帽子屋の冒険 第8話 |
「・・・そうか、では帽子屋と白の騎士は何処に飛ばしたんだ?」 目が鋭くなるのをどうにか押え、チェシャ猫は問いかけます。 「ん~多分だけど、北の森のどこかだと思うよ?白の騎士も帽子屋の辺りに飛ばしたし。でも、多分死んでるよもう」 「死んでる?」 周りは水を打ったように静まり返りました。 「うん、今度のギアスはすごいんだよ!普通は瞬間移動だけなのに、僕のギアスは僕以外の移動した相手を小人に出来るんだ!」 凄いよね!と、新しいおもちゃを自慢するかのように言うバンダ―スナッチの言葉に、血の気が引きました。 「バンダ―スナッチ、私に詳しく教えてくれないか?どのぐらいの大きさの小人になるんだ?」 「ん~掌に乗るぐらい。頭が大きくて体が小さくなるんだよね。二頭身ってやつ」 その大きさに愕然とします。森の獣に襲われたら一溜りもありません。 帽子屋は姿を消して既に日にちがたっている上にあの体力の無さです、生き残っている方が奇跡でしょう。 「赤の騎士、城へと戻り急いで兵を率いて北の森へ向う準備を整えなさい」 「イエス・ユアハイネス!」 赤の王が即座に赤の騎士に命じます。 愛馬トリスタンに跨り、赤の騎士はハートの城を飛び出しました。 「ナイト・オブ・ワンよ」 「イエス・ユアマジェスティ!」 ハートの騎士がハートの兵を引連れて出立の準備へと向かいます。 「我らも急ぎ城へ戻り、準備をしよう」 せめて白の騎士だけでも助け出さなければなりません。 既に日は傾き、辺りは暗くなってきています。 「踏み潰しては事だからね。捜索は日が昇ってからになるだろう。捜索の指揮は私が取ろう。」 この中で一番冷静な赤の王は各々が闇雲に探すのではなく、統制を取るべきだと言い、ハートの王と女王、白の王と女王は赤の王に任せることにしました。 赤の王は女王と、白の王と女王と共にハートの城を後にします。 一番星が見え始めた空を見上げて、チェシャ猫は帽子屋の無事を祈りました。 そんなシリアスな展開になっているとは知らない白の騎士は、焚火で自分の身長ほどの魚を焼いていました。 この見るからに貧弱で、背負ってみたら驚くほど軽かった帽子屋は、食事もろくに取れていないだろうと判断し、食料確保を優先したのです。 近くで川を見つけ、焚火の準備をし、魚を捕まえた頃には辺りは暗くなっていました。 帽子屋は未だ目を覚ましていません。 魚もいい感じで焼け上がった頃、いつまでも目を覚まさない帽子屋に痺れを切らした白の騎士は、帽子屋の帽子で水を掬い、その水を勢い良くばしゃりと顔に掛けました。 「ふわぁぁぁぁぁっ!」 あまりの冷たさに帽子屋は飛び起きます。 そして今の状況が解らず、きょろきょろとあたりを見回しました。 「よかった。もう目を覚まさないんじゃないかと心配したんだよ」 声のする方を見ると、自分と同じような姿になっている白の騎士。 帽子屋は、あまりのイレギュラーに思考を停止してしまいました。 「大丈夫?どうしたの?ねえ、君っ!」 口をポカンと開けて、こちらを見たまま止まってしまったため、いきなり起したのはやっぱりまずかったのか、と白の騎士は慌てます。 しばらくすると、硬直していた帽子屋の口が動き始めました。 「なんで、お前がここに?」 白の騎士は、バンダ―スナッチの事を帽子屋に話します。 「急いでチェシャ猫を助けにいかないと」 あのチェシャ猫がどんな目にあわされているか・・・と、白の騎士は唇を噛みしめながら言いました。 その姿を見ながら帽子屋は魚をパクリと口にしました。 話を聞き終えた後も平然としている帽子屋に、白の騎士は腹を立てました。 「君は心配じゃないのか!チェシャ猫とは一緒に暮らす仲なんだろ!それなのに!」 その言葉に帽子屋は目を見開いて驚きます。 「なっ何を言ってるんだ!あ、あのピザ女は勝手に押しかけてきて、勝手に住みついてるだけだ!!断じて一緒に暮らす仲などではない!」 耳まで真っ赤になって帽子屋は否定しました。 ゆでダコのように真っ赤になったその姿に、白の騎士は思わずごめんね、と謝りました。 「まあいい。チェシャ猫については心配する必要はない。アイツはコード能力者だからな。ハートの城に飛びさえすれば、王と女王、そして騎士が守るだろう」 「コード?よく聞くけどそれって何なの?」 不思議の国の七不思議のひとつだというのに、知らないのかと帽子屋は思わず呆れてしまいます。 「簡単にいえば、ギアスとは瞬間移動能力だ。不思議の国で持っているのは俺、ハートの王と女王、ナイト・オブ・ワンだけだ。ああ、今はバンダ―スナッチもだな」 帽子屋がテーブルいっぱいにお菓子を出したり、バンダ―スナッチが突然姿をあらわしたり、帽子屋と白の騎士をここに飛ばした能力がギアスです。 「そしてその上位の能力に当たるのがコード。この国ではチェシャ猫とV.V.が持っている。コードを持つ者は瞬間移動だけではなく、姿を消したり、 ギアスを他者に与えたり、自分が与えたギアス能力者の場所を感知したりも出来るが、多くは謎のままだ。 V.V.は昔タチの悪いコード能力者に自らのハートを傷つけられ、そのかけらを奪われたことで体が成長しなくなったというからな。 俺たちのこの姿もコードの持つ力の一つなのかもしれない」 「でも、使ったのはギアス能力を持つバンダ―スナッチなんだよね?」 「元々バンダ―スナッチは行き倒れていたときにチェシャ猫が拾った子供だ。育てていたときにチェシャ猫がギアスを与えた。 だが、チェシャ猫を自分の理想の枠に押し込め、相手の人格を無視し、ストーカーとなったバンダ―スナッチのギアスをV.V.とチェシャ猫が封じた。 そのバンダ―スナッチが再びギアスを手にした、ということは別のコード所持者がギアスを与えたのだろう。本来ギアスは一人につき1回、 つまり一人のコード能力者からしか与えられないが、今回は二人の能力者からギアスを得た。その結果瞬間移動以外のコード特有の能力が発現した可能性は否定できない」 わずかな情報で、そこまでの結論を導き出した帽子屋の頭の良さに白の騎士は舌を巻きました。 「君、すごいね。たったあれだけの情報でそこまでわかるの?」 白の騎士の素直な賞賛に、帽子屋はまた顔を真っ赤にしました。 「お前が体力馬鹿なだけだ。少し考えればわかるだろう!」 ぷいっと顔をそむけて憎まれ口を叩きます。 怒っているわけではなく、間違い無く明らかに照れているという事が解るその態度に、思わず白の騎士は吹き出します。 「もっと素直になればいいのに、そんな態度じゃ可愛くないよ?」 「ばっ!男が可愛くてどうするんだ!」 益々顔を赤くする帽子屋を見て、恥ずかしがり屋というのは本当だったんだなと、思わず笑みが零れます。 「そんなに赤くなるほど照れなくてもいいのに」 「照れて赤くなってるわけではない!これは焚火のせいでそう見えるだけだ!」 帽子屋は否定しますが、焚火のせいでないことは白の騎士にはわかっています。 急にニコニコと満面の笑顔になった白の騎士に、帽子屋は居心地の悪さを感じて、眉根を寄せました。 「なんなんだお前は。俺が嫌いだったんじゃなかったのか?」 「僕もバンダ―スナッチと同じだったんだなって思ったら、なんか可笑しくて」 「どこが同じなんだ?お前はアイツとは違うだろう」 「ううん、同じだよ。自分の抱いた勝手なイメージで枠に押し込めて、君自身を見ていなかった」 何の話だ?と帽子屋はその大きな頭をコトリと傾げました。 「あのお茶会の後、僕は君に酷い事を言っただろ?」 「それは、あの時のお前の率直な意見であって、お前の勝手な想像とは違うだろ。それに、お前の言っていたことは、別に間違っていない」 そんなことかと、当たり前のように言い放つ帽子屋の言葉に、白の騎士は思わずポカンと口を開けました。 「君、怒ってないの?僕、かなり酷いこと君に言ったよね?」 「怒る?なぜ怒る必要があるんだ?お前は俺や、白の王たちの事を思って言ったのだろう?」 「う・・・まあ、そうだけど、でも」 「俺を貶めようとしたわけでもないし、悪意を持って言われたわけでもないのに、怒る意味がわからないな」 「え、でも・・・」 眉尻を下げて、おろおろと、まるで迷子の子犬のような白の騎士を見て、帽子屋は思わず噴き出しました。 「何だお前、俺が怒っていると思ってたのか?」 おかしな奴だと、ふわりと優しい笑顔で笑う彼は、白の騎士が最初に持っていた帽子屋のイメージとは全く違うものでした。 あれだけ傷つけることを言われたら、普通は怒ったり、言った相手を悪く思うものです。 でも、彼は怒ってもいなしい、白の騎士を悪く思ってさえしていなかったのです。 こんな人、白の騎士は初めてでした。 目の前にいる帽子屋は口も態度も悪くて性格が捻くれてはいても、恥ずかしがりやで、照れ屋で、不器用な優しい人なのだと解りました。 きっとゼロモードの彼も、この彼を知った上でなら全く違って見えるのかもしれません。 そう思うと、あんなにイライラしながらお茶会に参加していたことが残念に思えました。 「そういえば君は、どの辺に飛ばされたの?」 「どの辺と言われても・・・獣道だとしか。少し歩いた先に水色の花畑があったが」 「やっぱり、僕と同じ場所か。って、ちょっと待って、君。何日も前に飛ばされたのに、まだこんな所にいるの!?」 「・・・何日も前って・・・白の騎士、お前はいつ飛ばされたんだ」 「狼がいた場所には、3時間ほどで着いたよ」 「はぁ?お前どんな脚力してるんだ!!」 「ってか君が遅すぎるんだよ!ほんとに見た目通り体力無いんだね」 呆れたように言われたこの発言には、流石の帽子屋も怒りました。 「俺の体力が無いわけじゃない!お前が化け物じみてるんだ!」 えー、と白の騎士は納得できないという顔をしましたが、それ以上言うのは止めました。 せっかく仲良くなれそうなのに、ここで彼の機嫌を損ねたくなかったのです。 「ごめんね?」 ずるいかな、とは思いつつも、眉尻を下げて、帽子屋の顔を伺うよう上目遣いで謝りました。 大抵の人はこうやって誤ると許してくれることを白の騎士は知っていたのです。 うるうると、その大きな翡翠の瞳を潤ませるその姿は、まるで耳としっぽを伏せて主人の機嫌を伺う子犬のように見えます。 あるはずのない耳としっぽが見えた気がして、帽子屋はうっ、と言葉を詰まらせました。 これは、この姿のせいでそう見えるんだ!と帽子屋は自分に言い聞かせます。 大体、俺と同い年のくせに二頭身だと可愛いとか卑怯だろう!と、子供に弱い帽子屋は、この姿にも弱かったようです。 怒りは見る見るうちに萎んでいきました。 「俺は寝る!」 不貞腐れたかのように、帽子屋は白の騎士に背を向けて、コロンとその場に転がりました。 「うん、おやすみ」 白の騎士はその小さな背を微笑みながら、見つめていました。 |