黒の至宝 第22話

綺麗な人だと、改めて思った。
さらりと流れるつややかな黒髪と、白磁のような滑らかでシミひとつ無い肌、まるで人形のように整った顔と、女性が憧れるほどの長い睫。
宝石のような輝きを放つ紫玉の瞳は今は閉じられていて、薄く色づいたその唇は今は喉を潤すため、ペットボトルに口づけられていた。
よほど喉が渇いていたのか、喉を鳴らしながら飲むその姿に、思わず目をそらした。
って、何考えてるんだ僕は。相手は同性の男だと言うのに、いや、女性相手でも今こんな事を考えるのはおかしいだろう。
頬が熱くなるのを感じ、僕は、気づかれないようその場を立つと、机に置かれている<漆黒の夜明け>の元へ向かった。

「そうだ、ルルちゃん。あなたが寝ている間に、いろいろ解った事があるのよ」

飲みかけのペットボトルを受け取りながら、ミレイはルルーシュに複雑な表情で話しかけた。

「いろいろな事?」
「そう、枢木警部が居る所で話していいのかは・・・迷うところなんだけどね。私たち、シュナイゼル殿下に脅迫されてこの箱の研究をしているじゃない?」

僕はその言葉に勢いよく振り返った。
脅迫?いま、そう聞こえなかったか?

「ミレイ、その話は枢木警部の前では」
「でもルルちゃん。今日が終われば、私たちシュナイゼル殿下に殺されるのよ?なりふり構ってる時間はもうないのよ」

二人の真剣な表情に、これは冗談で言っているのではない事はすぐに分かったが、頭が付いていかない。

「今の話、どういうことか教えてもらえますか?」

僕は席を立ち、再び二人に近づいた。
二人は顔を見合わせて、どう話すべきか悩んでいるようにも見えたが、数瞬後彼は溜息を一つ吐き、僕を真っ直ぐに見据えた。

「枢木警部、これから話す事は、その、正直信じられないような話なんだが」
「スザク、でいいよ」
「え?」
「名前、君たち僕とそんなに年齢変わらないよね?なら枢木警部なんて堅苦しい呼び方じゃなく、スザクって呼んでよ?」

だめかな?と、眉尻を下げ、上目遣いで見つめると、ルルーシュは一瞬口をつぐんだ後、ふわりと優しい笑みを浮かべた。

「わかったよ、スザク」
「ありがとう、僕はルルって呼んでもいいかな?」
「ああ、好きに呼んでくれ」
「はーい、私ミレイよ。宜しくね」

元気良く手を挙げて、テーブルから身を乗り出した彼女は、右手を差し出してきたので、反射的に握手を交わした。

「俺リヴァル。リヴァル・カルデモンド」
「私シャーリーよ」
「私、ニーナ」

次々に握手を交わし、最後に残ったのは老齢の紳士。

「私はミレイの祖父、ルーベン・アッシュフォードです」
「宜しくお願いします」

あいさつをするタイミングを逃していたので、いい口実が出来たようだ。
全員と握手を交わし終わると、ルルーシュはごほん、と咳を一つ吐いた。

「話を戻すが、この<漆黒の夜明け>は元々日本の皇家、天皇陛下の元にあるべき宝なんだ」
「へ?皇家?」

と言う事はカグヤの処に?これが?僕はテーブルにある箱をマジマジと見つめた。

「そう、2年ほど前までは間違いなく天皇の元にあったその箱が、今はシュナイゼル殿下の元にある。そして、おそらく殿下がその箱を手にしたのは今はから1年半ほど前だと考えられる。その頃から、貴族の変死事件が始まっているからな」

ミレイに支えられながら、ルルーシュはゆっくりと立ち上がり、テーブルへと足を進めた。

「変死、事件?」
「事件そのものに共通点がないため、まったく別の事件だと思われているが、そのうちのいくつかは、この箱に関わったために起きたものだった。シュナイゼルはこの箱を秘密裏に解錠させるため、自分とは関わりの無い貴族を選び、脅迫し、研究をさせた。そして一定の期間が経っても何も成果が無い場合、その貴族と関わったもの全てを抹消していた。今回その犠牲者として選ばれたのがこのアッシュフォード家だ」

ルルーシュは椅子に座ると、その箱を両手で持ち、写真では解らなかった細かな部分をじっくりと観察し始めた。

「いくら高価な箱と言っても、箱は箱だよ?たかが箱を開けるために、何でそこまで?命を奪ってまでなぜ秘密裏に箱を開けようとしているんだ?」
「それだけの価値があるからだろう。そして、その内容を外部に漏らされたら困るから口を封じる。簡単な話だ」
「命を奪うほどの価値って何?」

僕は少々乱暴に彼の正面の椅子に座り、真剣に箱を見つめるその顔を見ながら、自分の目が据わっていくのを感じた。

「この箱の中に入っている宝石、ロイヤル・パープル・ダイアモンドには、どんな願いでも叶える力があるそうだ」
「は?」

あまりにも非現実的な話に、僕は目を見開いたまま、呆然としてしまった。
そんな僕を見て、彼はくすりと微笑んだ。

「信じられないだろう?だが、シュナイゼルはそれを信じているんだよ。人の命を奪ってでも真偽を確かめたいと思うほどに」
「・・・でも、殿下は一体どんな願いをかなえようと?」

神聖ブリタニア帝国第二皇子であり、次期皇帝とも言われている人物だ。そんな人がいったい何を?確実に皇帝の地位を手に入れるためだろうか?

「それは流石に俺にも解らないが・・・」
「それがね、ルルちゃん。解ったのよ殿下の願いが!」

ルルーシュの隣の椅子に腰かけたミレイは、真剣な顔で、ルルーシュに語りかけた。

「何?一体何を望んでいるんだ?」
「殿下は、この前お会いした時に私に言ったの。自分の願いは世界征服だって。人々は支配される事を望んでいる、だから自分という王をこの世界の頂点に据えるのだと。でもね、しーちゃんが世界征服は本当の願いではないって言ってたの、そんなことはやろうと思えば今ある殿下自身の力でも可能だって」

あの腹黒皇子が本気を出して、ブリタニア皇帝となり、各国に戦争を仕掛ける。
力の弱い国には話術を使い、次々懐柔していく姿が目に浮かぶ。

「確かに可能かもしれないが、それでは・・・まさか、奴の願いは不老不死か」

僅かに眉根を寄せ、額に手を添えたルルーシュはその答えに辿り着いた。

「さっすがルルちゃん、理解力高いわ~。そ、不老不死よ。世界征服は自力で出来るのだから、暗殺に怯えずにすむ死なない体、そして永遠に人類の頂点に立つための時間を願おうとしているのよ」

流石に非現実にもほどがある夢物語を、僕以外の人間が真剣に語り合っていた。
これは日本人とブリタニア人の感覚の差なのか、一般人と貴族の差なんだろうか?
それとも、本当に?
あまりにも有り得ない話が続き、スザクの頭の中はぐるぐるしていた。

「不老不死など、くだらない。それがどれほどの苦しみか、想像もできないのかあの男は。・・・まあいい。それよりもミレイ。期日は明日だったな」

ミレイはこくりと頷いた。

「期日?」
「さっき言っただろう、今日が終われば、シュナイゼル殿下に殺される、と」
「私たちは殿下に人質を取られているの。だから逃げることも出来ない。今日中にこれを解錠しなければ私たちは殺されるのよ」
「違うな、間違っているぞミレイ。解錠しても殺される。世界征服なんて話をしてきた時点で生かしておく気はない。さて、どうしたものかな」

ルルーシュは再び箱に視線を戻した。

「俺たちが出来る選択肢は限られている。となると、この箱を開け、シュナイゼルと交渉するしかないだろうな」
「でも、それだと殿下が不老不死に」
「本当に願いが叶うかは解らないが、そんなくだらない願い、必ず阻止して見せる」

僅かに目を細め、怒りを宿した真剣な眼差しでルルーシュは手に持った箱をじっと見つめた。
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