことができてね。なんと!その中には臓器密売に関する詳しい販売ルートや顧客リストがずらり!!」

再びロイドがくるくると喜びの回転を始めた。それを見ながら、助手のセシル・クルーミーは、頬に手を当てて小さなため息を吐いた。

「ごめんなさいねスザク君、本当なら持ってきたスザク君に話をしてからって言ったのだけど」
「駄目駄目、情報は生モノだよ!カラレスがゼロに狙われたことが報道されたら、せっかくの証拠も意味がなくなる可能性が出てくるんだよ~!」
「え~と、つまりどういう事なんでしょうか?」
「あのメモリの中身、スザク君の許可をもらう前に、ロイドさんが上に報告したの」
「そ~し~た~らっ!おめでと~っ!開発資金倍増だよ倍増!!も~凄い太っ腹だよね!これでランスロットの開発もさらに進むよ~」

成程、自らが考案した対凶悪犯用電子手錠、Z-01ランスロットの開発に生を捧げていると言っても過言ではないロイドだ。
その開発費が倍増したのだから踊り出しても仕方がない。
そんなロイドの頭に再びファイルが振りおろされた。

「そうだったんですか。自分ではどう扱っていいかわからない物でしたので、上に報告してもらえて助かりました。」

痛そうだな、と思いながらも、スザクは人好きのする笑顔で答えた。
もともと、いつ自分のポケットに入ったか解らないものだ。
それが犯罪者を捕まえるために有効活用されるなら、スザクに文句はなかった。

「ほら~言ったでしょ?スザク君はこういう子だって~セシル君は融通が利かな過ぎるよ~」

叩かれた頭をさすりながら、ロイドはセシルを不満げに見つめた。

「そういう問題ではありません。スザク君の手柄なんですから、一言確認はするべきだと」

セシルはにこやかな笑顔とは裏腹に、その手はグーで握られていた。
流石のロイドも、その姿をみて顔色を変えた。

「も~わかったよ~次からはそうしますよ」
「そうしてください」

二コリ、とセシルは手を下した。

「で、スザク君、今持っている手錠と、こちらを交換してくれる?」

セシルは、机の上に乗せていたアルミケースを手に取ると、その蓋を開いた。

「これは?」

それまでふざけていたロイドの表情が一変し、真剣な科学者の眼差しになった。

「対凶悪犯用電子手錠、Z-01ランスロットのプロトタイプ。今使用されている一般的な電子手錠、サザーランドとは比べ物にならない代物さ」

そのケースの中に鎮座していたのは、真っ白な電子手錠。
今までの無骨なデザインとは違い、白地に金の装飾が施され、観賞用としても問題のない洗練された美しさだった。

「これが、第七世代電子手錠ランスロット」
「の、プロトタイプ。今回で開発費がたくさん貰える様になったからね。諦めていた機能も付けられるようになる。だから正式な物は今から制作に入るよ」
「機能の説明を、簡単に説明するわね。通常の施錠に関しても、耐久力に関しても今までとは比べ物にならないわ」

一度施錠したら専用の鍵を使用しない限り解錠は不可能。
施錠は電子式の施錠と、鍵を用いて行われる。
外部からのハッキングによる解錠も現段階では不可能。
鍵も特殊なものなので、複製は不可能。
高い耐久性能を誇り、電動鋸や拳銃、小型爆弾による破壊は不可能。
それこそ象が踏んでも壊れない。
液体窒素やバーナーを用いて破壊しようとしても不可能。
捕縛した相手に微弱な電流を流し、動きを封じ込めることもできる。
目標とする人物の手をめがけて投げた場合、自動的に近くにある手首の位置を認識し、短時間であれば自動追尾する。
使用するには生体コードの登録が必要で、現在登録がされている枢木スザク、ロイド・アスプルンド、セシル・クルーミー以外は使用できない。
解錠する権限を持つのは枢木スザク、ロイド・アスプルンド、セシル・クルーミーの3名のみである。
それが、5つ。

「今はスザク君、黒の騎士団専属みたいなものでしょ?だから、本当はね~、これに黒の騎士団全員の生体情報を登録できれば、捕縛率がぐんと上がるんだけどね~」

流石にそれは無理だからね~と、ロイドは残念と言わんばかりに両手を挙げた。

「投げるときは周辺に注意してね。近くに人がいると、そちらに向かっていく可能性はあるから」

練習は奥で出来るから、と、セシルは奥の部屋を指さした。

「解りました。練習して確実にゼロに手錠をかけて見せます」
「練習今からするの?じゃあデータ取らなきゃ!」

ロイドの声を聞きながら、スザクはランスロットを手に、奥の部屋へ向かった。
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