帽子屋の冒険 第5話    

さてさて、騒ぎの元凶である帽子屋は今どこにいるのでしょう?
実はその頃帽子屋は、切株の上に腰を下ろし、ぼーっと空を見上げていたのです。
自分が居なくなったことで、そんな騒ぎになっているとは想像すらしていません。
心配するとしても、ピザ目当てのチェシャ猫ぐらいだと思ってるのです。
彼は自分の事をとことん過小評価していました。
今、彼の頭を占拠しているのは、今自分の身に起きている現象の事でした。
なんとこの帽子屋、今は手のひらサイズに体が縮んでいたのです。
しかも二頭身。まさにあのきゅ○キャラの帽子屋です。
「・・・なんでこんなことに」
視点が低すぎて、今何処にいるのかさえ分かりません。
周りに咲く植物や木の実から、おそらくは北の方だろう、ということが分かる程度です。
頭のいい帽子屋ですが、流石にこの状況を打開する考えは浮かびませんでした。
こういう事は芋虫に聞くのが一番ですが、そこに行き着くまでに、この姿を人前に晒すなんてできません。
この姿を、恥以外の何物でもないと考えているのです。
人見知りで恥ずかしがり屋なだけではなく、彼のプライドはエベレストのごとく高いのでした。
なんとか自力で芋虫の元へ辿りつこうと、ひたすら南へ向かいます。
幸い今は実りの季節。木の実を食べることで、食料と水の確保はどうにかなりました。
夜は樹の幹の隙間に潜り込むことで、獰猛な獣から身を隠し、なんとか乗り切ることが出来ました。
すでにこの状態となって数日が経過していますが、なかなか目的地は近づきません。
体も小さく、元々体力の無い帽子屋は、すぐに体力が尽き、短い距離で休憩を繰り返していました。
草木に足を取られて転び、物音に驚いて転び、道を塞ぐ石や木を乗り越えようとして滑り落ち、帽子屋はもうぼろぼろで、泣きそうです。
ですが、泣くなんてプライドが許しません。頭を振って気持ちを切り替えます。
「ああ、忌々しい!大体なんでギアスが使えないんだ!」
そうなのです。帽子屋が持っていた瞬間移動能力、通称ギアスが使えないのです。
瞬間移動・透明化といった特殊能力、通称コードを持つ者が他者に与えることで発現する力、それが瞬間移動能力ギアスです。
帽子屋はチェシャ猫からピザの代金代わりに、そのギアスをもらいました。
チェシャ猫とV.V.がこの国のコード能力者なのです。
この国のギアス能力者は帽子屋と、ハートの王と女王、ハートのエース騎士・通称ナイト・オブ・ワンの4人。
便利なため、皆が欲しがる能力ですが、制御も難しく、犯罪に使われかねない危険なものなので、チェシャ猫も∨.∨.も簡単にはくれません。
そんな便利な能力を持っていても、こういう時に使えなければ意味が無いと、帽子屋は嘆息しました。
帽子屋は休み休みとはいえ頑張って歩いていたのですが、再び体力がつき、手近な木の根に寄りかかります。
「誰なんだ、あの男」
澄み渡る青空を見上げながら帽子屋はあの日の事を思い出しました。


白の王・白の女王・赤の騎士・白の騎士を呼んだ<なんでもない日のティーパーティ>を無事に終えたあの日。
テーブルクロスを畳み終え、テーブルとイスの位置も完璧に直し、さて、家に戻るかと思ったその時です。
「み~つけた~」
後ろから聞き慣れない声が聞こえました。
帽子屋は慌てて振り返ります。
そこにいたのは長身銀髪に真っ白な服、黒いサングラスの、歪んだ笑みを浮かべた見知らぬ男でした。
「誰だ貴様!」
帽子屋は慌てて身構えますが、運動が得意ではない帽子屋では、白い男の速さには敵いません。
あっという間に白い男は片手で帽子屋の顔面を鷲掴みしました。
「遅いよ~、帽子屋。僕からチェシャ猫を奪った罰だよ。さ・よ・な・ら」
その瞬間帽子屋の姿はその場から消え去り、後に残ったのは狂気の笑いを高らかに上げる白い男のみ。
そして気が付いたら帽子屋は今の状態となっていたのです。


「あの白い男もギアス能力者、しかも俺がチェシャ猫を奪っただと?」
チェシャ猫はギアスをくれた唯のピザ好き女です。
最近は連日帽子屋の家に居座り、大好きなピザを食べ、だらだらと過ごす至福のひと時を過ごしていました。
帽子屋から見れば、いつの間にか勝手に居座った野良猫のようなもの。
奪った覚えなどありません。
ここで帽子屋は243通りの可能性を思い浮かべます。
一つ一つその可能性をつぶしていくと、ある答えに行きつきました。
「あいつが、バンダ―スナッチか?」
そう、バンダ―スナッチもギアス能力者でした。
以前チェシャ猫が能力を与えたのですが、チェシャ猫に恋をしたバンダ―スナッチは、そのギアスを最大限活用し、チェシャ猫のストーカーとなってしまったのです。
昔から交流のあるハートの女王の計らいで、バンダ―スナッチは不思議の国から追放され、V.V.とチェシャ猫はバンダースナッチのギアスを封印し、この国に立ち入ることができないようコードを使いました。
おかげで今まで通り、チェシャ猫はのんびり暮らせるようになったのです。
「V.V.とチェシャ猫のコードを打ち破ってこの国に戻ったのか。すさまじい執念だな。しかしギアスは封じたんじゃなかったのか?」
帽子屋は、あんなピザ女のどこが良いんだと悪態をつきながらも、段々チェシャ猫の事が心配になってきました。
上位能力であるコードを持つチェシャ猫自身に、ギアス能力者が何かできるとは思えませんが、怯えているかもしれません。
いつも偉そうで、怖いもの知らずなチェシャ猫が、ビクビクと公爵夫人やハートの女王の背に隠れていた、という話を思い出したのです。
「ええい!こんな所でのんびりしていられるか!」
帽子屋は痛む足にムチ打ち、再び歩き始めました。
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