黒の至宝 第26話 |
「成程、これは美しいね。見事なパープル・ダイアモンドだ。まさにロイヤルと名乗るにふさわしい」 スザクから箱を受け取ったシュナイゼルは、うっとりとした声音で箱の中を眺めた。 箱の中には不思議な光を発している大きなダイアモンドが収められていた。 どんな願いも叶えるというその宝石にシュナイゼルは手を伸ばす。 「お待ちください。その箱から宝石を出せば、光が消える可能性が高いと思われます」 シュナイゼルが指を箱の中へ伸ばしたのを見て、スザクは念の為そう告げると、その指はぴたりと止まった。 ふむ、とあごに指を当てたシュナイゼルは口角を上げた。 「では、この状態で願いを叶える事が出来るのかな?」 一歩前に足を踏み出したミレイが、一礼後、発言をお許しください殿下、と言い置いてから話し始めた。 「残念ながら、まだ願いを叶える為の手順は解っておりません。私たちが何かを試し、万が一その願いがかなってしまい、宝石が力を失うというリスクを犯す事は出来ませんでした」 「ふむ、確かにそうだね。では、私が試すしかないわけだ」 納得したと、満足げな表情でシュナイゼルは頷いた。 「はい。殿下の言動で宝石に、あるいは箱に何かしらの変化が起きるかもしれませんので、出来る事なら、我々の視界に入るような方法を取って頂ければと」 出来るだけ自然に時間を稼ぐように。そしてシュナイゼルと<漆黒の夜明け>がある場所に全員居るように。もし離れれば命はないから上手くやれ。それがC.C.の出した指示だった。 C.C.は、あまり高くはないが、と前置きしたうえで、移動するならばナナリーの居る場所の可能性がある、と言っていた。 つまりこの屋敷に彼女が居る可能性があるのだ。 時間を稼ぎ、ゼロたちが彼女を救い、そしてこの宝を掠め取る。 それにはどれだけの時間がかかるのだろう?今は1分1秒がとてつもなく長く感じた。 「では、こちらに来て座ってくれたまえ」 私たちは促されるまま、ソファーに座った。 上座にある一人掛けのソファーにシュナイゼル。その横にカノンが立ち、右側に置かれたソファーにはスザク、リヴァル、シャーリー、左側にルーベン、ミレイ、ニーナの順に座った。 <漆黒の夜明け>は、シュナイゼルの目の前に置かれている。 運ばれてきた紅茶は、きっと高級な物なのだろう。だが、今は緊張と恐怖で香りも味も解らなかった。 シュナイゼルの私邸は慌ただしく軍と警察が動きまわっていた。 急に移動となったため、シュナイゼルの私兵以外、軍も警察も屋敷の中を把握しきれていないのだ。 これは黒の騎士団にとっては間違いなく好機。 この混乱にまぎれて潜入することはたやすい。 髪に隠れているため気づかれる事はないが、私の耳には、片方に警察の、片方に騎士団の通信機がつけられていた。 時折ルルーシュから入る通信に、私は気付かれないよう短く応答する。 C.C.の無事と脱出、箱の解錠の成功、貴族はアッシュフォード、ナナリーが人質、ナナリーがこの屋敷に居る可能性あり。 そして枢木スザクとアッシュフォードの面々、そしてシュナイゼルは同じ部屋に居る。おそらくは最上階の一番奥の部屋。 私はそれらの情報を頭の中で反復し、周囲に目を光らせた。 既に藤堂は軍にまぎれてこの屋敷に潜入し、ナナリーの捜索に当たっている。 私と藤堂の役目はナナリーの探索と救出。 ルルーシュは屋敷の見取り図を入手し、可能性の高い場所を連絡してきたので、周りに疑われないよう慎重に、そして迅速にその場所を探った。 「誰ですか、そこに居るのは。姿を現しなさい」 女性の警戒する低い声が部屋に響いた。 その女性はメイドの恰好をしているが、手に持っている物はどう見ても刃物。日本の忍者の武器にも見える。 成程、この私の気配に気づくのだから、普通のメイドではないということか。 中を覗くために少しだけ開けていたドアをゆっくりと開け、武器はないという事を示すよう、ノブに触れていない方の手を上げたまま、私はするりと部屋へ体を滑り込ませた。 女性がその背に庇っているのは車いすの少女。当りだ。 「はじめまして、だな。ナナリー」 軍服を着、帽子を目深に被った私をメイドはさらに警戒し、いつでも攻撃に移れるように腰を下ろした。 私はそれを見ながら、耳に着けている通信機に触れた。 「ゼロ、囚われの姫君を見つけたぞ?ああ、礼ならピザ5枚でいい。当然お前の手作りで、だ」 私は一方的に話すと、すぐに通信を切った 「ゼロ、というのは黒の騎士団のゼロでしょうか?」 メイドは鋭い目でこちらを見据えながら質問してくる。 「当然だな。我々は黒の騎士団。アッシュフォード家にシュナイゼルが解錠を命じた<漆黒の夜明け>と<常闇の麗人>。そしてシュナイゼルが誘拐したナナリー、お前が私たちの獲物、だ」 私はゆっくりとした動作で着ていた軍服を脱いだ。その下には黒の騎士団の衣装。 「私を、ゼロが?」 少女は見えない目で、それでもこちらを見据える様に顔を向けた。 ふむ、ナナリーにとって、このメイドは信用に足る人物なのだろう。怯えが全く見えない。いい人物をアッシュフォードは付けたものだ。 「そうだ。黒の騎士団は人を盗んだ事は無かったのだが、今日はお前で二人目だ」 「二人目?」 「一人は、黒髪に紫玉の瞳の若い男だよ。公には死者だからこれ以上は言えない」 「まさか、それは!」 ナナリーは驚きと喜びが混ざった声を上げた。 まるで身を乗り出すかのように、体をこちらに向ける。 その反応に、メイドは目を見開いた。 どうやらこのメイドはルルーシュの事は知らないらしい。話に聞いていたとしても、今の情報とつなげる事は出来ない、か。 「そのまさか、だ。だがナナリー。公にはお前と同じく死者だ。その名は呼ぶな」 「で、では、その方に逢わせていただけませんか!?」 「今は無理だ。だが、いずれ時が来たら逢えるだろう。あいつの様子は安全な場所で、ミレイに聞くんだな。今日僅かな間ではあるが、ミレイとあいつは逢っている」 「ミレイさんと?」 ミレイの名前が出た事で、メイドは僅かに警戒を解いた。 「ただし、人が居ないときにな?誰に聞かれるか解らないからな。ああ、そのメイドは信用できるようだから、一緒でもかまわんぞ?」 私は花がほころぶような笑顔となったナナリーを見て、思わず微笑んだ。 「さて、メイド。ここからナナリーを盗み出す。手伝ってくれ。」 「ですが、私たちがここから居なくなればルーベン様たちに危害が及びます」 ナナリーを救いたい。だがルーベンたちに危害が及ぶ。一見しただけで使い手と解るメイドは、その葛藤ゆえに身動きが取れなかったのだ。 「安心しろ、ルーベンたちは既にこちらの味方だ。たった今、この屋敷の中でお前たちを探す時間をシュナイゼル相手に稼いでいる最中だ」 その言葉に、ナナリーとメイドは驚きの表情となった。 「悪いが時間がない。黒の騎士団に大人しく盗まれるか、力づくで盗まれるか、今決めろ」 |