帽子屋の冒険 第4話   

次に目に浮かんだのは書棚と机とベッド、そしてソファとテーブルと洋服箪笥だけのシンプルな部屋の中でした。
チェシャ猫の部屋でしょうか?でも女性らしさは全くありません。
「居ないか」
横に立っていたチェシャ猫がぽつりと呟いた後、部屋を出て行きました。
白の騎士も後に続いて外に出ると、続き部屋は居間のようでした。
奥には広々としたキッチンが見えます。
キッチンの前には長方形のテーブル。その上のモノに白の騎士は覚えがありました。
そう、それはあの日のお茶会のテーブル。
白いテーブルクロスが無いだけでまったくあの日と同じもの、同じ配置でした。
呆然と立ち尽くす白の騎士を余所に、チェシャ猫は他の部屋も探します。
白の騎士もさすがに気がつきました、ここは帽子屋の家だったのです。
魔法のように現れたり消えていましたが、魔法でその場で作ったり、その場で消したわけではなく、テーブルの上の物だけ、こことあの場所を移動していたのでした。
「やはり居ないな」
チェシャ猫が戻ってきて、溜息をつきました。
「よし、白の騎士。私はお前と一緒に移動したために少し疲れた。帽子屋の部屋で休んでいるからここの物を片づけておけ」
片手を腰に、肩で手テーブルを指さしてチェシャ猫は命令します。
「なんで僕が」
「なんだ、嫌か?なんならハートと白と赤の王から命じてもらうか?」
「君にそんな権利」
「あるに決まっているだろう?たとえ王族でも私の願いを無碍に断れない。なぜなら私はチェシャ猫だから、な」
チェシャ猫は不敵に笑うと、食器洗い用の洗剤とスポンジ、ゴミ袋を取り出しました。
「汚れがこびり付いてるな、食器はここに30分ほど漬け込んでおけ」
と、漂白剤を適量まぜた水桶も用意していきます。
食器籠と食器用の布巾数枚も、まるで自分の家のようにてきぱきと用意します。
あとで帽子屋に怒られるのは嫌なので、この辺はしっかりと指示を出してから、チェシャ猫は帽子屋のベッドに潜り込むと、すぐに眠りにつきました。
流石に眠った女性を起すわけにもいかず、白の騎士は不貞腐れながらも言われた通りに洗い始めました。
遺されたケーキやクッキー、ビスケットにシュークリーム。
全てカビが生えていて、食べることはできません。
白の騎士は勿体無いと思いながらもゴミ袋へと捨てていきます。
ふと壁を見ると、カレンダーに自分の名前が書かれていることに気がつきました。
白の王と白の女王、赤の騎士、そして白の騎士名前の後ろには丸の中に初の文字。
そのカレンダーの下にある腰ほどの高さの棚の上には、広げられた手帳が置かれていました。
食器類を漬けている間、やることの無くなった白の騎士は、その手帳を手に取ります。
そこには、その日テーブルの上にあったお菓子の名前がずらり。
白の王・白の女王・赤の騎士と、それぞれ書かれた下には、それぞれのテーブルの前にあったお菓子が。
白の騎士は初、いろいろ。と、書かれた下にあるのは、先ほど白の騎士が捨てたお菓子の名前が書かれていました。
白の女王と赤の騎士が、白の騎士の前の物も食べていたので全部ではないけれど、捨てられたのは白の騎士と書かれたものだけでした。
手帳の別のページを見ると、招待客に合わせたメニューがずらり。
暫くぱらぱらと捲った後、手帳が乗っていた棚が書棚だという事に気がつきました。
そこに並んでいるのは全てお菓子の本。沢山付箋がつけられた本が殆どですが、中には帽子屋の手書きの本も混ざっています。
「なんだ、ガタガタとうるさいからてっきり泥棒でも入ったのかと思ったぞ」
慌てて振り向くと、眠い目を擦りながら、チェシャ猫がするりと近づいていました。
「ほう、料理に興味があるとは思わなかったぞ、白の騎士」
チェシャ猫は、白の騎士が持っていた帽子屋手書きレシピ本を、不機嫌そうに取り上げると棚に戻します。
「ティーパーティーのお菓子って、全部彼が作ってたの?」
「当前だろう?あの帽子屋が客を饗すのに、その辺で買ってきた物で済ませるはずがない。とはいえ、全部毎日作ってるわけではないが」
そう言いながらチェシャ猫はヤカンに水を入れて火に掛け、大きな冷蔵庫を開けます。
そこには色とりどりのお菓子がずらり。
「流石にケーキはワンホールで作るからな。1度の茶会で出るのは一切れ、残りは別の日だ。それに毎日あれだけの種類を作っていたらアイツの体力が持たない」
強力な魔法使いが作ったというこの冷蔵庫に入れておけば、味も鮮度も落ちることがないというのです。
「ちっピザが切れているじゃないか・・・仕方ない。ケーキでも食べるか。お前も何か食べるか?」
「・・・じゃあプリンを」
チェシャ猫はいくつかのケーキとエクレアを皿に取り、プリンを持って居間のテーブルへと運びます。
「湯が沸いたら持ってきてくれ」
と、てきぱきと紅茶の用意も始めたので、白の騎士は湧いたお湯を持って居間へ向かいます。
お湯を入れ、蒸らし終えた紅茶を二つのカップに注ぐと、チェシャ猫はいただきますと、さっさとケーキにフォークをさしました。
「アイツのような紅茶は期待するな。飲めるだけありがたいと思え」
「・・・頂きます」
スプーンで掬って一口含むと、あの日と同じ美味しさのプリン。
甘いものが苦手な白の騎士もこのプリンは気にいっていました。
「しかし、プリンを選ぶとは目が高いぞお前。それはな、アイツの最高傑作の一つだ。」
「そうなの?」
「なにせ帽子屋の好物だからな。」
ぺろりと食べきった白の騎士にチェシャ猫はエクレアを差し出します。
「甘いものが苦手なんだろう?それもそんな奴のために改良に改良を重ねた絶品エクレアだ。騙されたと思って食べてみろ」
白の騎士は素直にエクレアを受け取り、一口パクリ。
「・・・美味しい」
「だろう?」
チェシャ猫は我が事のように喜びます。
紅茶のお代りを注ぐと、チェシャ猫は真剣な眼差しで白の騎士を見据えました。
「お前がどんなイメージを帽子屋に抱いているかは、さっきので解っている。だが、それが本当に帽子屋の姿なのか?お前の勝手なイメージではないのか?」
「偉そうな態度をとったりしていたのが、僕の勝手なイメージだと?」
ここに来てから、今まで抱いていた帽子屋のイメージが解らなくなってきていましたが、白の騎士は自分は間違っていないと思っています。
「茶会の後も、その態度のままだったか?思い出してみろ。お前は茶会終了後も話をしたのだろ?」
ふーふー、と熱いお茶を冷ましながらチェシャ猫は話しかけます。猫なので当然ですが猫舌なのです。
「・・・たしかに、お茶会の後は喋り方が大人しくなったような」
お茶会の後の帽子屋を思い出すと、たしかに尊大な物言いでもなく、低い声でもありませんでした。
「珍しいことだぞ、ゼロモードではない帽子屋が、初対面の人間と会話をするなんてな」
「どういうこと?」
「あいつはな、人見知りの恥ずかしがり屋なんだよ。慣れていない人と会うときは、仮面をしなければならないぐらいな」
「仮面?彼素顔だったけど?」
「心の仮面だ。尊大な態度、偉そうな口調、低めの声、悪としか思えないような笑顔と笑い声。これは、お茶会専用の仮面でな。私たちはゼロモードと呼んでいる。」
帽子屋の偉そうな態度は演技だと言われ、白の騎士は驚きました。
-まったく、あの子見かけによらず繊細なのよ。-というハートの女王の言葉を思い出しました。
「とはいえ、普段のあいつもツンデレだからな。私には大した違いは感じられないんだが、他の者からは別人に見えるらしい。 三月ウサギは、ゼロモードの帽子屋に忠誠まで誓う始末だ」
普段の帽子屋とは、タメ口を聞く三月ウサギは、お茶会時は、ああ、ゼロかっこいい!と、頬を染めているのです。
その様子を想像できない白の騎士は目を見開きました。
なにせ三月ウサギは白の騎士にとって天敵のような存在です。
白の騎士と同じく、曲がったことを嫌う性質の彼女が天上天下唯我独尊を地で行くような帽子屋を慕うとは考えられません。
「べつに、お前にあいつを理解しろとか、友達になれなんて、これっぽっちも欠片も思っていないから安心しろ。ただ、今はその先入観を捨てて手伝え」
もしかしたら、自分は間違っていたのだろうか。未だ納得はできない白の騎士ですが、ここは頷くことにしたようです。
「さて、ではさっさと洗いものをすませろ。私はもうひと眠りしてくる。」
チェシャ猫はベッドに戻り、白の騎士は台所へと戻りました。
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