黒の至宝 第14話

私は息を切らしながらも、夢中で走っていた。
携帯にゼロからの呼び出しのメールが入っていたのだ。
慌てて目的の場所までやってきた私は、バタンと勢いよくその部屋のドアを開けた。

「C.C.から何か連絡があったの!?」

だが、部屋の中はしん、と静まり返っていて、誰からも返事がなかった。
まさか彼の身に何か?と、焦る気持ちを抑えるように、乱れた息を整えながら、決して狭くは無いその部屋を、慎重にと見回した。部屋の中ほどまで入った時、こちらに背を向けたソファの上に横になっている黒い塊を見つけ、私はほっと安堵の息を吐いた。
その黒い塊は黒衣を纏ったこの部屋の主。
人を呼び出しておいて、ソファで転寝なんて珍しい。C.C.と連絡が取れなくなって2日、いや、その前から碌に寝ていなかったのだから無理もないか。私は起こさないよう、冷蔵庫からミネラルウオーターを1本取ると、彼の向かいのソファに座り、その寝顔をのぞきこみながら、キャップを捻った。
女でも羨むような美しい容姿には、残念ながらうっすらと隈が浮いている。柳眉を寄せ瞼を閉じているその姿は、穏やかな寝顔とはほど遠い。顔色も悪いし、この様子だとC.C.はまだ見つかっていないのだろう。・・・それでもこれだけ綺麗なんだから、美人って得よね。
私もよく美人と言われるが、彼には到底およばない。本人に言うと機嫌を損ねるので絶対に言わないが。ごくごくと、喉に水を流し込み、ようやく人心地つく。

「何が永遠を生きる魔女よ。あれだけ偉そうなことを言っておいて、どこで何してるのよ、C.C.」

心配性の坊やのために日に一度は連絡を入れてやる、と言っていたC.C.は毎日3回、決まった時間に連絡をしてきた。そのC.C.がここを離れて今日で12日。定時連絡がなくなって2日。C.C.に持たせていた携帯のパスワードミス3回による緊急ロックと、衣類に仕込んでいた発信機、通信機の類が機能しなくなって2日。
間違いなく、シュナイゼルの手に落ちたのだろうというのが、私たちの結論だった。
決して死ぬことは無いというC.C.だが、死ぬより辛い目にあっている可能性は否定できない。なにせ、ルルーシュと出会う前は、どこぞの研究機関で実験体として扱われていたという。そのあたりの話は、ルルーシュもC.C.も話してくれないので、私も無理に聞くつもりはなかった。
この2日間、ルルーシュは、今まで通りコンピューターを使っての情報収集を、私と藤堂はシュナイゼルが絡んでいそうな施設をしらみつぶしに探っていた。施設を探っても意味は無い事かもしれないけれど、黙って待っているのは性に合わなかったからだ。
はぁ、と重い息を吐いたとき、ドアがガチャリと音を立てて開いた。

「紅月、戻っていたか」

そこに立っていたのは、珍しくスーツ姿の藤堂。
着物姿だとスザクにも見つかってしまうため、一応変装して行動しているのだ。そういう私も病弱設定の姿。髪型はストレート、ひざ丈のワンピースを着ている。その上、ヒールの高いサンダルを履いてしまったので、非常に走り辛かった。

「藤堂さんも呼びだされたんですか?」
「ああ、ところで、ルルーシュ君は?」

きょろきょろとあたりを見回す藤堂に分かる様、私は目の前のソファを指差した。
部屋の中ほどまで入ってきた藤堂は、ルルーシュの寝顔を見て、やはりまだ連絡は無いのか、と呟いた。そして着ていたジャケットを脱ぎ、そっとルルーシュに掛けた。

「藤堂さん、何か飲みますか?」

「ああ、自分で出すから紅月は座っていなさい。ルルーシュ君ほどではないが、君もだいぶ顔色が悪い」

指摘されて、私は思わず自分の顔に手を当てた。うっ、少し肌が荒れている。

「・・・馬鹿C.C.のせいですよ。まったく、あんな偉そうなことを言っておきながら」

ああ、だめだ、声が震える。大丈夫、大丈夫なんだから、ルルーシュが絶対に見つけてくれる。C.C.は戻ってくるんだから。だから、私までつぶれちゃダメ。私まで元気をなくしたら、だれがルルーシュを支えるのよ。俯きながら力なく呟いた私の頭を、大きな手が優しく撫でた。

「そうだな、C.C.もこれに懲りてくれればいいのだが。戻ってきたら無茶はしないよう、きちんと叱らなければな」

藤堂は、武骨ながらも精いっぱいの笑顔と、優しさを込めて何度も頭を撫でる。

「・・・はい!正座させて、1時間ぐらい説教してやりましょう!」

大きな手は温かく、その優しさがうれしくて、暗い気持ちを吹き飛ばすような笑顔と声で、私は返事をした。その返事に満足したのか、藤堂は大きくうなずいた。

「・・・そうだな・・・説教と、ピザ禁止、1週間は譲れんな」

声のした方をみると、ルルーシュが眠そうに眼をこすりながら、もぞもぞと動いていた。

「あ、起きた?紅茶、飲む?ああ、コーヒーの方がいい?」
「・・・ああ、頼む。コーヒーでいい」

まだ寝ぼけているような声で、返事が返され、私は席を立った。私は3人分のコーヒーを用意し、席に戻った時には、ルルーシュは完全に目を覚ましていた。熱いブラックコーヒーを一口含み、ルルーシュは、すまない、待っている間に眠ってしまった、と、ばつの悪そうな顔で呟いた。

「気にしないで。むしろちゃんとベッドで寝なさいよ。アンタそれでなくても体力ないんだから」
「・・・別に俺の体力がないわけではない、お前たちがありすぎるんだ」

むすっとした表情で、何時も通りの返答が返ってきたので、私もはいはい、と何時も通り軽く返した。

「で、どうしたの?急に呼び出して。C.C.の手掛かりでも見つけたの?」
「いや、見つかっていない。このままでは見つけること自体困難だろうな。何せ相手はあのシュナイゼルだ。 C.C.を見つけるために、そして<漆黒の夜明け>を見つけるためにも、こちらから動くしかない」
「動くって?」
「シュナイゼルに予告状を出す。明後日<漆黒の夜明け>を盗み出す、と」

ルルーシュは怒りを込めた強いまなざしで、そう告げた。
HTML表
13話
15話