黒の至宝 第24話

軽く朝食を取り終わったルルーシュは、トイレに立った。
トイレのカギを閉めると、ちらりと横目でそこにいる人物を見た。

「さて、問題はここからだ」

トイレの横に設置されているユニットバスの淵に座り、C.C.はミレイが持ってきたのであろうサンドイッチを食べていた。

「何が問題なんだ?出すモノがあるなら、さっさと出せばいいだろう?私は別に気にしないぞ?」
「そこは気にしろ!カーテンを引いてこちらを見るな!ってそんな話ではない」
「あまり大きな声を出すな、枢木に聞こえるぞ」

仕方がないとC.C.はルルーシュに背を向けて、カーテンを引いた。

「解っている。まったくお前、俺がどれだけ心配したと」
「心配?寂しくて夜も眠れなかったから、あれだけ爆睡したのか?」
「いいや、残念ながらしっかり睡眠はとっていたさ。お前が居ないおかげでベッドも広々と使えたしな」
「そうかそうか、そんなに寂しかったか」
「・・・もういい。それよりも、箱の解錠は簡単だったが、問題はここから先だ」

何人もの研究員が挫折し、私も挑戦し、諦めた解錠を簡単だったと言い切るか。
相変わらずこの男の頭の中はどうなっているんだ?ここは、流石私の魔王、と喜ぶべきなのだろうか、悔しがるべきなのだろうか。

「解っているさルルーシュ。ナナリーが人質になっている以上、宝とアッシュフォードを連れて逃げれば勝ち、と言う話ではなくなった」

水を流す音と、手を洗う音が聞こえたので、C.C.はカーテンを開け、再び縁に座ってルルーシュを見た。

「だが、シュナイゼルを不老不死にするつもりはない」

タオルで手を拭きながら、ルルーシュはこちらに体を向けた。

「当然だな。あの男が不死の絶望を知った時、何を仕出かすか考えたくもない」
「交渉はルーベンに任せる。スザクも共に行かせ、俺は隙を見てゼロに戻る。お前は通風口から脱出し、藤堂と合流しろ」

ルルーシュは内ポケットから予備の携帯電話を取り出すと、C.C.に渡した。

「私は反対だ。お前の顔を軍人に見せるつもりか?それならば、この部屋で奴の隙を突き、私と共に一度脱出するべきだ」
「しかしC.C.」
「何を心配している。脱出に問題はない。何せ宝はあちらが持っているのだから、宝を置いて枢木は追ってはこないだろう。私の不在と、居なかったおはずの前の存在を不振がられたら、その時点で終わり、だ」
「俺がゼロだと、スザクにばれるだろうが」
「そこは問題ない」
「何?」
「どうせ枢木スザクの中の黒の騎士団、とりわけゼロの評価は最低値だ。ならば、さらにその最低値を下げても何も問題はないだろう?」
「・・・言っている意味がわからないんだが」
「まあ、任せろ。お前はリヴァルにトイレに来るように言え。ゼロの仮面とマントは私が受け取る」

C.C.は口角を上げにやりと笑い、ルルーシュは言い知れぬ不安に襲われた。




「・・・こういうことか・・・」
「こういう事だ」

俺たちはあの部屋を抜け出し、今は藤堂が運転する車の後部座席にその身を置いていた。既にあの建物は視界から消え、国道を走り安全な場所へと向かっている
リヴァルがトイレに行った後、ミレイ、シャーリー、ニーナ、ルーベンと交代でトイレへ入っていった。
あまりにもあからさまではないかと内心不安になったが、スザクは俺との会話に夢中になっていたのか気づいていない様子だった。
しばらく後、リヴァルが「気になるから直したいんだけど」と歪んだ通風口の蓋を手に通風口の下に脚立を用意した。
俺に「背が高いから、脚立の上に立って蓋を嵌めてくれないか」と言うので、どうやってこんな歪んだのを嵌めるんだ?と思いながらも脚立の上に立った。
スザクが「なら僕が」と立ち上がったので「あー、スザク君、これ開けれない?」と、シャーリーが蓋の硬そうな瓶をもって簡易キッチンにスザクを呼び、ミレイとニーナがスザクを連れてキッチンに消えた。
その隙に、ゼロの仮面とマントを付けたC.C.が姿を現し、リヴァルと二人、息の合った動きで俺の脚をそれぞれ持ち「ルルーシュ様、上へ」といつの間にか後ろに回っていたルーベンが、俺の腰を持ちあげた。
俺は三人に支えられ、促されるまま通風口をよじ登り、下を覗くと「うわぁ」と棒読みに近い悲鳴を上げ、リヴァルは床に静かに倒れ伏した。
その声に反応し、部屋へ戻ってきたスザクを確認したC.C.は、脚立とルーベンの肩を足場にし、フハハハハハと高笑いを上げながらスルリと通風口へ昇った。
「ほら、急ぐぞ!」と、急に俺の手を引いてC.C.が走り出したので、俺は思わず素っ頓狂な悲鳴を上げてしまった。
通風口の下からは、俺を呼ぶスザクと、ルーベンたちの声が聞こえたが、追ってくる気配はなかった。
そのまま、来たときに使った隠し通路を抜け、ロープを登り、藤堂と合流、今に至る。

「これで枢木の中では、ゼロがお前を誘拐したことになっただろうな」

ゼロの仮面とマントを外し、俺に渡しながらC.C.はニヤリと笑いながら言った。

「黒の騎士団は人攫いではないんだが、いったいどんな理由をつける気だ」
「それもちゃんと指示済みだ。安心しろ、枢木はこの理由を信じる、間違いなく、な」

何やら不敵な笑みを浮かべているC.C.に若干不満はあるが、まあこいつのやる事だ、問題はないだろう。

「そうか、ならば、我々は次の作戦へ駒を進める」




「ルルっ!・・・くそっ!!」

僕は二人分の足音が遠ざかっていくのを聞きながら、通風口を睨みつけることしかできなかった。

「スザク君、ここは我慢して。ルルちゃんの事は私たちも心配だけど、ゼロの仲間が近くに潜んでいるかもしれないわ。この宝を盗み出されたらそれこそ終わってしまう」

追いかけようとした僕の腕を掴んでいたミレイが、必死に訴えてくるのを聞きながら、僕は一度、冷静になるため目を閉じた。

「・・・解っています。僕は警察の人間です。警察としての役目を優先します」

唇をかみしめ、握りしめていた手は指先が掌にきつく食い込んでいった。
僕がここに居たというのに、守ることが出来なかったなんて。

「なぜ、ゼロは目的の宝ではなく、ルルを連れて行ったのでしょうか。ゼロは何か言っていませんでしたか?」

これは今までにない事だった。
ゼロが狙うのはあくまでも目的の品と、汚職の証拠。
人を、しかも善良でか弱い一般市民を狙う事など今までなかった。

「あー、それがな、どうも・・・その」

リヴァルが何か言いにくそうに口籠っているので、僕は思わず彼に詰め寄り、その両肩を掴んだ。

「何?何でもいいから教えて!」

がくがくと肩をゆすぶられたリヴァルは、解ったから離してくれ、と悲痛な声を上げた。

「ゼロはルルに一目惚れ、したみたいなんだよな」

リヴァルが目を逸らしながら言った言葉に僕は絶句した。

「ええ、まず間違いないでしょうな。通風口から音もなく降り立ったゼロは、最初迷うこと無く<漆黒の夜明け>へと向かっていましたが、脚立の上に立つち、ゼロに制止の声をかけたルル君に気づくと、突如ルル君へと近づき、美しい、と言ったのです」

ルーベンが神妙な面持ちで目を逸らし、口元に手を当てながら言った。

「・・・え?」

僕は二人の顔に何度も視線をさまよわせた。

「そう、なのね。ルルちゃん、美人だから」

ミレイが俯き、口元に手を当てながら呟いた。

「ルル君、綺麗だもんね」

ニーナも顔を伏せ、ミレイの後ろに隠れるよう体を動かした。

「ルルに一目ぼれする気持ち、私わかるな」

シャーリーは僕に背を向けて、肩を震わせながら言った。

「好きな相手を誘拐して、力尽くで自分の思い通りにしようなんて、やはり最低な男だゼロは。 ルルは男女問わず引きつける魅力があるのは解っていましたが・・・。僕がルルと初めて会った時も、彼が男たちに襲われていた現場でしたし」

犯罪者なら正攻法ではなく、こういう手を使う事は解っていたのに、この部屋では宝以外狙われないだろうという油断が招いた結果だ。
僕の言葉を聞いた途端、それまで顔を背けていた皆が、目を見開いて僕を見た。

「え!?なにそれ?詳しく!詳しく話てスザク君!!」

ミレイが詰め寄ってきたので、僕は思わず後ずさりながら、は、はい。と上ずった返事をした。 なんでだろう、彼女に逆らったら後が怖い気がしてならない。

「僕たちが知り合ったのは、ゼロがカラレス邸へ押し入ったその直後なんですが、彼が裏通りで男三人に襲われていて。あ、彼自身には怪我とかはありません、僕がすぐに気がついて助け出したので」

そう説明するスザクと、もっと詳しく、と詰め寄る女性陣3人を見ながら、俺とルーベンは顔を見合わせた。

「これって、誤魔化せたんですかね?」
「そのようですな」
「足音が二人分しかないのに、どうやってルルを上に、とかC.C.は何処に消えた、とかそういう突っ込みが来るかと思ったんですが」
「細かい事は気にされないタイプのようですな」

俺は、こんなんで大丈夫なのか警察、と内心呆れてしまった。
俺たちが、C.C.に指示されたシナリオは、ルルに一目ぼれしたゼロが宝に目もくれずルルを誘拐したというとんでもないもの。
ほんとにこんなので大丈夫か?と心配していたのだが、スザクは俺たちを疑うことなく信じてしまった。
あまりにも真剣に詰め寄るスザクをまともに見れなくて、俺を含め、全員目を逸らしてしまった。会長は笑いをこらえていたし、シャーリーなんてこらえきれずに肩を震わせていた。
今回の事で解ったが、どうも俺たちは、ポーカーフェイスが苦手らしい。
何せゼロの正体はルルーシュ、つまりルルーシュがルルーシュを誘拐したという奇妙な状況は、事実を知る俺たちからは滑稽でしかない。
自分が自分に惚れるって、それはどれだけナルシストなんだ?と突っ込みたくなってしまう。その上、女性陣が既に誘拐されたルルーシュ本人より、男3人に襲われた過去の話の方が重要だと言わんばかりのこの状況。
どう考えてもおかしいだろう?でも、スザクは気が付きもしない。
純粋と言うか、素直と言うか。これで世界最年少で警部にまで上り詰めたICPOの切り札、犯罪者に白き死神と恐れられている枢木スザクだと言うのだから驚くしかない。
俺は心の中で、スザク、ごめん。と呟いてから、女性陣3人に詰め寄られるスザクをルーベンとともに観察していた。

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