黒の至宝 第25話

<漆黒の夜明け>を弄った時に、ルルーシュが仕掛けた盗聴器から聞こえてくる会話に、私は口角を上げた。予想通り枢木スザクは私たちを追う事はなく、ルルーシュが誘拐された内容に納得したようだ。ゼロのイメージが悪くなったが、別にあの男の心証がどれだけ悪くなろうと、私にはどうでもよかった。
ルーベンたちが動き出すのは13時。
私たちは一旦近場のホテルに部屋を取り、そこに身を潜めていた。
シャワーを浴び、ルルーシュが持ってきた黒の騎士団の衣装を身に纏った私は、パソコンに向かい、何やら操作しているルルーシュを横目に、届きたてのピザをパクリと一口食べた。
腰に縛り付けていた事で、皺になっていたゼロのマントにはすでにアイロンが掛けられ、専用のバッグに仕舞われている。相変わらずまめな男だ。

「藤堂はどうした?」

シャワーに入るまで居たはずの男が居ないとルルーシュに問えば、既に下準備のための指示を出したのだと言う。

「ルーベンがスザクを通してシュナイゼルに連絡を取るまであと1時間、俺たちもすぐに出る」

操作を終えたパソコンを閉じ、仮面とマントの入ったカバンを肩に掛けた。
私は騎士団の衣装を隠すため、膝丈まである薄手のコートに袖を通し、荷物の入ったバッグを肩に掛け、ピザの箱を持ちルルーシュの後ろについていった。



「スザク君。さっき話した通り私たちには時間がないの。人質に取られているのは私たちにとって妹と言ってもいい子で、体に障害を抱えているわ。一刻も早く助けたいの。だからこの箱が開いた事をシュナイゼル殿下に報告して、すぐにでも渡したいの」
「気持ちはわかりますが、ゼロの予告がある以上、この箱をここから出すのは難しいと思います。軍も動いていますから」
「だから、こういうのよ。解錠することには成功したけれど、この状態がどれだけの時間持つか解りません、なので至急お渡ししたい、って」
「スザク、嘘をつけと俺たちが強要している事は解っている。お前は警察の人間だ。だけどこれには俺たち7人の命が掛かってるんだ。頼む、殿下に連絡を入れてくれ」

拝むようにリヴァルにも言われ、僕はどうすべきか迷っていた。警察としてはこの箱をゼロに渡さないためにも、ここで死守するべきだ。
だが、夢物語のために、7人もの人間が犠牲になるなんて許せるはずがない。
殿下が彼らに危害を加える、しかも今までにも関わったものを殺しているという話は、あのシュナイゼルの蛇のような眼差しを考えれば嘘と言い切るのは難しい。
何よりあれだけ頭のいい彼が断言した事だ。今僕が拒否すれば、ここに居る全員が殿下の手にかかる可能性は限りなく高いだろう。
ならばどうするべきか。
どの道ここの警備はあってないようなもので、僕以外は役立たずの状態だ。
殿下に連絡を入れ、僕が手に持ったまま殿下の元へ行くのが一番安全か。

「・・・解りました。殿下に連絡を取ってみます」

僕は携帯を取り出すと、箱に何かあった場合連絡を、とシュナイゼルの副官カノンから聞いていた番号を押した。



「動き出したな」

端末を操作しながらルルーシュは呟いた。

「ああ、どうやら枢木の説得が上手く言ったようだぞ?あの部屋にいた全員が一緒に移動中だ」

私は運転席に座りながら、盗聴器の会話から聞こえた情報を告げた。
助手席に座っているルルーシュは、シュナイゼルが箱を受け取る可能性のある場所を10箇所にまで絞り込み、どの場所になっても問題ないよう作戦を練り続け、 時折耳に装着したままの携帯で藤堂とカレンに指示を出しながら、端末を操作し続けている。

「移動方法は?」
「警察の護送車に全員。その前後を警察車両が挟み、さらにそれを取り囲むように軍の車がついているようだな。ジェレミアとヴィレッタとかいう純血派も一緒のようだ」

箱に盗聴器を仕掛けた事は、スザク以外の全員に知らせている。そのため、さりげなく彼らは自分たちの状況を口にしてくれた。

「仕掛けるのは建物内でだから、まあ何も問題はない。箱を軍に奪われ、シュナイゼルと直接会う事を邪魔さえされなければいい」
「で、如何するつもりだ?奴の願いを叶えるのは邪魔するのだろう?」
「そうだな。あの状態で願いを言ったところで叶わないが、油断は誘えるだろう」
「何?願いが叶わない、だと?」
「当り前だろう?あの状態で叶うなら、俺たちの会話の何かに反応していてもおかしくはない。まだあの箱は願いを叶える為の状態になっていないんだよ」

私は思わずまじまじとルルーシュの顔を見つめた。

「では、まだ何かが足りないのか?」
「ああ、足りないな。最後のピースが埋まっていない。天照大神を外に出すことに成功したのならば・・・、ほう、東に向かっているな。となると可能性は2箇所。C.C.車を出せ」
「解った。で、成功したなら、なんなんだ?」

私はエンジンをかけ、車を発進させた。



そこは豪華な屋敷だった。
シュナイゼルの、と言うよりもエル家の別荘らしいその場所は、門から屋敷まで車で10分はかかるほどの広大な敷地を有していた。
軍と警察の車両が屋敷の入り口に着き、軍の車から兵が次々に降りてくる。
スザクは<漆黒の夜明け>をその手に持ったまま、車の中で携帯から警備の指示を出し、私たちは軍と警察が配置に着くまで、大人しく車の中で待機していた。
時刻は既に15時。タイムリミットまで9時間を切っている。
もしかしたら、この屋敷に入ったら最後、出る事は出来ないかもしれない。
そんな考えが頭をよぎり、私は思わず身震いした。

「はい、了解です。では、これからアッシュフォードの皆さんを連れて、殿下の元へ移動します」

そういうと、スザクは携帯の通話を切った。

「さあ、降りようかみんな。殿下がお待ちだ」

スザクは複雑そうな、それでも命を奪われるかもしれない恐怖に身を固くしている私たちへ精一杯の笑顔を向けた。
外から車の扉が開かれ、私たちが順に降りるのを軍人とヴィレッタと言ったか、純血派の女軍人が見つめていた。

「お前たち、私についてこい。殿下の元へお連れする」

青い髪の純血派の紋章を付けた軍人が、こちらに一瞥した後、身を翻し屋敷の入口へ歩みを進めた。そのすぐ後ろにスザク、その後ろに私たちが歩き、私たちの周りを軍人が囲む形で進んでいった。
屋敷の中はシュナイゼルの私兵と軍人が慌ただしく動き回っていた。
私たちが通されたのは屋敷の一番上の階、一番奥の部屋だった。
スザクを先頭に、ルーベン、ミレイ、シャーリー、ニーナ、リヴァルが入ると、扉は閉ざされた。扉を閉める前、ジェレミアがこちらを睨みつけていたが、自分が入室を許されなかったことに対するものだろう。
広く豪華な造りのその部屋にはソファーとテーブルが置かれており、すでにそこには人の姿があった。
そのソファーに座り、優雅に紅茶を飲んでいたのはシュナイゼル・エル・ブリタニア。
そしてその傍らには副官のカノン。
私たちはごくり、と固唾をのんだ。

「ああ、待っていたよ。さあ、私にその箱を」

シュナイゼルは優雅に微笑みながら手を差し出した。
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