黒の至宝 第21話

「えーと、皆さんはここで何を?」

僕は部屋の中をぐるりと見回しながら、厳重な警備がなされているはずのこの施設内にありながら、あまりにも無防備な部屋の様子に、思わずキョトンとした表情で訊ねた。

「シュナイゼル殿下のご命令で、この箱の解析をしております」
「箱?<漆黒の夜明け>ですか?」
「はい」

よく見ると、貴族なのだろう貫禄のある老齢な男の手には、写真で見たあの箱。
僕が箱に目を向けたのが解ったのだろう、男は一歩前に出て、箱を前に差し出した。

「これが・・・ですが、ここには、貴方達だけですか?軍の人間は?」
「いえ、私達だけです。ここで今日一日解析をするようにとのご命令で」

僕はその言葉に思わず絶句した。
見張りを付けているとは言っていたが、まさか一般人だけとは。
しかも、入口は一本道だと言いながらも、こうして秘密の抜け穴から通風口に通じている道まであったのだ。あまりにもずさんな警備に僕はあいた口が塞がらなかった。

「解りました。それでしたら僕が警備にあたりましょう」
「え!?でも、枢木警部はゼロ・・・黒の騎士団の捜査で来たんですよね?その方が」

ミレイは、まさかこの場にルルーシュの敵であるスザクが居座るのは予想外で、慌てて口を開いた。

「ゼロが狙っているのはその箱です。ならばここに必ず現れます。実を言うと、先ほどこの通風口から繋がる通路で一度ゼロを見かけているのです」
「では、ゼロは此方に向かっているのですね」

不安そうな顔で老齢な男がこちらを見る。

「はい。すぐに麻酔銃を撃ったのですが、煙幕を張られてしまって、残念ながら逃げられてしまいました。来るとしたらその通風口からでしょう」

僕は皆を安心させるよう、出来るだけ人好きのする笑顔を向け、穏やかに話した。
一般人にとっては義賊を謳っていたとしても犯罪者に変わりはない、こんなに皆を怯えさせるなんて。
スザクが一人、ゼロに対する怒りを胸に燃やしていたとき、シャワールームに隠れていたC.C.は深い深いため息を吐いていた。

「流石イレギュラー。さて、この状況どうするゼロ」

周りに聞こえないよう口の中でつぶやいたC.C.は、部屋の様子をこっそり伺うことしかできなかった。
ルーベンは手に持っていた箱を再びテーブルの上に戻すと、スザクはそれを目で追い、箱の前の椅子に座ろうとテーブルに向ったその時、ふと何かに気がついた。

「あれ、もしかして誰か寝ているんですか?」

全員が一瞬ぎくりと身を強張らせたが、スザクはそれに気がつくことなく、つかつかと近づいてきた。

「あ~、一人、具合を悪くしてしまって。いま休んでいるんですよ」
「そうなんです。夜中にこんな所に無理やり連れてこられるし、私もさっきまで緊張で頭痛が酷かったんです」
「そうそう、怖ーい軍人に囲まれてほんと血の気が引いたよな」
「うん、ほんと怖かった」

ルーベンが止めたくなるほど明らかに動揺した4人が一気に捲し立てたが、スザクはそんな周りの気配に気づくことなく、ひょいっと寝ている人を伺った。
毛布を頭から被っているので、スザクからは長身の人物が横たわっている膨らみしか見えない。

「可哀想に、皆が苦しい思いをしたのも、全部ゼロのせいだ。大丈夫です、皆さんの事は僕が護りますから」

その顔に怒りをにじませながら、スザクは呟いた。
いやいや、彼が寝ているのはお前が撃った麻酔銃のせいだし、ここに閉じ込められているのも、軍に軟禁されてるのも、人質を取ってるシュナイゼルのせいだし、自分達が困っているのはスザクがここに居るせいで、むしろゼロに関しては来てくれて有難う!生きててくれて有難う!状態なんですが。
ここに居る全員がそんな思いを抱いているとは思ってもいないスザクは、横たわるその姿を見つめ、強い決意をその瞳に宿した。

「・・・ぅん・・」

もぞり、と寝ていた人物が僅かに頭を動かした事で、顔を覆っていた毛布がするりと滑り落ちた。

「え?」
「あっ」

しまった、と慌てて毛布で顔を隠そうとしたミレイの手を、スザクが反射的につかんだ。
僅かに眉を寄せ、静かに眠るその顔を見て、スザクの目が大きく見開かれる。
黒の騎士団捜査の第一人者だ、ゼロの素顔を知っていてもおかしくはない。
この場をどう切り抜けるべきか、ピリッとした緊張感が辺りを包んだ。

「・・・ルルさん?」

だが、スザクの口から出たのは、なんで此処に?という驚きの声だった。
仮面の下の正体をスザクが知らない事に、皆ほっと胸を撫で下ろす。

「枢木警部は彼を御存じなんですか?」
「え?ええ、以前ちょっとした事件で知り合いまして。ルル・スペイサーさんですよね?」
「ええ、そうです。まさか枢木警部とウチのルルちゃんが知り合いとは驚きました」

ルル・スペイサー。それが今の彼の偽名なのか。それなら昔の呼び方で平気よね?と、ミレイはにこりと笑いながら返事をした。

「僕もまさかルルさんがここにいるとは驚きました」

スザクは心配そうな顔でルルーシュを見つめ、まるで当たり前のようにその手を彼の頬へと伸ばした。その様子に、シャーリーとニーナから小さな悲鳴が上がり、ミレイ達はえ?と目を丸くした。

「よく眠っていますね、本当に唯の体調不良ですか?そうだ、ジェレミア卿に報告して、医者を」
「いえいえ、大丈夫ですから!ルルちゃんは貧血で倒れる事もよくあるので平気ですから」

最初から居たC.C.が消え、居なかったルルーシュがここに居ることを軍人に知られるわけにはいかない。
ましてや医者なんて間違っても彼を見せる事は出来ない。
携帯を取り出そうとしたスザクを慌ててミレイは制した。

「そうですか?でも」

心配そうなスザクは、当前のように掌を今度はルルーシュの額に当てた。
再び頬を僅かに染めたシャーリーとニーナの口から小さな悲鳴が上がる。
ああ、何だろうこの人、女性相手なら確実にセクハラよね。と、この状況をどうするべきか悩みながらミレイは引き攣った笑みを浮かべた。
その時、僅かにルルーシュが身動ぎ、その長い睫がふるりと震えた。
ゆっくりと瞼が開き、その下に隠されていた深いアメジストの瞳が姿を現す。

「あ、目が覚めた?」

スザクは嬉しそうにその顔を綻ばせた。
ルルーシュはまだ完全に目を覚ましていないのか、焦点の合わない瞳を彷徨わせた。

「ルルちゃん、大丈夫?」

呼びかけられた事で、ミレイへと視線を動かし、しばらくの間虚ろなその瞳でボーっとその顔を見つめていた。

「ルルさん?」

スザクがルルーシュの目の前で手をひらひらと振ると、何度か瞬きを繰り返したあと、ようやく意識が覚醒したのか、その目が驚きに見開かれた。

「枢木っ!」
「ああ、よかった。ボーっとしてるから心配したよ」

怒鳴るように名前を呼ばれたにもかかわらず、スザクはにこにこと人懐こい笑顔でルルーシュを見つめていた。寝起きでまだ頭が起きていない上に有り得ないイレギュラーが目の前に居て、ルルーシュの思考は完全に停止していた。

「ルルちゃん、ル~ル~ちゃ~ん。私、わかる?」

見つめ合ったまま片方はニコニコ、片方は硬直しているこの状況を打開するため、ミレイは頭上からルルーシュに声をかけた

「・・・ミレイ?」
「大正解っ!意識は大丈夫そうね。自分の名前はわかる?ルル・スペイサーさん?」

いたずらっ子の笑みで、ミレイはその偽名を口にした。
ルル・スペイサー。それはあの時とっさに名乗った対枢木スザク用の偽名。
視界が明るい事にルルーシュは今更気がつき、自分が仮面を外している事を知った。

「あ、ああ。大丈夫だ。すまないなミレイ。・・・心配をかけた」

それは今、意識を無くしていたことに対する物と、今まで死んだものとし、姿を隠していたことに対するもの。
身内にだけ見せる、優しい笑みを向けられ、ミレイは、一瞬声をつまらせた。ああ、本当にルルーシュだ。そのことを実感し、安堵で泣きそうになってしまう。でも、今はダメ。涙を流せば怪しまれてしまう。

「いいのよいいのよ~。気にしないで。何か飲む?」

ミレイは、意識して明るい声をだし、ゆっくりと、ルルーシュが体を起こすのを手助けしながら、視線をシャーリーに向けた。

「あ、私水持ってくるね!」

シャーリーは元気良く、ぱたぱたと冷蔵庫へ向かって走って行った。
現状はどうにか理解できたが、ルルーシュは現在非常に混乱していた。思わず指を額に当てると、スザクが頭痛いの?と、心配そうな声をかけてきた。
その声はとりあえず無視して、ゆっくりと瞼を閉じる。
落ち着け。
仮面は無い。マントも無い。この状況でイレギュラーは俺をゼロとは認識していない。
ならば今の俺はルル・スペイサー。
以前枢木に強盗に襲われたのを救われた一般市民だ。何も問題はない。
ここに居るのは枢木とミレイとルーベン、そして見知らぬ若者が三人。あの反応から見てミレイの関係者だろう。
俺はこの施設にゼロとして乗り込んだ。それは<漆黒の夜明け>と、シュナイゼルに脅されているのであろう貴族を救うためだ。
となると、今回シュナイゼルのターゲットになった貴族はアッシュフォードか。
おのれシュナイゼル。アッシュフォードに手を出すとは!
シュナイゼルがアッシュフォードへの脅しに使ったのはなんだ?ま、まさかナナリーか?ナナリーなのか!? ナナリーがアッシュフォードに匿われている事に気がついたのかシュナイゼル!?くっ、だとしたら急がなければならない。ナナリーのために!
それにしても、ゼロの仮面とマント、そしてC.C.は何処だ?
ん?この毛布に見慣れた緑の髪の毛が。やはりここに居たのかC.C.。
枢木が此処に居る以上、この部屋の何処かに隠れていると見るべきだな。過程が解らない以上、今は探す訳にはいかないが。
ん?あの青髪の男の背中のあたりが妙に膨らんでいる、そして腰で縛っている黒い布、あれは間違いない俺のマント!
と言う事はゼロの衣装をこの男が隠し持っているのか。それはつまり、俺がゼロだと知られたという事。そして危険を承知で俺を匿っているという事だ。
有難うルーベン、ミレイ。ナナリーを守ることでさえ危険な行為だというのに、姿を隠し続けていた俺にまで救いの手を差し伸べてくれるのか。
・・・と、ルルーシュは5秒ほどで全てを把握した。

「はい、お水。飲める?」

目を開いたとほぼ同時に、目の前にペットボトルが差し出された。

「ああ、有難う」

ルルーシュはにっこりと微笑みながらそれを受け取ると、シャーリーは顔を真っ赤にして俯いた。よく見ると、ミレイやスザク達の頬もほんのり赤い。
何だろう、この部屋の温度が高いのだろうか?俺には丁度いいのだが。
ルルーシュは特に気にする事もないだろうと、ペットボトルの蓋をひねり、ごくごくと喉を鳴らして水を飲んだ。
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