黒の至宝 第15話

「ゼロから予告状が届いたと伺いました」

僕は頭を下げ、臣下の礼を取りながら、その人と向き合っていた。

「流石ICPOの枢木スザク警部だね。ゼロの予告状の話を警察に知らせたのは2時間ほど前だというのに、こんなに早く来てくれるとは思わなかったよ」

副官を従えた青年は、ロイヤルスマイルを浮かべながら、一歩こちらに近づいた。
神聖ブリタニア帝国皇位継承権第2位、第2皇子シュナイゼル・エル・ブリタニア。本来なら、一介の警察官が対話をすることなどできない相手。まさに雲の上の人物。貴族連中がいくら威嚇してきても何も感じなかったが、シュナイゼルはそこにいると言うだけで畏怖の念を呼び起こす。
その穏やかな表情とは違い、餌である蛙を、どう甚振ってから食らおうかと、捕食者の視線で見下した蛇のような陰湿さを感じる。
成程、これが天上人とよばれるブリタニアの皇族か。

「ゼロに関しては枢木警部は第一人者だ。是非その力を貸して欲しい」
「イエス・ユアハイネス。必ずやゼロから殿下の宝を守って見せます」
「うん、頼んだよ、枢木警部。詳しい話はジェレミア卿から聞いてくれたまえ」

シュナイゼルは横に控えていたジェレミアに目で合図を送ると、ジェレミアは一歩前へ移動し、臣下の礼を取った。

「お任せください、シュナイゼル殿下。ゼロは必ず我々が捉えて見せましょう」
「期待しているよ、ジェレミア卿、そして枢木警部」

シュナイゼルはロイヤルスマイルを浮かべながらそう言うと、ジェレミアはその顔に喜色を浮かべ「はっ!」と、返事をした後深く頭を下げた。スザクもそれに習い頭を下げるた。それに満足したのか、シュナイゼルは一度頷いた後、スザクとジェレミアをその場に残し、副官を連れてその部屋を後にした。部屋の扉が閉まり、ジェレミアは僕と二人きりになると、あからさまに嫌そうな表情をその顔に浮かべ、見下すような視線でスザクを見た。

「イレブン風情が我々に協力など、本来ならば願い下げだが、シュナイゼル殿下のご命令だからな。せいぜい我々の邪魔だけはするなよ」

イレブンと、差別的な言葉を当たり前のように使う男の胸元には見覚えのある羽。
たしか純潔派といったか。選民意識の強いブリタニア人の中心的な存在で、皇族に対する忠誠心はもはや信仰と言っていいほどだった。情報では、ジェレミアという男は特にその傾向が高い。

「シュナイゼル殿下のお力となれる事は至上の喜び。その上、ジェレミア卿の卓越した指揮を間近で拝見できる事が出来るとは、これほどの幸運を運んできたゼロに、私は感謝せねばなりません」
「枢木、ゼロに感謝とは流石に問題発言だぞ。だが、その心掛けは良し。貴様もブリタニアの警察組織の中で、黒の騎士団の捜査を任されている身だ、今後もブリタニアの力となれるよう、ここで学んでいくがいい」

僕の発言に機嫌を良くしたジェレミアは、先ほどとは打って変わり、僕を拒絶するのではなく、今後のブリタニアのために教えてやろう、という態度へ改めた。もっとネチネチとした反応が来ると思っていたのに、予想以上の好感触で僕は驚いた。

「では、場所を移動しよう。何としてもゼロを捕まえ、殿下の宝物を必ずや守り通すのだ」
「イエス・マイロード」

僕は颯爽と歩きだしたジェレミアの後について、その部屋を出た。
その後ろ姿を見ながら、先ほど目にしたカードを思い描いていた。

【明後日、シュナイゼル殿下が保管されている<漆黒の夜明け>そして<常闇の麗人>は我々黒の騎士団が頂く】

予告状はいつもと同じ、真っ黒のカードに銀色のエンブレム、そして白の文字。カードの材質、文字、文句はいつも通り、エンブレムも本物。間違いなくゼロが出した予告状だった。

「で、枢木。ゼロ捜査の第一人者と言われる貴様はどう考える?」

ジェレミアとともにやって来た作戦会議室には、ジェレミアを始めとした純潔派と部下、そして僕と僕の部下が集まっていた。既に全員が席につき、スザクの部下がまとめている黒の騎士団に関する資料の配布も終えている。

「まず、ゼロが狙っている宝を隠し、偽物を用意するという手は使えません。ゼロは偽物にかかった振りはしますが、必ず本物の場所を見つけ、奪っていきます。 ですので、誰の目にも触れない場所に隠すのではなく、ジェレミア卿や信頼できる方の目に入る場所で確実に守るべきです」
「ほう、レプリカでは駄目だと」
「今まで、一度も偽物だけを盗んだ事はありません。こちらの目を欺くために偽物に手を出す事はありますが、必ず本物も盗み出しています」
「ならば、レプリカを用意すれば、そちらにもゼロが現れる可能性はあるわけだ」
「本物の警備を緩ませるための手段として有効な場合のみ、です。理由がなければ偽物に手を出しません」
「ふむ、ならばわざわざ人員を削るのは得策では無いか。 それとも警察に偽物を守らせて、我々で本物を守る、か」
「先日のカラレス邸のお話はご存知でしょうか。まさに今ジェレミア卿が言われた警備をした結果が、あれです。」

ふむ、とジェレミアは腕を組み、椅子の背もたれに体重をかけた。

「先ほども言いましたが、偽物を用意しても、必ずゼロは本物を盗み出します。それならば、確実にゼロを捕まえることのできる場所で、万全の警備の中に本物を置くべきです。 ゼロは予告した日以外に狙った宝には手を出してきません。ですから予告のあったその日を守りきることができれば我々の勝ちです」
「やれやれ、ずいぶんと律儀な泥棒だな」

ジェレミアはコーヒーを一口すすり、大げさに溜息を吐いた。

「予告日以外に盗み出した場合はゲームになりませんから」
「ゲーム?」
「ゼロにとってこれはゲームなんです。日を指定すれば警備が強化される。難攻不落のその場所からいかに盗み出すか。それを楽しんでいるだけの愉快犯です」
「成程、ゲームか。ならばこちらもゲームとして受けて立たねばな」

ジェレミアは口角を上げながら、予告のカードを手に取った。

「ゼロめ。殿下の宝に手を出したこと、必ずや後悔させてやろう」

僕たちは無言のまま頷いた。





「ねえ、ルルーシュ。どうして予告状を出すことにしたの?まだ獲物が何処にあるかもわかっていないのに」

私は不思議に思い、そう訊ねた。
何処にあるか解らないのだから、このままでは宝を盗み出すなんて不可能だ。そんな私の質問に、ルルーシュはその顔に笑みを浮かべながらソファに座り優雅に足を組むと、チェス盤から黒のキングを取った。

「たしかに、何処にあるかは解っていない。が、予告状を出せば、シュナイゼルがイレギュラーを手駒に加える可能性がある」
「スザクを?」
「そうだ、あのイレギュラーはおそらく、偽物を用意しても意味がない事を伝えるだろう。何せ我々は今まで一度も偽物に騙されたことなど無いのだからな。そうなれば必然と、警備の中心に本物が用意される事になる」

黒のキングを器用に指先で回しながら、私を見た。

「え?それってつまり・・・」

チェス盤の白の駒に囲まれたその中心に、黒のキングがコトリ、と置かれた。

「予告状を出し、枢木スザクが動き出したなら、間違いなく狙うべき宝は枢木スザクの近くにある」
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