黒の至宝 第23話

既に朝の8時。流石に空腹を覚え、ミレイがサンドイッチを作ってきた。
全員が席に着き、真剣に箱を調べるルルーシュの姿を見つめながら、朝食を取りはじめ、箱を置いて食べたら?と、口にしようとしたその時、彼は口角を上げて笑った。

「なるほど、そういうことか」

ルルーシュは箱を眺めながら何度も頷く。

「え?もしかして、解ったの?これの開け方!?」

私たち2カ月以上調べてたんだけど!?と、ミレイ・ニーナ・シャーリー・リヴァルは驚きの声を上げた。
ルーベンは、表面上は老齢な落ち着いた紳士その物の態度だが、さすがルルーシュ様、と心の中で感動の涙を流している。
ルルーシュは、ああ、と短く返事をし、その白く細い指で装飾を優しくなぞった。

「箱の上部の装飾は 満月、雲、桜で一見夜桜に見える。だが、これは夜桜ではない。この満月に見える部分は貝を用いた螺鈿。その部分を横からよく見ると、この部分、貝の横に小さな出っ張りがあり、針のような細いもので引っ掛ける事が出来る」

そう言うと、どこからか細い針金のようなものを取り出し、その部分に引っかけた。
あっ!と思ったその時には、その上にあった金の装飾を使い、梃子の原理で貝を持ち上げた。
カコッという音と共に満月の部分が外れると、ルルーシュは迷うことなく、その貝を取り外した。

「この装飾は夜ではなく、昼間、この満月と思われるものは太陽を現している」
「太陽?でも、この箱は黒いし、昼間っていうのは無理がないかな?」
「昼間でも暗くなる現象がある、分からないか?スザク」
「昼で暗く?」

スザクは腕を組みながらう~んと唸っているが、答えは出ないようだ。

「もしかして、日食の事?」

ニーナがおずおずと聞いてきた

「正解だ、ニーナ。これは本来日食を現した装飾なんだ」

そういうと、ルルーシュはニーナの回答に満足そうに口角を上げた。
慎重に、満月だと思われていた太陽の装飾をひっくり返した状態で、箱に嵌め直す。
丸い装飾の裏は、箱と同じ漆黒。空は真っ暗闇となった。
かちり、と装飾が嵌る音と共に、箱の中央に仄かな光が灯った。
それはとても柔らかい光。漆黒だったその蓋の中心部に、まるで夜明けの空を思わせる紫紺の光が滲みだしてきた。
円を描くように、中心は明るい紫、外側に向かうに従い、深い紫紺となり、そして黒へと変化していく。
やがてその光の中にアルファベットが浮かんできた。
中心の光を囲むように、円を描いたアルファベットが6列。

「なるほど、パスワードか」

ルルーシュは淡々とした表情でその変化を見つめていた。

「え?パスワード?こんな古い箱にそんな機能が!?」
「どうやって、そんな事が・・・」
「うわぁ・・・すごぉい・・・」
「すっげー!キレーだな!」
「これ、数百年前のもの、なんだよね?」

覗きこんでいた面々は皆、目を丸くしてその変化を見つめていた。

「ふむ、特定の文字を内側から順に触るようだな。箱の温度がわずかに上がっていることから、内側からの温度に反応しているのだろう。人の体温に反応し、正解の文字をなぞった時点で開封できると考えられる」
「文字!?なんて入れればいいんだよっ!」

リヴァルが頭を抱えて呻いた。

「うう、やっぱり皇家から聞きださなきゃ無理なのかしら・・・」

結局自力で開ける事が出来ないのかと、がっかりとした空気が辺りを包んだ。
そんな中、一人ルルーシュだけが、キョトンとした表情で周りの反応を見ていた。

「皆、何をそんなに悩んでいるんだ?答えは出てるだろう?」

は?と、思わず変な声を皆上げていた。

「えっ!?何かヒントとかあった?」
「どこどこ?どこにヒントが?」

がっかりした空気から一転、何?何?と皆はルルーシュに詰め寄った。
そのテンションに若干気押されながら、ルルーシュは、反対に何で解らないんだという顔で、皆を見回した。

「ヒントならいくつも出ていただろ?」
「え?うそ?何?」
「え?いや、僕には全然わからないよ!?」
「まて、スザク。お前は日本人だろ?ブリタニア人が分からないというなら納得できるが、お前が気づかなくてどうする?」
「え?え?」

スザクは本当に分からないらしく、眉間にしわを寄せ、箱とにらめっこを始めた。
本当に分からないのかと、ルルーシュはあきれ顔でしばらくスザクを見ていたが、あまりにも真剣なその表情に、仕方ないな、ヒントを出してやる、と苦笑しながら言った。

「日本人に宛てて送られたもの、と考えると1列にアルファベットで1字ではなく日本語で1字、つまり日本語で6文字と、俺は考えた。そして答えに行き着いた」
「6文字・・・」
「この箱は日本の皇家。つまり天皇に贈られたものだ。そして日食、箱の中に閉じ込められた光あるいは太陽、で何か思いつく事は無いかスザク?」
「天皇と何か関係があるってこと?」
「それもあるが・・・お前の実家は神社だと、何かで読んだんだが?神社の息子なら分かると思うんだが?」

天皇、神社、日食、光、そして太陽

「・・・・もしかして、天照大神?」

スザクは自信がないのか、不安そうな顔で答えた。
ルルーシュはにこりと笑い、正解だ、と答えた。

「あまてらすおおみかみ?なにそれ?」

ミレイ達は、何のことかさっぱり分からないと、顔を見合わせる。

「天照大神。日本神話の最高神であり太陽神だ。天照が天岩戸に隠れた際、太陽は光を失い、昼であるにもかかわらず闇に包まれた。つまりは日食が起きた。そして、天照は皇祖神、つまり天皇の祖先とされている」

それは日本人なら誰でも知っている有名な神話。

「でも、天照大神だと6文字にならないよ。天照だと5文字。別名でも・・・大日(おおひるめ)が付く神名も6文字越えるし・・・」
「流石は神社の子だな、よく知ってる。そう、ここに入るのは天照大神ではない。なぜならこの中の宝石が天照大神を示しているならば、外に出すための言葉としては不適切だ」
「天照が隠れている箱だから、天岩戸ってこと?あまのいわと、だから6文字か!」

スザクはあってる?と言わんばかりの笑顔でルルーシュを見たが、不正解だと、一蹴された。

「いいかスザク、この箱が天岩戸を現している、となると必要なのは天岩戸を開くモノだ」
「天岩戸を開く?え~と、あ、天宇受売命!アメノウズメだ!天照はアメノウズメが踊り、それを見ていた八百万の神の笑い声で天岩戸から出てきたんだ」

正解?正解だよね?と、まるで褒めてくれるのを待っている子犬のような笑顔でルルーシュを見た。
一瞬、あるはずのない耳と、ぶんぶん、と千切れんばかりに振っている尻尾が見えた気がするのは気のせいだろう。

「正解だ、スザク」

その犬のような姿と、出来の悪い生徒が答えたという喜びで、ルルーシュは思わずスザクの頭を撫でた。
ふわふわの髪が予想以上に気持ちが良い。まるでナナリーの髪のようだ。
そのせいか、何時もと違いルルーシュのその顔には優しい笑みが浮かんでいた。
今までにないその綺麗な笑みに、一瞬見とれてしまう。
しばしの静寂の後、スザクは、子供じゃないんだから。と言いながら、と頬を赤く染めた。周りのそんな様子に気づくことなく、ルルーシュは苦笑しながら、すっと滑るように内側から文字をなぞっていく。

「A・ME・NO・U・ZU・ME」

淡く光る箱を細く白い指が滑る様はまるで美しい絵画のようで、目をそらすことが出来なかった。その指が触れた文字が、ひときわ明るく浮かび上がっていく。
最後の文字に触れると、カチリ、と小さな音が聞こえた

「<常闇の麗人>いや、麗神か。つまり天岩戸が開かれない限り光の射さない闇の中に隠れていた麗しの神。紫は、日本では高貴な色とされ、昔は皇族とそれに連なるものだけが使用できる色だったという」

蓋を開くと、そこには美しい紫紺の金剛石、ロイヤル・パープル・ダイアモンドが収められていた。
不思議な事に、そのダイアモンド自身がこの淡い光を放っている。

「ふむ、この箱になにか仕掛けがあるのか。特定の手順を踏むと、特殊な振動あるいは超音波を発生させ、このパープル・ダイアと共鳴でもさせているのか?これはじっくり調べたいところだな」

箱から出すなよ、と一言注意をしてから、ルルーシュは開いた箱をテーブルの上に乗せた。

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