帽子屋の冒険 第7話 |
ハートのお城で犯人が取り押さえられた頃、帽子屋は危機に瀕していました。 獰猛な狼に追い詰められていたのです。 手のひらサイズの帽子屋は、木の根の隙間に隠れて、出来るだけ身を縮め、両手で帽子の縁を握りしめ、ただ震えていることしかできません。 狼はその鋭い爪で地面を掘り返し、とうとう帽子屋を根の隙間から掻き出すことに成功してしまいました。 狼の爪はどうにか避けましたが、その前足の力で帽子屋は木の根の隙間から転がり出ます。 コロコロと転がり、地面に突っ伏した帽子屋を見て、狼がにやりと笑い、大きな口を開きました。 「死ぬのか、こんな場所で俺は!!」 帽子屋は帽子の端を握り、ぎゅっと目をつぶりました。 その時です。 風の鳴る音が辺りに響いたかと思うと、小さな竜巻が狼めがけて飛んで行きました。 その竜巻は狼と比べると、とてもとても小さなものでしたが、あっという間に狼を吹き飛ばします。 その姿をあっけにとられて見ていた帽子屋ですが、次の瞬間、地面に降り立ったその竜巻の風の力で上空に飛ばされてしまいました。 「ほわぁぁぁぁぁぁぁぁ」 素っ頓狂な悲鳴が辺りに響き渡ります。 次第にその威力を弱めた小さな竜巻をよく見ると中心に人が居ました。 そう、この竜巻はあの白の騎士だったのです。 白の騎士の得意技、陽昇流誠壱式旋風脚の横回転バージョン、陽昇流誠壱式旋風脚・改(別名:竜巻旋風脚)だったのです。 完全に回転が止まったその場所で、ビシッと決めポーズを取った白の騎士は、辺りを見回します。 竜巻、いえ、白の騎士の蹴り技で飛ばされた狼は、木の幹にぶつかり白目をむいて倒れていました。 その狼に襲われていた帽子屋が居たはずですが、その姿が何処にもありません。 「まったく、せっかく助けに来たのに、逃げなくてもいいじゃないか」 まさか自分の技で吹き飛ばされたなんて欠片も思っていない白の騎士は、両手を腰に当ててぷんぷんと怒ります。 仕方がないと、クンクンとあたりの匂いを嗅ぎましたが、ここから動いたような匂いがありません。 白の騎士はどういう事だと頭を傾げます。 そんなとき、上空から何かが落ちてくる音に気がつきました。 見上げると帽子屋でした。 「え?なんで?」 白の騎士は驚きながらも難なく帽子屋を受け止めます。 「ねえ、君大丈夫?」 帽子屋の顔をのぞき見ると、顔面蒼白で完全に意識がありません。 ピクリとも動かない帽子屋に、白の騎士も大慌てです。 誰かに助けを求めたくても、この状態の帽子屋を一人置いていくことも、抱えて走ることもできません。 帽子屋が目を覚ますまで、どこか安全な場所で休ませることにします。 「と、とりあえず水場を確保しよう。」 白の騎士は、帽子屋を背負い、出来るだけ振動を与えないよう、水場を目指して慎重に移動しました。 帽子屋が別の意味で危機に瀕している時、ハートのお城ではバンダ―スナッチにチェシャ猫がやさしく語りかけていました。 「そうか、バンダ―スナッチ。お前はいい子だな。」 「うん、僕はいい子だよチェシャ猫!ああ、やっぱりチェシャ猫は僕の事を誰よりも理解ってくれるんだ!」 目をキラキラと輝かせながらバンダ―スナッチはチェシャ猫を見つめます。 ハートの女王の後ろに隠れ、顔を半分だけ見せている状態のチェシャ猫ですが、バンダ―スナッチは照れてる君も可愛いね、と前向き思考です。 亀甲縛りで縛られた上に、十露盤板のうえに正座をし、伊豆石を膝に二枚乗せているため、若干顔は苦痛に歪んでいましたが、とても幸せそうでした。 強い口調で問い詰めても、バンダ―スナッチはチェシャ猫は僕のだ、僕のチェシャ猫を奪う気かと暴れて手がつけられないため、太陽と北風作戦よ!というハートの女王の提案で、チェシャ猫が優しく話すこととなったのです。 「それで?教えてくれないか?お前のギアスは確かに私とV.V.が封じたはずなのに、お前はどうやってその力を取り戻したんだ?」 若干顔を引き攣らせながらも、まるで母親のような笑みでチェシャ猫は話しかけます。 「チェシャ猫、そんなことよりも、今は帽子屋と白の騎士を何処に飛ばしたのかの方が大事だよ」 V.V.が聞くべきはそちらだとチェシャ猫に指摘します。 そのV.V.の様子に、ハートの王が違和感を感じました。 強面で、威圧感があり、威厳たっぷりなハートの王ですが実は内面は繊細で、その心臓はガラスのハートなのです。 そのせいか人の嘘には敏感で、V.V.が何かを誤魔化していることに気がつきましたが、指摘できず困ってしまいました。 無表情で鎮座しているようにしか見えないハートの王のわずかな変化に気づき、ハートの女王はピンときました。 「V.V.あなた、バンダ―スナッチに何かしたわね?」 ハートの王と違い、心臓に毛が生えているハートの女王はズバリ言い切ります。 「え?な、なに言ってるのハートの女王。僕が何かするはずないよ」 その様子に、付き合いの長いチェシャ猫は優秀な頭脳をフル回転させ、答えを導き出しました。 「まさかお前、バンダ―スナッチにギアスを与えたのか?」 「ああ、チェシャ猫!やっぱり僕の事は何でも解るんだね!V.V.もチェシャ猫は僕のだってようやく認めてくれて、それでまた、ギアスを手に入れることができたんだ!」 チェシャ猫が自分の事を考えてくれていると、大喜びでバンダ―スナッチは答えます。 その様子にいらっとしたハートの女王は石を増やすように命令しました。 「で、V.V.どういう事なの?」 バンダ―スナッチの悲鳴は聞き流し、ハートの女王の指示でハートの騎士が詰め寄ります。 「えーと、その。バンダ―スナッチが反省したって、もう二度とあんなことはしないって泣きながら言ってくるからさ」 その言葉に、ハートの王は表情を崩さずに反応します。 誰にもわからないその変化に、気が付くのはハートの女王。 「違うでしょ、V.V.。本当の事を言いなさい。あなたのために帽子屋と白の騎士が危険な目にあっているのよ」 赤の王と女王の命令で、赤の騎士もV.V.に詰め寄ります。 白の王と女王はその様子をただじっと見つめています。 「本当だよ、信じてよ!ね、ハートの王、君なら信じてくれるよね!?」 V.V.は本当の事を言おうとはしません。 「また、V.V.は儂に嘘を・・・」 ハートの王は明らかに落ち込んだような声で呟きました。 その声を聞いたV.V.は、ハッとしてハートの王を見つめます。 「ごめん・・・ハートの王・・・僕は君に嘘を吐いた。」 V.V.はハートの王の視線から逃れるため、顔をそむけながらつぶやきました。 実はこの幼い姿のV.V.は、ハートの王の双子の兄なのです。 幼いころ、悪いコード能力者(魔法使い)の力で、V.V.の体にあるハートが欠け、その為にV.V.の体は幼い体のままで成長を止めたのでした。 バンダ―スナッチは、V.Vが長年探していたハートの欠片を持っている、とV.V.に持ちかけたのです。 V.V.は思案しましたが、その誘惑には勝てませんでした。 とうとうバンダ―スナッチにギアスを与えてしまったのです。 ギアスを手に入れたバンダ―スナッチは、狂気の笑いと共にその姿を消し、騙されたと気づいた時には手遅れでした。 その告白を聞いて、流石のハートの女王もV.V.を責めることができません。 チェシャ猫もV.V.の苦しみを長年見ているため、何も言えませんでした。 ハートの王は無言で玉座から立ち上がり、ぽたぽたと涙を流すV.V.を優しく抱きしめました。 ごめんなさい、ごめんなさいと泣きながら謝るV.V.の頭をなでながら、優しく抱き上げると、そのまま玉座へ戻ります。 泣きじゃくり、しがみつくV.V.を膝に乗せたハートの王は、バンダ―スナッチを見据えました。 その瞬間、周りの温度が一気に下がり、ハートの王の威圧感が辺りを包みます。 こんなハートの王を見たことは今までありません。謁見の間にいた者は無意識にごくりと固唾をのみました。 ハートの女王はチェシャ猫を促すと、チェシャ猫は頷き、再び話しかけます。 「それで、バンダ―スナッチ。V.V.のハートの欠片はどこにある?」 声に怒りがこもらないよう、努めてやさしく語りかけます。 「知らないよ?そう言えばギアスをくれるって思ったから言っただけだよ」 拷問の痛みで顔を青ざめながらも、にこにことバンダ―スナッチは言いました。 すると、V.V.の体はびくりと震え、その後再び泣きだしました。 |