黒の至宝 第28話 |
車で10分と言えば、近い気もするが、距離で考えるとおよそ5km。 直線で走れればいいが、軍や警察の車が警備にあたっている以上無理だ。 ならば乗り物がない限り、ゼロの速さならこの私有地を抜けるのに30分以上はかかるだろう。 僕は、走りながら携帯で部下に連絡を取り、アッシュフォードの5人を保護するための指示を出した。 彼らの話を信じるなら、殿下の傍に居るのは処刑台に乗っているのと同じ事。 まずはジェレミアに連絡を取り、殿下の安全のためにも一般人は離した方がいい、と彼ら5人を警察で保護する旨を伝えた。 5人の中にゼロの仲間が居る可能性もあるため、殿下の安全を第一に考える彼は、二つ返事で了承した。 すぐに部下へと連絡を取り、5人は警察の車両へ移されることとなった。 これで不安の一つは解消される。 僕は走るスピードをあげ、彼らの後を追った。 くっ早い! あれだけ距離を稼いだのにもかかわらず、スザクの姿が視界に入り始めた。 ゼロがもう少し速・・・いえ、ゼロは運動など出来なくていいんです!彼が不得手とする部分は私たちで補えばいい。その為に居るのだから。 カレンは前向きな思考に切り替え、その手に紅蓮を握りしめた。 「ゼロ!スザクが来ました!ここは私にお任せ下さい!」 「わかった、カレン。無理はせず、危なくなったらルート3を使い離脱せよ」 「了解です、ゼロ!」 私は少しスピードを緩め、後ろを警戒する。 息苦しいのか、肩で息をするゼロを藤堂が支えながら、走って行った。 どう考えても、仮面って走るのに邪魔よね。 酸欠になるし、暑いし、きっと汗で曇るわよね。 それでなくても足遅いし持久力もないのに。 どうでもいい事を考えていると、スザクが至近距離まで近づいてきていた。 「止まりなさいスザク!」 私は銃を向けながらその場に留まった。 「カレン、そこを退くんだ」 スザクも足を止め、私を睨みつける。 「退くわけ無いでしょう、舐めてるの?」 私は両手で愛銃・紅蓮を構えた。 幸いまだスザク以外私たちに追い付いてくる気配はない。 「君は舐めて勝てる相手ではないよ」 そう言いながら、腰に止めていた何やら丸い物を手に取った。 何だろう?白い丸いものが二つ・・・手錠? 見た事のない電子手錠に私は警戒を強めた。 「君も、藤堂先生も、ゼロも。年貢の納め時だ」 「はっ、ずいぶんと威勢がいいのね?勝てると思ってるの?私と紅蓮に」 「思っているよ」 そう言いながら、スザクは姿勢を低くとり、手錠を構えた。 「ランスロット、MEブースト!!」 スザクがそう発言した瞬間、手錠が電子的な光をちらつかせ、駆動音を発し始めた。 スザクは迷うことなく、その手錠を鋭く私めがけて投げつけてきた。 正確なその軌道は確実に私の腕を狙っている。 これは危ない! 私は今までにない危険を感じ、手錠に向けて発砲した。 紅蓮は私用にカスタムされたコンバットマグナムだ、この紅蓮があれば私が狙いを外す事はない。 立て続けに3発当て、軌道を逸らし、私自身も体を逸らす。 だが、3発も当てたというのに破損せず、スピードも落ちる気配がない。 「え?な、なによこれ!」 手錠は逸らしたはずの軌道を修正し、再び私へと向かってきた。 自動追尾が内蔵されているの!? 私の意識が手錠に向けられている隙にスザクが私に迫る。 「くっ!」 私はスザクに蹴りを放ちながらスザクの横を駆け抜けた。 「え?うわっ!」 その私の反応に、スザクは問題なく付いてきたが、手錠は反応しきれなかったようだ。 追尾対象である私を見失い、スザクの腕にガシャリと嵌った。 「え、ええええ!?何これロイドさん!」 反射的に上げた右腕に二つの手錠の輪ががっちりと嵌っていた。 あれだけの電子機器だ。間違いなく発信器や盗聴器、下手すれば電気ショックのオプション付き。 私は素早く体制を整えると、スザクに向けて発砲した。 「わっ!ちょっ!え!?」 スザクは軽くパニックになりながらも私の射撃をかわした。 相変わらず人間離れした運動能力に、私は思わず舌打ちをする。 距離を取れた今のうちに、私は弾を補充した。 右手に絡まった手錠はとりあえず放置する事にしたらしいスザクは、もうひとつ先ほどと同じ手錠を取りだした。 まだあるのか、同じ手が2度使えるとは思えない。 「ランスロット、MEブースト!!」 再び手錠が電子的な光をちらつかせ、駆動音を発し始める。 幸い自動追尾はまだ完璧ではない事は証明された。 ならば、その隙を突くしかない。 3発も当てて破損しない時点で、つかまったら最後、私には外す事は不可能だ。 私はジリジリと体を移動させた。 スザクは今度は走りながら手錠を投げつけてきた。 私は手錠を素早くかわし、銃を構えながらスザクの方へ走り出す。 「同じ手は食わないよ」 先ほどと違い、この動きは当然読まれているし、スザクは目を細め、私を冷静に見据えている。 これは賭け。 私は手に持っていた紅蓮をスザクに向けて投げた。 「え!?」 まさか私が愛用の銃を投げると思わなかったのだろう。 仕掛けを警戒し、とっさに紅蓮を避けたスザクは、思わず私から視線を外し、紅蓮を目で追ていった。 その隙に、私は拳を握りしめ、スザクが向いたのと反対方向から、すり抜ける様に体を回転させて、一瞬でスザクの背後に回る。 その背に一発、振り向いた瞬間に顎に一発。 スザクがよろけた隙に私は走り出す。手錠が彼の右腕にガシャリ、と嵌る音を聞きながら私は紅蓮を拾い、再びスザクに銃口を向けた。 「・・・っ、流石だねカレン」 「褒めてくれるの?ありがとう、嬉しいわ」 スザクは自分の手に手錠が嵌っても平然としていた。 当然だ、彼は盗聴器や発信器などの装置を気にする必要はない。 手足の自由が利きさえすれば、何個身につけていても変わらないのだから。 そして彼の手には新しい手錠。 「まったく、何個持ってるのよそれ」 「さあ、何個だろうね?僕が教えるとでも?」 「・・・いいえ、思ってないわよ」 私は銃を両手で構え、周辺の状況を確認した。 ざわめきが近付いている、警察か軍がここに来るのは時間の問題。 残念ながら、次の手錠を避ける案は思いつかないし、上手く避ける事が出来たとしても、その間に周囲を囲まれる危険性がある。 私は気付かれないように左手の親指で、紅蓮のグリップにあるスイッチを操作した。 普段は壱式とかかれた場所にあるそのスイッチを、爪を使い横へスライドさせる。 そこに書かれている文字は弐式。 カチリ、という音と共に、紅蓮が一瞬振動した。 これは特殊薬莢がセットされた音。 私はゆっくりと息を吸い込んだ。 「ランスロット、MEブースト!!」 再び飛んでくる電子手錠と走り込んでくる枢木スザク。 「紅蓮をなめるんじゃないわよ!輻射波動!!」 引き金を引くと、普通の拳銃では有り得ない射撃音と共に、弾丸が撃ち出された。 その弾丸は飛んでいる間に超高温となり、電子手錠に当ると、さらにその熱を高め爆発、視界を奪う高温の爆風と爆音を辺りに響かせた。 爆音と爆風が鎮まる頃には、私はその場から姿を消していた。 |