帽子屋の冒険 第3話  

兵士たちが一斉に走り出しました。
その中にジャバウォックが混じっていたのは気のせいでしょうか。
数刻後、ロープで縛られた赤の騎士と白の騎士がハートの王と女王、そして白の王と白の女王の前に連行されてきました。
いい笑顔のジャバウォックも一緒です。
どうやら真っ先に白の騎士を捕えることが出来たのでご満悦のようです。
「陛下、どのような理由で自分達にこのような扱いをされているのですか」
白の騎士は、このような事をされる覚えはないと怒りを露わにしていました。
不思議の国の住民も、まさか騎士二人が亀甲縛りで連行されて来るなんて予想していませんでした。
赤の騎士は、こんな姿を女性の前に晒すなんて、と項垂れています。
ハートの女王と白の王は顔を見合わせて、頷きあいます。
どうやらこの姿を見てハートの女王は笑いをこらえているらしく、扇子で口元を押さえ、肩がわずかに震えていました。
今は涙は止まっているが、泣き出しそうなハートの王と笑い出しそうなハートの女王。仕方ありません、ここは白の王が話を進めるようです。
「白の騎士、そなたに尋ねたいことがある」
流石白の王、この姿を見ても動揺しません。
白の王の真面目な声に、白の騎士は思わず居住まいを正しました。
「はっ。どのような事でしょうか」
「先日、私と白の女王、そして赤の騎士とそなた。この4人で帽子屋の茶会に呼ばれたこと、覚えているな?」
「はい。先日ご一緒いたしました」
「お前は私たちより後に帰ったはずだが、その時、何かおかしな事は無かったか?」
「おかしな事、ですか?」
「どんな些細な事でもいい。何かあったなら教えてほしい」
しばらく白の騎士は考え込みます。
「いえ、特に何もありませんでした。自分もあの後すぐに立ち去りましたので」
真剣な声音で答えられた内容に、辺りからガッカリするような溜息があがりました。
白の騎士と赤の騎士はどうしたんだと、頭の上に?を飛ばします。
「では、二人に聞こう。あの日の茶会で何か気がついたことはないか?」
今度は赤の騎士も真剣に考えます。
「申し訳ありません。あの日は帽子屋の茶菓子に夢中になり・・・特に気になる事は御座いませんでした」
いくら考えても何も浮かばない赤の騎士は、何も気がつかないなんて騎士としては失格だ、と言われる覚悟で言いました。
「そうか。で、白の騎士何かないか?」
しかし白の王は情報が無い事にだけ落胆した様子で、赤の騎士はほっと胸を撫で下ろします。
「何か、と言われましても。何があったのか教えていただけないでしょうか。」
白の王も内心穏やかではなかったため、この状況の説明を忘れていることに気がつきました。
「説明をしていなかったな。私としたことが、すまなかった。実は帽子屋の事なんだが」
その途端、部屋の空気がわずかに下がりました。
みると、白の騎士の目つきが険しくなっています。
「どうした?白の騎士、何かあるなら話せ」
白の王に促され、白の騎士はそれでは、と話し始める。
「帽子屋は卑怯で卑劣な男です」
周りの空気がざわり、と揺れます。
「・・・どういう意味か聞かせよ」
白の騎士は話します。
帽子屋とはどのような人物なのか。
どのような意図で茶会を開いているのか。
その時の会話をできるだけ忠実に。
語り終わったときには周りは静まり返っています。
みんな良い人だから気がつかなかったのか、言いたくても言えなかったはず、今ここにハートの王と女王だけではなく白の王と女王もいる。
彼を改心させるために協力をしてもらいたいと、そう白の騎士は考えていたのです。
「この国の人が良い人だからと言って、あの空気を読まない態度は改めさせないといけません」
「「「「「お前が言うな!!!!」」」」」
国民の心が一つになった瞬間です。
みんな一斉に突っ込みを入れたその言葉は、城がを震えるほどの大きさでした。
白の騎士は1人、え?え?と状況が分からずにきょろきょろとあたりを伺います。
あまりの事にハートの王と白の女王の涙と、ハートの女王の笑いも引っ込み、赤の騎士は隣にいる白の騎士の顔をポカンと見つめます。
「やれやれ、思わぬ爆弾発言が飛び出したな」
するりと姿を現したのはしなやかな肢体のチェシャ猫。
音もなく白の騎士の前までやってくると、その頭を思いっきり踏みつけました。
ジャパニーズ・ドゲザと言うものでしょうか。床に打つかった際にガツンと鈍い音がして、とても痛そうです。
「貴様、私の魔王によくそんなことを言ったな。このまま頭を踏み潰してやろうか」
それは、今まで聞いたこともないような低い声音でしたが、その顔は満面の笑顔。でも目は笑っていませんでした。
「まあ待てチェシャ猫。白の騎士が原因の可能性は、これで限りなく高くなった、というか、ほぼ確定事項だが、まずは説明をさせてくれ」
一瞬剣を抜きかけた白の王ですが、チェシャ猫のキレっぷりに反対に冷静になり、チェシャ猫を宥めにかかります。
チッと舌打ちをした後、チェシャ猫は足を退かしました。
赤の騎士はその間に拘束を解かれてほっと一息ついています。
そんな中、ジャバウォックとドードーが何やら持って白の騎士に近づいてきました。
ドードーが持っていたのはギザギザの凹凸のある怪しげな板、十露盤板(そろばんいた)という名前のその板を置くと、白の騎士にその上で正座しろと訴えます。
意図を察したチェシャ猫とハートの女王が、嫌がる白の騎士を、無理矢理その上に正座させました。
ジャバウォックが持っていたのは何やら重そうな板状の石で、伊豆石と言うそうです。
チェシャ猫の指示で、その石が4枚白の騎士の上に載せられました。
どうやら白の騎士の出身国の拷問道具のようでした。こんな物もあっさり用意するなんて、さすがドードー、頼りになります。
重い石が足の上に乗ると、白の騎士の悲鳴が辺りに響きわたりました。
「・・・いいか?話をしても?」
止めるべきか迷いながらも傍観していた白の王は、彼らが満足そうな笑みで動きを止めたのを見て話を始めます。
「実は、あの日以降帽子屋が行方不明になっていてな。その原因を調べていたのだ」
その言葉に赤の騎士は驚き、そして現状を理解します。
「もうこれは、白の騎士の暴言で傷ついたあの子が、逃避行に走ったと見るべきでしょう。まったく、あの子見かけによらず繊細なのよ」
帽子屋を擁護する発言をしたハートの女王を見て、白の騎士は騙されているんだと強い口調で訴えます。
「繊細な人間があんな言動はとりません。大体、あの程度の事を言われたからと言って姿を消すはずありません。もし自分が原因だというなら、姿を消せば自分に注目が集まると考えての行動です。人の気を引くためにこんな騒動を起こして・・・!」
痛みに顔を歪めながらも、白の騎士は帽子屋を責めました。
「アイツがそんな大層なことを考えるわけがないだろう」
さすがのチェシャ猫もあきれ顔。ついでに石の枚数を追加するようジャバウォックに命令します。
「あんな、王に対しても、尊大な態度をとるあの男ならおかしくはない!」
辺りが再び静寂に包まれます。
「貴方、本気でそう考えてるのね」
静寂を破ったのは、ハートの女王。その目には呆れが浮かんでいます。
ついでにジャバウォックに石の枚数を増やすように命令します。
「おい、ハートの王と女王、白の王と女王。帽子屋の探索はお前たちに任せる。赤の王と女王にも手伝わせろ。私はこの男をしばらく借りるぞ」
「どうする気なのチェシャ?」
これからもっと石を増やそうと思ったのに、という顔でハートの女王が問いかけます。
確かに、どこまで耐えられるか見てみたい気もしますが、それでは話が進みません。
「確かにこいつの言動でアイツは傷ついたかもしれないが、こいつの言うことも一理ある。言葉の刃で傷ついたからと言って私の魔王が、 この私に何も告げずに姿を消すはずがない。それに、私が感知できない理由にもならない。ならば私は別の方向から探るのさ、こいつとな。」
そう言いながらチェシャ猫は白の騎士の肩に手を置きます。
すると、二人の姿がふっと消え去り、辺りには十露盤板と伊豆石がぶつかる音だけが残りました。
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