クロキシ本店営業中 第6話


レストランブリタニアは急ピッチで建設されていた。
和食処クロキシのように、元の店舗を生かして必要な場所だけ改装と言うのではなく、一度取り壊して新築していた。
とはいえ、土台だけは流石にコンクリートが乾かないため元のままだが、それ以外全て新しく作り直している。
なにせコーネリアが手掛ける店だ。
中古であってはならないという理由らしい。
それならもっと時間的余裕を下さいと言いたいが、すぐ作れという命令らしく、軍人も総出で手伝っている。
居ないのはコーネリアとギルフォードぐらいじゃないかと言うぐらい軍人だらけだった。
ちなみにダールトンは現場指揮で来ている。

そして間もなく正午。
土方に混ざって作業をしていたスザクに、ヴィレッタは声をかけた。

「枢木、そそろそ休憩しろ。昼はどうするんだ?」

どうやら今日は暑いからと、キューエルと共に軍人の体調管理を任されているらしい。つまり無理に働かせて倒れたら監督不行き届きとなるため、声をかけてくるのだ。

「僕はあそこで買ってきます」

にっこりと笑顔で、僕は彼がいるであろう場所を指出さした。
弁当コーナーは開店直後から人だかりが絶えることなく、人気がある事が一目で分かった。
おかげで彼の姿は全く見えない。
ここからなら、働くルルーシュの姿が覗き見れる楽しみにしていたのに。
人気、か。
まさか僕の物目当てじゃないよね?
お弁当だよね?

「・・・お前もか。皆同じ事を言うんだな」

呆れたようにヴィレッタが言った。

「ヴィレッタさんはどうするんですか?」
「まあ、私もな、その、別にダイエットに向いているから食べる訳では無くてだな、敵情視察というやつだ」

黒の騎士団の食事など本当は食べたくないんだからな!

「成程、和食は健康的で、ダイエットに向いているって昔から言われてますからね」
「そ、そうなのか。昔から言われているのか」

黒の騎士団が流行らせるために捲いたデマでは無い事が解ったのか、ヴィレッタは余計にあの店が気になりだしたようだ。
どうして僕の周りはツンデレが多いんだろう。
その枠はルルーシュだけで十分だし、ルルーシュ以上のツンデレはいないのに。

「あ、だから、ダイエットが目的ではなくてだ。・・・だがそうか、健康にもいいのか」

女の人はダイエットが趣味だという。
それなのになぜ隠すのだろうか。
それに、ダイエットなんて必要のない体系に見えるのだが。
その辺の女心は本当によく解らない。

「だが、凄い人だかりだな。これでは買うのも大変そうだ」
「そうですね。いつもこうなんですかね?」

食事待ちの列がずらりと並び、弁当売り場は開店直後から大混雑。
かなり早く客を捌いているのに売り切れない弁当も凄いと思う。
ルルーシュが作ってるのかな?それならそのペースも頷けるが、彼が作ったものを食べるなんて許せないなぁ。
僕のために作ればそれだけで十分なのに。
あ、違うな。
僕とナナリーの為だけに作ればいいのに。

「いや、それは違うぞ兄ちゃん」

近くにいた土方のおじさんがそう言った。

「今日は看板娘が三人とも揃っているから余計混んでいるんだ」
「看板娘?」

そんなのいるんだ。

「なんだ?看板娘とは?」

何を指す言葉か解らないらしく、ヴィレッタは尋ねてきた。

「そのお店の看板になれるほど可愛い娘さんです。ようは客引きみたいなもので、看板娘目当てでくる客もいるんですよ」
「ほう、ならばこちらも用意しなければな」

見目麗しい娘で気を引くのか。
その考えは無かった。

「そうですね。で、どんな人なんです?看板娘」

僕は嫌な予感を感じ尋ねた。
彼は男だから、看板娘ではなく看板息子だ。
いや、男の娘という言葉もあるぐらいだから、彼の場合は看板娘であっているのかな?
さすがにそれはないか。

「赤い髪の元気な娘と、緑の髪の神秘的な娘。そして黒髪の綺麗な少年だな」

その言葉に、思わず顔が引きつった。
それはカレンとC.C.、そしてルルーシュの特徴。
やっぱり彼もなのか。

「男なのに娘なのか?」

それはおかしくないかと、ごく当たり前の疑問をヴィレッタは口にした。
どうやら男の娘という言葉は知らないらしい。

「いやいや、十分娘でも通るほど綺麗な少年なんだ。だから看板娘三姉妹と俺たちは呼んでいる」

絶対それ本人に言わないでね。
怒るから。
僕は心の中でそう思いながら、軽く冷や汗を流した。
あ、でも周りがルルーシュを怒らせれば、僕が慰めるという手が使えるか?

「まあいい。なんにせよ買いに行くなら今のうちに行ってこい枢木」
「え?あ、イエスマイロード。ではお言葉に甘えて、行ってきます」

まだ時間より早いが、皆で一斉に行っても行列が長くなるだけだと判断したらしい。
分散させて買いに行かせるために、近くにいる土方の人にも、今のうちに買いに行けるなら行けと指示を出していた。
僕はお言葉に甘え、水場で手と顔を洗ってから彼の待つお弁当屋さんへ向かった。
ああ、それにしてもなんでよりによって黒の騎士団の店なんだ。
掛けチェスのバイトといい、危険なバイトを選びすぎる。
生活費は自分で稼ぐというルルーシュだから、働くことは駄目だと言えないけど、こっちの店が開店したら、彼にはこちらに移動してもらわなきゃ。
あ、でもそれだとルルーシュが皇族だとバレる?
いや、すでにあの体育祭で顔も名前もバレているから大丈夫なのか?
そもそも、どうして姉妹であるコーネリアとユーフェミア、兄であるクロヴィスがあの場にいたのにバレなかったんだろう?
そう考えながら近づくと、遠目で見るより混雑はひどく、店内も満席で食事待ちの列はどんどん長く延びていた。
弁当売り場からは彼の応対する声が聞こえ始め、ああ、頑張っているんだなと思わず口元緩んだのだが。

「お客様、申し訳ありません。このような品を受け取るわけにはいきませんので」

そんな言葉が聞こえて来て、僕は顔から笑みを消した。

「この店は飲食店だ。花など持ってこられても困る。衛生面を考えろ。食べ物も腐るから駄目だ。大体私たちは見ての通り仕事中。金品を渡されるよりも、頑張ってくれと声をかけてもらう方が何十倍も有りがたい」

続いて聞こえてきたのは不愉快そうなC.C.の声。
どうやら一部の迷惑な客のせいで、列が詰まっているようだった。

「腐るものではありませんから!」
「あ、あの。では何時に仕事終わりますか!?」

など、必死な声が聞こえてくる。

「申し訳ありませんが、お弁当を購入されないようでしたら列から離れてください」

僅かに怒りを滲ませたルルーシュの声。
どうやら害虫が山ほど湧いているらしい。

「・・・お待たせして申し訳ありません。丁度ですね。ありがとうございました。またのお越しをお待ちしています」

ルルーシュ達は騒ぐ客を無視し、購入者を捌き始めた。
それに不満そうに害虫が騒ぐ。
一人二人ではないその様子に、僕はすっと目を細めた。
その時、客の一部がにわかにざわめき出しす。
この状況に気づいたらしいカレンが店内から駈け出して来たのだ。
またなの?と脱力した様子に、ああ、今日だけじゃないのかと思い知る。

「お客様、申し訳ありませんが、お弁当を買われたら速やかに列から離れてください」

他の従業員も二人出て来て、弁当の列を捌き始めた。2列に並ばせ、順番に前に出るよう指示をする。

「ルルーシュ、やっぱり明日からロープ引きましょう」

カレンはレジ打ちをしているルルーシュにそう声をかけた。

「そうだな、これじゃ仕事にならない」

今は特に並ぶための仕切りは無く、自分が先だと言わんばかりに押し掛けているが、ロープで列をしっかり区切り、迷惑な客が出たら即この人の群れからはじき出せるようにするようだ。
行列の整理がある程度でき、迷惑な客は団員にはじき出され、流れるような作業でお客が捌かれ始めた。連携の取れた彼らの動きは早く、見る見る間に弁当売り場の人垣が減ってきた。それを周りで見ていた客が、さっきは多すぎて諦めたが、今なら買えると再び集まってくるから減る気配は無い。
本当に繁盛しているんだなこの店。
これではいくら待っても埒はあかないと、僕はレジに近づいた。
横入りするなと言う視線を受けるが無視。
カレンもまた迷惑な客かとこちらを見たが、僕だと解ってすぐに客捌きに戻った。
近くで見ると丁寧に対応するルルーシュは、お釣りを渡す際に相手の手を取っていた。そんな事をするから馬鹿な虫が増えるのだが、どうせルルーシュは気づいていないだろう。

「ルルーシュ」

僕の呼びかけにこちらを見たルルーシュは、僕とナナリーにしか向けない笑みをその美しい顔に乗せた。
大輪の花が綻ぶようなその笑顔に、害虫どもが息を飲んだのが分かる。
勝手に見るなよな。
これは俺のだ。

「スザク、来たのか。ああ、ちょっと待っててくれ」

そういうと、ルルーシュは傍にいた団員にレジを頼み、裏へ姿を消した。
その様子に、周りから冷たい視線が飛んできたので、僕はにっこり笑顔を張り付け、同時に死にたいのか?という意思をこめ、睨みつけた。
僕の物に声をかけ、その手に触れるなんて許されると思っているのか?
僕の心の内を理解したらしく、弁当売り場に列を作っていた者たちは、こちらから目をそむけ、静かに弁当を買い始めた。
カレンが冷たい視線を投げかけてきたが、仕事がはかどっていいじゃないかと僕は苦笑を返した。

「枢木スザク、この店の客に喧嘩を売るのは止めろ」

不愉快だと言いたげにC.C.が文句を言ってきたので「何のこと?」と、僕は笑顔で答えた。

「胡散臭い笑顔など気味が悪いだけだ」

そう冷たい視線を向けながら言うが、君たち相手に普通に笑顔なんて向けれるはず無いじゃないか。
店内と、客がざわめきだし、何だろうと思って視線を向けると、店内からルルーシュが姿を現した。

「悪い、待たせたな。ほら。ああ、金は要らないぞ?俺のおごりだ」

お前は頑張って働いているからな。
そう言って差し出されたのはお弁当の入った買い物袋。

「ありがとうルルーシュ」

ずっしり重いその袋からは彼の愛情を感じた。

「お前はたくさん食べるからな。俺の特製弁当だ」

自信満々に胸を張りそう言うから、僕は顔を綻ばせた。
僕のためだけに彼が腕を振るったのが解ったのだろう、周りからは悲鳴とも、嘆きともとれる声が上がる。
僕は優越感に浸りながらさらに言葉を重ねた。

「じゃあ全部ルルーシュが作ったんだ」
「当然だろう?」

笑いながらさも当たり前に用に返す彼の姿に、失恋したと言わんばかりに憔悴した人の姿がちらほら見え始めた。
このツンデレ皇子が心を開き、ここまで世話を焼く人間は両手で数えられるほどしかいない。その中に入ろうなんて、そもそも図々しいんだよ。

「それより、お前明日もそこの作業に来るのか?」
「うん、来るよ。なにせ明後日開店させるらしいからね」

無茶苦茶だよね。と、僕は苦笑した。

「まあ、総督の命令なら仕方ないさ。明日は俺も来るから、ちゃんとした弁当を作ってきてやる」

それはつまり、この店で出している料理ではなく、彼が自宅で手製の弁当を僕のために用意するという事。
辺りの空気に、失恋で凹んだ人間のもつ淀んだ空気が色濃く流れ始めた。
うんうん、ルルーシュってば自分に好意を持ってる人間が集まってるって欠片も気づいてないもんね。
気づいてたら売子なんて絶対しないだろうし。
僕とのごくごく普通の会話のつもりだろうけど、僕に対して完全にデレている彼の破壊力はすさまじく、それが虫を一掃させる殺虫剤になってるなんて解ってないんだよね。
このせいで店の売り上げが落ちたらごめんね?
あ、黒の騎士団の店だから落ちたほうがいいのか。

「ホント!?嬉しいな!ルルーシュの手作りお弁当、楽しみだな」
「それも手作りだぞ?」
「これとはやっぱり違うよ。でもいいの?面倒じゃない?」
「別に問題は無い。お前一人増えた所で手間はあまり変わらないからな」

その言葉に、思わず僕の笑顔が凍りついた。

「ああ、自分の分、作ってきてるのか」

でも、彼の食べる量を考えれば、手間が倍以上になる。
だから今の彼の返しはおかしいのだ。
では、誰に作っているんだ?

「それもあるが、ナナリーと咲世子さんの分も作っているし、カレンとC.C.の分も用意している」

そう言うことか。
ナナリーと咲世子さんはいい。
むしろルルーシュがナナリーに用意しないはずがない。これは失念していた。
カレンも100歩譲って許そう。
クラスメイトで同じ生徒会、その上バイト仲間だ。
だけどなんでそこにC.C.が入るんだろう。図々しいな。

「そうなんだ。じゃあ朝から大変だね」
「ああ。今日はおかげで4時起きだよ」

成程、それで何処か疲れたような顔をしているのか。
そんな憂い顔もまた人を引き付けるから困ったものだ。
僕はそう思いながら、買い物袋を腕に掛け、両手で彼の手を取った。
そして、心底心配しているという顔をし、少し上目遣いで彼の目を覗きこむ。

「無理をしたら駄目だよ」
「わかってるよ」

相変わらず心配性だなと、ルルーシュは柔らかく目を細め苦笑した。

「おい、ルルーシュ、いい加減戻れ」

イライラとした声でC.C.が横やりを入れてきた。
今まで静かだったのは、これでルルーシュ狙いを一掃できるという事に気づいていたからだろうが、これ以上二人の世界に浸る事は許さないらしい。
ホント邪魔だな。

「じゃあ、スザク。お前も無理するなよ?」
「うん。じゃあまたね」

仕事に戻ろうとするのを止める訳にはいかない。
僕は名残惜しく感じながらも彼の手を離し、そこで別れた。

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