帽子屋の冒険 第6話    

その頃、チェシャ猫と白の騎士は、お茶会の会場にいました。
テーブルとイスは整えられていますが、そのテーブルの上に、折りたたまれた白いテーブルクロスが置いてあります。
「見ろ。アイツがテーブルクロスを置きっぱなしにするなどあり得ない。ここで何かあったとみるべきだな」
白の騎士は、そのテーブルクロスを帽子屋が畳んでいるところを見ていました。
つまり、帽子屋に何かがあったのはその直後となります。
誰かの危機に気が付けないなんて、騎士として失格だと唇を噛みました。
その時です。
「・・・っ!チェシャ猫、僕の後ろに!」
突然、白の騎士の表情が一変しました。
チェシャ猫は、その真剣な声に逆らう事なく、白の騎士の後ろへ身を隠します。
すると、突然男が目の前に現われました。
「バンダ―スナッチ!」
チェシャ猫は目を見開いて驚きの声をあげました。
「バンダ―スナッチ?ハートの女王が追放したっていうあの?」
白の騎士も話には聞いていました。ギアスと言う瞬間移動能力を使い、このチェシャ猫を追いつめた男です。
ハートの女王の機転で、追放し、能力を封じて終わりましたが、もう少しで国を挙げての争いになるところだったのです。
白の王と白の女王も二度と名前も聞きたくないと憔悴していたのを覚えています。
「戻ってきていたのか。しかもギアスが使えるだと!?」
「うん、戻ってきたよチェシャ猫!僕が居なくて、寂しかったよね、でももう、これからはず~っと一緒だよ!」
バンダ―スナッチはサングラスを外し、満面の笑みで両手を広げ、チェシャ猫に話しかけました。
「かわいそうなチェシャ猫。帽子屋なんて悪い男に引っかかってさ。でも、もう大丈夫だよ、あいつは僕が片づけたから!」
その言葉に、チェシャ猫と白の騎士の顔が青ざめます。
「おまえ、帽子屋に何かしたのかバンダ―スナッチ?」
チェシャ猫は出来るだけ冷静な声音で問いかけます。
「うん!褒めてチェシャ猫!帽子屋は僕がやっつけたよ!」
笑顔でバンダ―スナッチは答えますが、その笑顔は普通ではありません。
その瞳は淀み、その口元は歪み、まさに狂気という言葉がふさわしい表情でした。
白の騎士はバンダ―スナッチの異常さに、警戒心をさらに強めます。
「何を、したんだ?バンダ―スナッチ」
「だ~か~ら~、片付けたんだよ!言っただろ?」
両手を広げたまま待っていたバンダ―スナッチは、いつまでも自分の腕の中に飛び込んでこないチェシャ猫、に苛立ちを感じ始めました。
「どう、片付けたんだ?バンダ―スナッチ」
「ってかさ~チェシャ猫、その男、誰?今度はそいつが僕とチェシャ猫の邪魔をするの?お前が居るからチェシャ猫は僕のところに来れないんじゃないか! そうだ!そうだったんだ!でなければチェシャ猫が僕の愛を受け入れないはずがない!お前が!お前さえいなければ!!」
バンダ―スナッチは狂気と憎しみに染まった目で白の騎士を睨みつけます。
一歩、バンダ―スナッチは近づいてきました。
チェシャ猫と白の騎士は一歩後ずさります。
「チェシャ猫、僕と一緒に遠い国に行こうよ。僕、家を買ったんだ。真っ白な家。きっと君も気にいるよ。大丈夫、ギアスを使えばすぐ行けるよ」
また一歩近づきます。
白の騎士とチェシャ猫も一歩下がります。
「忘れたか、バンダ―スナッチ。私にはお前のギアスは効かない。だが私のコードはお前に効く。その意味は理解るな」
「ああ、そうだったね~じゃあ、歩いていこう?その男は邪魔だからすぐに片付けるよ」
突然バンダ―スナッチの姿が消えたかと思うと、白の騎士の後ろに姿を現しました。
白の騎士の頭を鷲掴み、チェシャ猫の腕を捕まえます。
「じゃあね。さ・よ・な・ら」
その瞬間、白の騎士は姿を消しました。
後に残ったのは狂気の笑いを高らかに上げるバンダ―スナッチと、囚われたチェシャ猫のみ。


「ここは?」
気がついたら、白の騎士は見知らぬ森の中にいました。
その上、自分の姿は二頭身。大きさも手のひらサイズです。
これがバンダ―スナッチの片付けた、なら、帽子屋もきっと同じ目にあったのでしょう。
何か手掛かりは無いかと白の騎士は辺りを見回します。
今立っているのは、どうやら獣道のようでした。
周りには自分の背丈以上の草が生い茂り、まだ日が高いはずなのにいつも以上に薄暗く感じます。
ふと、足元をみると自分と同じぐらいの小さな足跡が。帽子屋の足跡だろう。と、白の騎士はその足跡の匂いを嗅ぎました。
実は白の騎士は、昔から犬のようだと言われるぐらい鼻が良いのです。
立ち上がり、辺りの匂いを嗅いだ後、迷うことなく白の騎士は走り出しました。
帽子屋が行方不明になってかなりの日数がたっています。
この大きさで森の中を彷徨っているとしたら大変危険です。
見るからにモヤシっ子な帽子屋は、森の獣に襲われたら一溜りもありません。
食事や水も手に入れることが出来ずにいるのかもしれません。
白の騎士の気持ちは焦ります。
帽子屋だけではなく、チェシャ猫も大変危険なのですから。
はやく、はやく、はやく!心の中で呪文のように唱えながら走り続けます。
小さな体では道端の石ころや普段気にしないような木の根でさえ障害物として立ちはだかります。
しかし、白の騎士はスピードを緩めることなく、まるで一陣の風のごとく、障害など無いかのように走り続けました。


一方その頃チェシャ猫は、目の前で消えた白の騎士に一瞬意識を奪われはしたものの、即座に気持ちを切り替えました。
腕を掴んでいるバンダ―スナッチと一緒にコードの力で瞬間移動したのです。
移動先はハートのお城。
突然チェシャ猫が現れるのはいつもの事。
でも、いつもは音も気配も消して、するりと現れるチェシャ猫が、謁見の間の真ん中に突然現れたのは初めての事。
そのことに周りにいた者たちは大変驚きました。
しかもチェシャ猫の腕を捕まえている長身の白い服の男が居るのです。
「バンダ―スナッチ!!」
いつも冷静なハートの女王が驚きの声を上げます。
「女王!こいつだ!こいつが帽子屋を!白の騎士まで・・・!」
チェシャ猫は悔しさのあまり泣き出しそうな声音でハートの女王に叫びます。
こんなチェシャ猫を見るのは初めてです。
「あなた!」
「うむ!」
即座にハートの王とハートの女王はギアスによる瞬間移動を封じるため、バンダ―スナッチに対しギアスを発動します。
瞬間移動の応用で、バンダ―スナッチの瞬間移動を一時的に抑えるのです。
しまった!と慌ててギアスを発動しようとしたバンダ―スナッチでしたが、もう手遅れでした。
即座にナイト・オブ・ワンとナンパ・オブ・スリー・・・赤の騎士がバンダ―スナッチからチェシャ猫を奪います。
V.V.も現れ、これでコード能力者も揃いました。
これでチェックメイトです。
「さて、バンダ―スナッチ。私の愛しい魔王に何をしたか話してもらおうか」
地を這うようなチェシャ猫の低い声音に、周りにいたものは身震いしました。
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