クロキシ本店営業中 第5話 |
久々に店に出るかと、土曜の朝6時に和食処クロキシ本店に足を運んだルルーシュとC.C.は、これは流石に酷いだろうと思いながら、目の前のレストランを見つめた。 いや、おそらくはレストラン予定の建物と言うべきか。 突貫工事で準備中のレストラン・ブリタニア。それが目の前にあるのだ。少なくても昨日無かった代物だから、強引に土地を買い上げた事は明白だった。 「どうやら明後日開店らしいが」 掲げられた看板を見て、呆れてしまう。 何時から工事を始めているかは知らないが、まだ早朝の6時だというのに、多くの作業員が忙しく走り回っていた。 静かな朝のひと時など綺麗に消え去り、辺りは重機の発する騒音と粉じんで騒然としていた。 この看板も大急ぎで作らせたのだろう。 ぱっと見、綺麗にできているが、よく見れば粗が見える。 しかし、まだ内装どころか外装すら終わって無いのに明後日開けれるのだろうか。 開けるんだろうな、意地でも。 「ふっ、愚かだな。開店日は土日祝を当てた方がいいというのに」 やるなら来週の土曜だ。月曜に開店などありえん。 胸を張り、嘲笑するように言う男に、そこなのか!?と思ったが、連日の疲れで突っ込む気力もなく、ルルーシュをじとりと見つめた。 「まあいい。こんな思い付きだけで出した店など、捻りつぶしてくれる」 俺に喧嘩を売った事、後悔するといい! くくくくく、と、押し殺した笑いをあげ、ルルーシュは言った。 ゼロのセリフとしてどうなんだそれ? いや、ゼロだからこそなのか?わからん。 どの道、これだけの人気を得た和食処クロキシに突貫工事で下準備ゼロの店が勝てるとは思えない。まあ、話題性と資金は恐ろしいが。 テレビやら雑誌やらに広告を載せまくるに違いない。 「ルルーシュ、見ていても仕方がない。さっさと着替えよう。土日は忙しいんだ」 開店は8時だが、開店前から並ぶから仕込みが半端なく大変なんだ。その上今日は久々に看板娘三姉妹がそろうからな。 「そうだな。俺も仕込みを手伝わなければ」 看板娘三姉妹?カレン・C.C.とあと誰だ?千葉か? 私たちはシャッターを開け、店内に入ると、ロッカーに向かい、制服である着物を身に付けた。ルルーシュの着物を隠してあの服を代わりにと思ったが、そこは自制した。 これ以上フェロモンを流されたらこちらが死ぬ。 「そう言えば、カレンがゼロの姿でも店に来てほしいと言っていたな」 ルルーシュの着付けをしながらそう言った。 何せゼロの店のでもあるから、それを期待する客も多いのだ。 「流石にゼロはまずいだろう」 和食処にゼロは合わないしな。 私の髪を器用に結い上げたルルーシュは、完璧だと言って櫛を置いた。 この店のエプロンをつけ、店舗内に入ると、ルルーシュは急に足をとめた。 そこにはいろいろとグッズが置かれている物販コーナー。 「・・・何だ、これは」 「ああ。チビゼロか。可愛いだろう?」 「・・・は?」 チビゼロは2等身のゼロ。 食事処クロキシ限定キャラだ。 クロキシ限定グッズはレジ付近で売られていて、これまた結構売れていた。 そこの一番人気がチビゼロのキーホルダー。 というかグッズの大半はこのキャラだ。黒の騎士団総帥ゼロはいつの間にかこの店のマスコットキャラ扱いされていた。 可愛いと騒ぐ女性客も多い。 ちなみに二番人気は黒の騎士団エンブレム入りの黒いエプロンだ。 「こんなものを売っては、ゼロの威厳が!」 あの小物と書かれていた売り上げはこれか!!誰の仕業だ! 「これのおかげでお前の人気はウナギ登りだ。諦めろ」 いいアイディアだろう?発案はカレンだ。 私はなおも文句を言う男の手を引き、掃除道具を手に店の外に出た。流石に6時だと誰も来ていなかったので、外の清掃をすることにしたのだ。 ルルーシュはゼロのイメージとチビゼロの売上を天秤に掛け、販売停止は諦めたらしく竹箒を手に地面を掃きだした。 ざっざっと小気味よい音を立て、二人で店舗前を掃く。目の前の店のおかげで煩いし、埃も積もって凄いのだが、その辺は無視だ。 ふと、改めてルルーシュを観賞してみる。 相変わらず綺麗な白い肌と艶やかな黒髪、そして宝石のような紫の瞳。 黒髪だからだろうか?着物を身に纏っていても違和感がないのがすごい。 姿勢正しく箒を動かす姿はまさに一枚の絵だ。 「下駄をカラカラと鳴らしながら動く姿も絵になるね」 「やはりそう思うか?」 うんうん、この男はどんな服を着ても本当に・・・え? 慌てて声の方を振り返るとそこにはクロヴィス。 忘れてた。 こいつ体育祭でなぜか幽霊になって出てきてたんだ。 まだ成仏してなかったのか。 「是非一枚描きたいね。何か道具は無いかな」 死んでも尚芸術家の心を忘れないのは凄いな。 「無い。そしてさっさとCの世界に帰れ」 私は冷たく言い放つと、クロヴィスは見なかった事にし、箒を動かした。 「ルルーシュ。彼女がひどい事を言うんだ」 私が無視したことで、クロヴィスはルルーシュの元へ行った。 「聞いてくれないかルルーシュ、ルルーシュ」 しつこくルルーシュに付きまとうが、ルルーシュは気にすることなく掃き続けた。 完全無視をする事でさっさと退散させようという狙いのようだった。 私も今度からそうしよう。 だが、この状況はよろしくないなと私は辺りをも回した。 それでなくてもルルーシュと私を見て、通勤通学中の人たちが足を止めていたのに、そこに幽霊とはいえ元総督クロヴィスだ。人が集まってくるのは当然の流れだった。 まずいな。 まだ従業員・・・もとい、黒の騎士団の団員は来ていないというのに。 私は箒を手に、ルルーシュの傍へ移動した。 まずいな。こいつらは、こちらに近づいたことで、余計な欲が湧いたしい。 「あ、あの!」 「じ、実は僕」 私達を囲むように、主に男たちが鼻息荒く近づいてきた。 気に入らないな、その欲の乗った瞳は。 ふん、私の物に手を出すつもりか? 「すまないが、まだ準備中だ。お前たちもこれから会社や学校に行くのだろう?今度は店の空いている時間に来て、是非食べて行ってくれ。自慢じゃないがこの店の料理はどれも美味いからな」 私はルルーシュを背にかばうようにそう言った。 ルルーシュも不愉快だと言いたげに眉を寄せている。 「僕はもう何度も食べてます」 「俺は毎日!」 「この店の料理無くして生きていけません!」 そんな告白はいらない。 流石に自分のせいで人目を引いたことに気付いたらしく、私たちの頭上でクロヴィスがどうしたらいいんだとオロオロしていた。 反省しろ馬鹿。 「あ、あの、」 女性が意を決して口を開いた。 「ちょ、邪魔だ。俺が言うんだ」 「どいて、私が!」 俺が私が僕がと互いをけん制し始めた。 まずい、本気で告白するつもりだ。 じりっと私が後ずさると、ルルーシュにぶつかった。 ルルーシュは、鋭い舌打ちをした後、私に手を回した。 「すみませんが仕事中なので失礼します」 にっこりと営業スマイルで頭を下げ、私の手を引き店に入ろうと踵を返した。 自分の事には信じられないほど鈍感だが、この連中の対象が私だと勘違いしたおかげで理解したか。よし、このまま店内に逃げよう。 だが、野獣どもはそれでは引かない。 いつもならカウンター向こうにいる高根の花がこちらにいるのだ。 しかもたった二人で。 告白するチャンスだと鼻息も荒い。 「まって!お願い私と・・・」 「ルルーシュさん!俺は貴方のこ・・・」 そこで言葉が途切れ、代わりに何かものすごい音がした。 驚き振り返ると、何人かの人間が空中を吹き飛んでいるのが見えた。そして、彼らが元々いたであろう場所には。 ・・・っ!とうとう来たか! むしろ良く今まで来なかったなお前。 ドサドサっという音が聞こえたが、今はそれどころではない。 そう、そこには私服姿の枢木スザクが立っていたのだ。 「おはよう、ルルーシュ。こんな所で何してるのさ?」 たった今、人間を吹き飛ばしたとは思えないほど爽やかな笑みでスザクは近づいてきた。 「見ての通り掃除をしていたんだが・・・」 飛んで行った人間に、大丈夫なのかと言う心配そうな視線を向けながら、ルルーシュはそう口にした。幸い飛んだ人間はみな普通に立ち上がり、何があったんだときょろきょろしている。意外としぶといな。 「スザクこそどうしたんだ?」 そこまで確認した後、ルルーシュはふわりと笑みを乗せ、スザクにそう尋ねた。 残念なことに、この凶暴な男の本性をいまだにこの超鈍感男は気づいていなかった。 赤ずきんちゃんを狙う狼と同じく、獲物には親切にし、食べるその瞬間まで本当の姿をさらす事は無いから余計気づけないのだ。 くそ、どうしたものか。 「僕?レストランブリタニアの手伝いをして来いって言われて。そしたらほら、そこにクロヴィス殿下が助けを呼ぶように浮かんでたから」 見るとクロヴィスがほっとした表情で胸をなでおろしていた。 役に立ったというべきか、更なる厄災を呼び込んだというべきか。 「まさか僕のルルーシュに虫がたかってるなんて思わなかったよ」 にっこり笑顔でそう言いながら、スザクは後ろを振り返った。 そこにはスザクの攻撃を免れた男女がまだたくさんいるのだ。 本当に汚らわしい虫どもだね。 「虫が?どこにいるんだ?」 ルルーシュが勘違いをして自分の体を見たその一瞬、ルルーシュは親友フィルターで全く気付かないだろうが、スザクの全身から殺気が噴き出していた。 ここからは見えないが、おそらく表情も相当だろう。 周りにいた人間は小さな悲鳴をあげ、蜘蛛の子を散らす様にこの場を去った。 「あれ?みんな電車の時間でも思い出したのかな?」 そう言いながらにっこり笑顔でスザクは言った。 追い返したんだろうお前が。そう思いはしたが、助かったので口には出さなかった。 「さあな。なんにせよようやく静かになった」 自分と私に虫がついていない事を確かめ終わると、そう言ってルルーシュは箒を動かし始めた。 「それにしても・・・」 スザクはじっと、ルルーシュを見つめた。上から下までじっくりと。 「なんだ?なにかおかしいか?着方はあっているはずだが?」 C.C.が着つけてくれたしな。 「おかしくないよ。凄く似合ってる。似あいすぎてビックリしちゃった」 色を感じるほどのうっとりとした声で言った後、それはそれはいい笑顔を向けたので、ルルーシュもつられて笑顔になった。 騙されてるぞお前。 無害そうな童顔男だが、無害じゃないからな。 「そうか?それならいいんだ。俺はブリタニア人だからな、違和感はあるだろうが、そこは許してくれ」 「違和感なんて無いよ。それよりどうしてここに?なんで着物着てるのさ?」 これだけ着物が似合うならうなら白無垢も似合うかも。 「ああ、俺はここでバイトをしているんだ。言ってなかったか?」 「え?ここって、黒の騎士団の店だよ!?そこでバイトって、駄目だよ!危険だ!今すぐ辞めて!!」 スザクはルルーシュの手を取って、首をぶんぶんと振った。 それはもう必死に首を振っていた。 「何も危なくは無いよ。カレンももうじき来る。それに俺は開店した時から働いてるんだぞ?カレンに頼まれてな」 何をそんなに心配しているんだと、ルルーシュはくすりと笑った。 「え?そうなの!?」 僕聞いてないよ! って事はこの姿でずっと!? 「なあC.C.」 「ああ。私と一緒に並んで弁当を売っている」 私と一緒に、な。 強調したその言葉に、スザクはルルーシュに気づかれないよう殺気を飛ばしてきたが、私は軽く流した。 この男はルルーシュとナナリーに強い執着心と独占欲を持っている。 特に兄、ルルーシュに向ける感情は異常と言っていい。 だが、向けられているルルーシュは気づいていないからいまだに親友だ。 これで気づいたら、私なら完全に引いて避けるだろうな、こんな凶暴な男。 「ルルーシュがお弁当売ってるの?」 「ああ」 「厨房じゃなく?」 「厨房にも入る」 「和食なんだよね。僕、お昼に買いに来るから・・・」 まるで子犬がお強請りするように口にする。 「じゃあ、お前の分は俺が特製弁当を作っておいてやるよ」 仕方ないなと、苦笑しながらスザクの望みを口にする。 そうやって甘やかすからつけあがるんだ。 「やった!!ありがとうルルーシュ、大好きだよ!」 そう言って抱きついた男をどう引き離すか。 C.C.はこれから大変な事になったなと思いながら箒を握りしめた。 |