黒の至宝 第29話

遠くで聞こえる爆音、これは紅月の輻射波動か。
私はゼロを背負って走りながら、周囲に意識を巡らせた。
輻射波動を使ったという事は、今頃ルート3へ向かっているだろう。
ゼロはこの仮面と、体力の無さから、既に自力で走るのは限界だ。
かといって、このまま人一人背負って走っていれば、あのスザク君の足なら間もなく追いついてくるだろう。
どうにか説得して背負う事は出来たが、未だゼロは肩で息をしている状態だ。
そして目指している脱出ルート1まではまだ距離がある。
さて、どうしたものか。
思案しながら目的地に向かっていると、木々の影から人影が躍り出た。



「藤堂先生、これ以上抵抗するのはやめてください。お願いします、法の裁きを受けてください」

右手に何やら手錠のような物を二つ付けたスザクが姿を現したのは、あの爆音から5分ほどたったころだった。

「スザク君、私は君に捕まるつもりは無い」

藤堂は愛刀、残月を右手に軽く握りながら、スザクと対峙した。
お互いにまだ戦う姿勢ではなく、まっすぐに立ち、互いの姿を視界に納めていた。

「犯罪で手に入れた物に価値なんてありません。罪を償って、正しい道を進んで下さい」
「我々が相手にしている者達もまた犯罪者。法で裁けぬ悪があるのなら、我々は悪を成してでも巨悪を討たねばならない」

それはゼロがよく口にする言葉。
そんな言葉に惑わされるなんて、とスザクは思わず唇をかんだ。

「そんなやり方間違っている!警察組織に入るなりして、悪を討つ努力をするべきです!」
「警察組織など、証拠が無ければ悪を裁く事は出来まい。君は警察が悪となることも、悪を見逃す事もないと言うのか?」
「不正を働く者が居るのは事実です。だからこそ、警察組織の中を変えるんです。努力して、地位を上げて不正の出来ない環境を整える努力をするべきだ」
「一体それにはどれだけの年月がかかるか解っているのか」
「どれだけかかろうと、僕はそれを成して見せます」

意思の強い眼差しが藤堂を見つめ、その眼差しに満足したように、藤堂は頷いた。

「ならば君はその道を進め。私は私の道を歩む」
「藤堂さん!」

藤堂が真剣を両手で構え、その腰を僅かに落とした。
スザクは、これ以上の説得は無駄だと判断し、ランスロットに手を伸ばした。



さて、どうしたものか。と、私は必死に肩で息をする黒い塊を見下ろしていた。

「やはり少しは鍛えろ。そんな体力では怪盗を続けるのも大変だぞ?」

私はスイッチを操作し、その仮面を外した。

「うる・・・さい・・!」

真っ赤な顔でぜえぜえと荒い息をしているので、口元まで覆うその布も下ろして呼吸を楽にしてやる。

「そもそも、こんな仮面をつけたままの運動は無理があるんだ」

仰向けに寝て居るその男のポケットからハンカチを取り出すと、その顔に流れる汗をぬぐった。
息がしやすくなったせいか、先ほどよりはだいぶ顔色が良くなってきた。

「・・・、お前」
「ナナリーならサヨコとかいうアッシュフォードの護衛がついていたからな。そいつに任せた。ちゃんと車が発進するのは確認してきたさ」

大丈夫なのかと、目で訴えてくるので、こんな状態でも妹の方が大事かと呆れてしまう。

「ナナリーは誘拐されても怖がっていなかったぞ?それだけあのサヨコと言う女を信用しているらしい。だから何も心配するな」

怖がっていなかった、という言葉に安堵したのか、ゼロは体から僅かに力を抜いた。
私は汗で張り付いた前髪を掻きあげながら、流れ出る汗をぬぐい続けた。

「問題はお前だよ、ルルーシュ。ルート1まではまだ距離がある。一番近いルート6もまだ先だ。私は藤堂やカレンほど力は無いから、背負って走れないからな?」

とはいえ、歩けるまで回復するのにいったいどれだけ時間がかかるか。
藤堂が今は時間を稼いでいるとはいえ、そろそろ移動しなければならない。
なにせ相手はあの枢木スザクだ。
たった一人で私たちを追い詰める獰猛な獣。
しかも野生のカンで私たちを見つけ出し、確実に追い詰めている。
カレンは離脱しただろうし、藤堂もある程度で切り上げる筈だ。
私がどうにかせねばならないのか。

「まったく手のかかる坊やだよお前は」

流石にこの状況はまずいと解っているせいか、憎まれ口は飛んでこなかった。

「・・・・っ!思った以上に早い」

突然襲ってきた悪寒に私は身を震わせ、大急ぎでルルーシュからマントと手袋を剥ぎ取った。その手に汗をぬぐっていたハンカチを持たせ、ルルーシュの横に置かれていた宝を仮面と共にマントで包む。

「なっ・・・C」
「枢木が来た。私は隠れて、いざとなればゼロになって奴を引き付ける」

早口でそう告げると、私は大急ぎで近くに身を隠した。
息をひそめたその瞬間、がさりと音を立ててスザクが木陰から姿を現した。

「・・・え?ルル!?なんでここに!?」

地面に倒れ伏すルルーシュに気がついたスザクは、迷うことなく駆け寄った。
額から玉のような汗を流し、赤い顔でぜえぜえと荒い息を吐くその姿に、スザクは目を見開いた。すぐに真剣な眼差しになり、その手をルルーシュの頬や額に当て、体に異常がないか確かめる。

「すごい熱だ。ゼロめ、何か薬でも使ったのか」

顔を怒りと不安に歪め、苦々しく言いながら、ルルーシュの手が握っていたハンカチをとり、その額の汗を優しく拭った。
お前に追いかけられて、体力が尽きているだけだとは言えず、ルルーシュは汗を拭うその手を額に感じながら、息を整えることに専念していた。

「もう大丈夫だよルル。今人を呼ぶからね」

そう言って耳に付けたままの携帯に手を伸ばしたスザクは、突然後ろを振り向いて辺りを警戒し始めた。隠れているのがばれたのか?と一瞬身構えたが、次の瞬間嫌な気配を感じ、そのまま様子を伺う。
がさり、と音を立てて、この場にまた一人足を踏み入れた。

「あら、枢木警部、ここに居たのね」

そこに居たのは、拳銃を構えたシュナイゼルの副官カノン。

「どうしてここに?」

スザクの問にカノンは答えることなく、何やら機械のような物と周辺を交互に見て何かを探っていた。動物的カンで追ってきたスザクとは違い、どうやってここまでたどり着いたんだ?と思った瞬間しまった、と思った。
発信器をシュナイゼル達が付けないはずがない。
C.C.は気付かれないようマントにの中に手を入れ、仮面に備わっている妨害電波のスイッチを操作した。
カノンはその瞬間眉をしかめた。

「この近くに殿下の秘宝があるはずだったんだけど、電波が消えてしまったわ。貴方何か心当たりは無い?」

カノンは銃を下ろすことなく、スザクに訊ねた。

「いえ、自分は今ここで彼を見つけたばかりなので、なにも見ておりません」

スザクは背中に庇ったルルーシュを伺いながら答えた。
先ほどよりも呼吸も落ち着いて、顔色も良くなっていた。

「そう。ところで、そこに倒れているのは誰かしら?うちの人間ではないわね?警察?」
「いえ、彼はアッシュフォードの関係者です」
「アッシュフォードの?おかしいわね、彼らは今警察が保護しているし、そんな恰好の人物さっきは居なかったはずよ?」
「あの箱の解錠をしたのは彼です。箱の解錠後、捉えていたC.C.とゼロに誘拐されていました」
「あら、そんな話私は聞いていないわよ?でも、それはつまりここをゼロが通ったということね」

カノンは何度か頷きながら、再び辺りを見回した。
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