黒の至宝 第20話

「本当に、生き返った・・・」

目に涙を浮かべながら、ミレイは私の体をマジマジと見つめた。
すでにルーベンに刺された傷もこの体からは消えている。
私はシャワーで血を洗い流し、服を着た。

「で、私はどのぐらい死んでいた?」
「今、朝の5時だから6時間ちょっとかしら?」
「そんなものか。まあ、傷が小さかったから治りも早かったのか」

体は少しだるかったが、特に気にするレベルではない。
私は冷蔵庫からオレンジジュースのペットボトルを取り出し、キャップを外すと、そのまま口をつけてごくごくと飲んだ。
どうも傷を負って死んだあとは喉が渇く。
血が流れるせいだろうか?
そんな私の姿を、子供たちは呆然とした目で見つめていた。

「なんだ?欲しかったのか」

私がペットボトルを差し出すと、ぶんぶんと首を振られた。

「いや、なんか、本当に死なないんだなって」

驚きと感心が入り混じった顔でリヴァルが言い、シャーリーが同意するようにうんうん、と首を縦に振った。
非科学的な存在である私はニーナからすれば気味の悪いのだろう、ずっとミレイの背中に張り付いてこちらを伺っている。
自分が傷つくことには敏感だが、自分の言動でどれだけ周りが傷つくかこの女は考えた事などないだろう。
怯えられ、こっそり伺い見られるその姿がどれだけこちらを傷つけるかなんて。
こういう人間が怖い。
魔女裁判で私に石を投げ、火をくべるのも、体を刃物で傷つけるのも、こういうタイプの人間だから。
どうせ死なないんでしょう?痛みなんて感じないでしょう?そう言いながら殺しに来る。
ああ、嫌な事を思い出してしまった。
私はペットボトルを傾けて、ごくごくとジュースを流し込む。
ルーベンは表情には出さないがだいぶ気落ちしているようだ。
まあ、それはそうだろう。生き返るとは言っても私を殺したことに違いはない。
その手には私の胸を刺した感触が残っているはずだ。
嫌な役をやらせてしまったが、子供たちにさせるわけにもいかないし、自殺と言うのは簡単に死ねない可能性もあるし、何より苦しいから遠慮したい。

「6時間もあれば、ゼロは近くまで来ているだろうな」

私は思わず天井を見上げた。
その時だ。
天井の通風口が何かの重みで外れたと同時に、黒い塊が落ちてきた。
私は反射的に駆けより、この体でその塊を受け止める。
ドスンと、鈍い音が部屋に響き渡った。

「・・・何やっているんだ、お前は。相変わらず運動神経が足りてないな」

仰向けに倒れた私のうえに覆い被さるその黒い塊は、気を失ったゼロ。
いくら細身とはいえ、男性一人分の体重を支えるのは辛く、私は背中と尻を床に打ちつけてしまった。 痛みでしばらくは立てそうにない。
周りはシーンと静まり返っている。
まあ、それはそうだろうな。
仮にも怪盗を名乗っている相手が、何をどうしたのか上から落ちてきて気を失っているのだから。

「おい、リヴァル。その通風口、今すぐ直しておけ」
「お、おう。わかった」

何処からか脚立を持ってきたリヴァルは、器用に通風口を修理し始めた。
私は、痛む体を起し、ゼロの頭を膝の上にあげ、ぺちぺちと仮面を叩いてみる。が、反応はない。
打ち所が悪かったか?でもこの私がこの体を犠牲にして助けたのだからどこも打っていないはずだし、何よりいつもの悲鳴がなかった。

「何、大丈夫、なの?」

恐る恐るミレイが訊ねてくる。

「まあ、生きてはいるな」

私はどこか怪我でもしていないかと、ゼロの体を触っていると、何かが腕に刺さっている事に気がつき、勢い良く抜いた。

「ふむ、麻酔銃か何か打たれたか?」

先に針のついた独特の弾。
DNAサンプルを取られたら困るな、と、私は先ほどまで飲んでいたペットボトルにその弾を入れ、ポケットにねじ込んだ。
さてどうしたものかと暫し悩んだ後、ふと先ほどの事を思い出した。

「ルーベン、ミレイ。お前たち、さっきほどの写真が宝と言っていたな?」
「え?ええ、それがどうかしたの?」
「最後の宝、と言っていたな?」
「・・・ええ」

私の言葉に、ミレイとルーベンが探るようなまなざしを向けてきた。

「いやなに、最後という言葉は訂正する必要があると思ってな?」

そういうと、私はゼロの仮面に手をかけ、スイッチを押した。
カシャンカシャンと音を立て仮面が解除される。
私は仮面に内蔵されている、防犯カメラ・盗聴器用妨害電波発生装置のスイッチを操作し、迷うことなく仮面を外した。
仮面の下から現れたのは美しい漆黒の髪と白磁の肌。
口元まで覆う布を引き下げると、その容姿が露わになる。
どうだ?と、私は悪戯が成功した子供のような笑みを二人に向けた。
二人はふらふらとゼロ、ルルーシュのそばに跪き、ミレイは震えるその手を、ルルーシュの頬に伸ばした。

「・・・う・・・そ・・」

呟くように、ミレイの口から言葉が漏れた。

「まさか、そんな・・・」

信じられないという表情で、ルーベンはルルーシュの手を取ると、両手で握りしめた。
後の3人はどうやらルルーシュの事は知らないのだろう、不思議そうな顔で、私たちのやり取りを見ている。

「まさかミレイ達の宝が、ゼロの、いやルルーシュの妹、ナナリーの事だとは思わなかったぞ?」
「やはり、ルルーシュ様なのですね」

ルーベンは、その瞳にうっすら涙をためて、私を見た。

「ああ、あの時どうにか救い出せてな。今は私たちと共にいる」
「よかった・・・!私、私・・・っ」

ミレイはポロポロと涙を零しながらも、その顔を喜びに輝かせていた。

「とはいえ、この坊やが生きている事は極秘で頼むぞ?なにせこれは、我が黒の騎士団が護る最高峰の宝なのだからな」
「解っております。ルルーシュ様が生きていてさえくれれば、我々は」

ルーベンは強い眼差しで私を見つめ、ミレイは涙を拭きながら、こくこくと頷いた。

「みんな、よく聞いて。ゼロは、ナナちゃんのお兄さんなの。でも、この事は絶対に、ナナちゃんにも今は話さないで、お願い」

三人に向き合ったミレイは、深々と頭を下げた。

「ナナちゃんがいつも言ってたお兄様、なんだ。よかった!生きてたんだね!」
「会長、解ってますよ。ナナリーちゃんの事も秘密裏に隠してるぐらいだから、その兄なら秘密に決まってるよな」
「うん、ナナちゃんのお兄さんなら・・・私も誰にも話さない。約束する」

ナナリーの事を三人も知っているらしく、その顔には喜びが浮かんでいた。
これなら大丈夫か。
そんなとき、私の耳は何かの物音を拾った。
ルルーシュが落ちてきた通風口からだ。もしかしたらルルーシュに麻酔銃を撃った相手かもしれない。

「・・・ミレイ、替ってくれ」

私はミレイと場所を変わり、ルルーシュの頭をミレイの膝に乗せると、手早くゼロのマントを外した。
折り畳んだ仮面を包むようにマントで包み、呆然と立っていたリヴァルの腰に有無を言わさず縛り付けた。
幸いリヴァルは長めのパーカーを着ていたので、背中に仮面の部分を回しておけば、少し膨れ上がってしまうが、どうにか誤魔化せた。
マントと仮面さえ外してしまえば、ルルーシュは黒い背広を着た一般人にしか見えない。

「いいか、この仮面から防犯カメラの類への妨害電波が出ているから、リヴァル、お前は出来るだけルルーシュから離れるな。私は念の為シャワールームに隠れる」

音がだんだん近づいてくることに焦り、私は急いでシャワールームに身を潜めた。
私が隠れたその時、天井から声が降りてきた。

「・・・あれ?もしかして誰かいます?」
「ええ、軍の方ですか?」

ルーベンは通風口からルルーシュの姿が見えないような位置で立ち上がり、声に返事をした。

「自分はICPOの枢木スザクです。今降りるので、少し離れてもらえますか?」
「少し待っていてください」

ルーベンはルルーシュを抱きかかえ、私が使っていた寝床に下ろし、ミレイがすかさずルルーシュの傍に座り、その膝に頭をのせ、その顔を隠すよう毛布をかけた。
シャーリーたちも、自然とルルーシュの近くへ移動し、その姿が見えないようにマットレスの上に並んで座った。
ルーベンは<漆黒の夜明け>をその手に持ち、ルルーシュの方へ移動する。

「いいですよ、枢木警部」
「はい。では」

そういうと、ガンッと通風口の蓋を蹴り落とし、部屋の中へ飛び降りた。

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