クロキシ本店営業中 第7話


新聞の広告欄を全面占拠し。
折り込みチラシは無駄に大きくA2サイズ。
TVのCMは全チャンネル、全時間占拠し、ラジオやネットでも大々的に取り上げる。
空を見上げれば飛行船まで引っ張り出して、レストランブリタニアをアピールし続けていた。

「なあC.C.。あれだけの広告費を回収するには、一体一日どれぐらいの利益をあげればいいんだろうな」

隣に座っていた男がポツリとつぶやいた。
自分の中ではとっくに答えが出ているだろうに。
そう思いながら声の主を見ると、自分の弁当に手をつけながら、流れているCMを呆れた視線で見つめていた。
今は休憩時間。
いくら大人気の看板娘三姉妹とはいえ休憩なしで働かせるわけにはいかない。
その上この三人が店に出ると客足が止まらないため、三人纏めて休憩させる事で客足を衰えさせていた。
そうしなければ従業員全員倒れてしまうし、何より弁当のストックが尽きる。
今は午後からの弁当を、むさくるしい男たちが頑張って作っているはずだ。

「回収など考えていないんじゃないか?そもそも、広告にどれだけ金がかかるか、レストランでの売り上げ予想はどのぐらいか、考えているかも怪しい」

広告の媒体に出てくるのは全部ユーフェミア。
彼女はチビゼロに対抗するためのマスコットキャラになるらしい。
チビユフィグッズも製作中で、明後日にはちゃんと売り出されるとか。

「そう言えば、うちの店ってCMしてるの?」

カレンが美味しそうなぶりの照り焼きに箸をつけながら尋ねてきた。
考えてみるとそれらしきものを見た記憶がないのだ。

「していない。ホームページも作っていないから、宣伝・広告費は今のところ一切かかっていないな」
「そうなの!?」
「黒の騎士団が経営する店と言う事で、メディアがこぞって取り上げてくれたから、宣伝などする必要はない」
「じゃあ、取り上げてくれなくなったら流すのね」
「いや?その頃にはリピーターもついているだろうから、わざわざ無駄な金を費やす必要はない」

最強の広告塔であるリピーターがいれば、口コミで広がっていく。その上ここは一等地。勝手に客は集まってくる。
何より無駄な出費はしないに限る。
とはいえ、ディートハルトがホームページを作りたいと騒いでいるから、そのうちホームページだけは用意するかもしれないが。

「そうなんだ。まあ、そうよね。正直もう少しお客減って欲しい所だもの」

宣伝は必要無いわよね。

「最近ニュースや雑誌に載る回数は減っていたが、レストランブリタニアのおかげで、またこぞってこの店を取り上げ始めるだろう。なにせこれもまたブリタニア軍と黒の騎士団の全面戦争だからな」
「ああそうか」
「成程な。あちらが宣伝してくれえば、それだけこちらも取り上げられるということか」

それはそれは有難いことだな。
納得したカレンとC.C.の言葉にルルーシュは悪そうな笑みを浮かべながら、出汁巻き玉子を口にした。
ちなみにルルーシュの手製弁当も和食。
カレンとC.C.、そしてナナリーと咲世子の感想を聞き、評判が良ければクロキシのメニューに載る事になるのだ。

「とはいえ、一時的には客足は衰えるだろう。その時は団員に休暇を与えようと思う」
「え?どうして衰えるの?」

カレンは不思議そうに口にした。
宣伝広告は勝手にやってくれる。
その上、大人気の看板娘三姉妹もいるのだ。
衰える理由は・・・先ほどのスザクとルルーシュのやり取りで失恋した連中ぐらいしか思い浮かばなかった。

「目の前にレストランが出来るんだぞ?しかも総督自ら手掛け、副総督がイメージキャラだ。皆そちらに流れるだろうさ」

ルルーシュは事もなげにそう言った。

「それって拙くない?お客取られるってことでしょう?」
「一時的に減るだろうが、そう長く続くと思えないよ」

C.C.はレンコンのきんぴらを口にしながら言った。
うん、いい歯ごたえだ。

「このチラシ、見たか?」

C.C.が差し出したチラシに、ルルーシュはそれかと言いたげに呆れた顔になった。
まだ見ていなかったと、あのA2サイズのフルカラー折り込みチラシをカレンは開く。
本当に無駄に大きい。
がさがさと、苦労しながら開いたそのチラシを見て、カレンは思わず箸を落とした。

「なにこれ?」
「なんだろうな?」
「ほんとにな」

三人の感想はそれしかなかった。
この無駄に大きなチラシには、無駄にでかでかとユーフェミアの顔が印刷されており、書かれている事と言えば、コーネリア・リ・ブリタニア総督監修・レストランブリタニアオープンという大きな文字。
そしてオープン日、住所と地図。それだけなのだ。
この大きさの意味は・・・はっきり言ってない。
ユーフェミアのファンが喜ぶぐらいだ。
ニーナ辺りは・・・いや、考えるのはよそう。

「・・・ねえ、聞いていい?」
「なんだ?」

既に食事を終え、お茶を飲んでいたルルーシュに視線を向けながらカレンは尋ねた。

「レストランブリタニアって、どんな料理出すのかしら?」

やっぱりブリタニア料理よね?家庭料理かしら?それともフルコース?単品?セット?

「俺は値段がいくらかが気になるんだが」

皇族が監修だぞ。庶民が入れる価格なのか?それによっては客層が違ってくるから、客を取られる話しはそもそも無くなる。

「私は営業時間だな。何時に開店するんだこの店」

ディナーに合わせるのか、朝から開店しているのか。
連絡先も乗って無いからな。
ふと視線を向けると、ニュースの合間にレストランブリタニアのCMが流れた。
そこに出てくるのはやはりユーフェミア。
オープンする日と場所を口にするだけで、具体的な内容は一切されていない。
このチラシと同じだ。

「これってCMとして意味があるの?」

カレンは広げたチラシを折りたたみながら聞いてきた。

「普通の店なら、細かな内容を秘匿することで好奇心を煽り、来店させるという手だと考えられるが、皇族の店と言うだけで敷居が高い。好奇心だけで客が入るかどうか」

ルルーシュは、この宣伝の仕方にはどうも納得できないという顔でそう言った。

「それ以前の問題だ。ルルーシュ、お前も気づいているんだろう?これは好奇心を煽るために情報を小出しにしているわけではない」
「やはりそうか」

C.C.の言葉に、ルルーシュは頭が痛いと言いたげに目を閉じ、眉を寄せ、こめかみを押さえた。

「どういう事?」
「つまり、白紙なんだよ。まだメニューどころか料理人さえ決まっていないだろうな。だから何も乗せられない。何も言えない。決まっているのは場所と、開店日だけなんだ」

呆れた口調でC.C.はお弁当の最後の一口を食べた。
ああ美味かった。と、満足気にお茶を啜る。

「・・・開店、出来るの?」

素朴な疑問だった。

「するだろうさ。皇族が口にして、ここまでCMしたんだからな」

テレビにせよ、新聞にせよ、元々契約していただろう会社を押しのけて、自分たちのCMを流したのだ。これで延期ですとはいえない。言うわけもない。

「コーネリアってもっと思慮深い人だと思ってたわ」

こんな行き当たりばったりで事を行い、無理やり自分の計画を進めるなんて、やるとしたらユーフェミアだと思った。

「コーネリアは軍事面には強いが、政治面はそうでもないからな。建物など総がかりで取り掛かれば2日もかからないと思っているかもな。料理人もブリタニアの店なら喜んで働くと思っているかもしれない。まあ、広告関係に関しては、ユーフェミアの暴走のような気もするが・・・」

一度こうだと決定したらなかなか折れない性格だから、こういう強硬策になったのだろう。本当にあの姉妹はそっくりだ。

『お姉さまのお店が明後日開店します!ぜひみなさん来てくださいね』

無邪気な声がテレビから流れる。
CMが終わり、ニュースが流れ始めた。キャスターが、どう説明すればいいのだろうと困惑しながらレストランブリタニアオープンを取り上げ、リアルタイムで現在建設中の映像を映した。
その様子に、ああ、売子してなくてよかったと、ルルーシュとC.C.は思わず嘆息した。
現在建設中の映像など見せたら、逆効果だと思うのだが。
そう思っていると、ユーフェミアが画面に映し出された。
どうやら自ら建設中の建物を案内して歩くようだ。
事前連絡は一切なかったらしく、作業をやめ、食事休憩を取っていた軍人たちが慌てて立ち上がる姿が映し出された。
可哀そうに。

『あら?作業はしていないんですか?』

無邪気な顔でそう尋ねてくる。
まるでサボっていると言われているようなもので、皆慌てて食べかけの弁当を片付け、作業を始めた。
昼寝をしていた者もたたき起こされ、皆作業に戻る。

『ユーフェミア様、今は休憩時間です』

慌ててやってきたダールトンがそう説明すると、彼女は納得し頷いた。

『そうだったのですか。ならばみなさん休んでください』

そう言われて休める者がいるだろうか。
控除がそこにいて、カメラまで回っているのだ。
もう十分休みましたからと答える以外なく、慌ただしく作業が始まった。

『丁度休み時間が終わったようですね』

その顔にふんわりと柔らかい笑みを乗せて無邪気に言う。
本気でそう考えているなら、本当に無能だな。
誰もがそう思いながらも口にすることはなく、慌ただしく作業が始まった。
そんな中に、見知った姿を見かけたユーフェミアは、周りも確認せず突然走り出した。
皆が突貫工事で作業をしている中をドレスでだ。

『スザク・・・きゃあ!』

予想通り、床に置かれていた物に躓き、バランスを崩す。

『ユーフェミア様!?』

スザクは、驚異的な反射神経と運動能力で駆け寄ると彼女体を抱きかかえた。
麗しの姫君を、その騎士が優しく抱きかかえる。
それはまさに映画のワンシーンのように美しかった。
残念なことといえば、スザクは現在作業中で、頭にはヘルメット、手には軍手、首には汗を拭くための手ぬぐいが巻かれており、私服もかなり汚れていたことだろうか。
だが、そんな服装のスザクなど気にならないというように、自らの騎士が自分を守ってくれた。その事のユーフェミアは頬を染めた。

『ご無事ですか、ユーフェミア様』
『はい。無事です』

きらきらと、二人の世界に入った映像が流れ、C.C.は何だこれはと呟いた。

「さっさと追い出さなければ作業もできないだろうし、下手をすれば皇女を危険な目に合わせたと、作業員が処罰を受けるぞ」

勝手に来たのはユーフェミアだが、彼女の安全を確保できなかった責任は周りにいた軍人が取るのだ。
そんな事などつゆ知らず、ユーフェミアは自慢の騎士を紹介し始め、既に何のために映像を映しているのかよく解らない状態だった。

「ねえ。ユーフェミアって凄く運動神経いいって言ってなかった?あの程度で転ぶのかしら?」

再び素朴な疑問が出る。
確かあの体育祭で、コーネリアのトレーニングに笑顔でついて行くとか何とか・・・。

「・・・計算か」

視界にスザクが映り、スザクも自分を見た。距離を計算し、わざと転ぶ。そしてスザクが助け出す・・・恐ろしい娘だな。
若き騎士と麗しい皇女の図を作り出し、自らの騎士を自慢したという図式が頭で成立してしまい、C.C.はひきつった笑みを顔に乗せた。
幸いルルーシュは弁当箱を洗って来ると言ってキッチンに行っている。
もしここに居れば「ユフィはそんな事はしない!」と、シスコン全開になっただろう。
ああ、カレンがいるからそれは無いか。

「なんでかしら?負ける気がしないわね」
「そうだな。不思議とこの戦いは楽勝な気がするよ」

看板娘二人はそう口にすると、既に冷めたお茶を口にした。


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