|
外側が黒で内側が赤い布でできた珍しい外套を羽織り、真っ白な珍しい着物を着た黒髪の少年は、自分を桜桃の精霊だと栗色の髪の少年に告げた。 この木に宿った人ならざるもの。 言われてみて、成る程、目を見張るその容姿ならば、その辺の人間の子供よりも人外の方が似合っているように思えた。 だが、どうにも納得出来ない。 「精霊?お前が?」 桜桃をつまみ食いしていた栗色の髪の少年は、思わず目を瞬かせた。 信じられないという様にまじまじと黒髪の少年を見つめる。 「君には解らないかもしれないが、この世界には人間以外の知的生命体もいるんだ。精霊はその一つで、本来は実体が虚ろで触れることもできない存在だが、僕の場合は桜の木に宿り実体をもつことで、人と変わらない行動を取ることも可能になる。安心していい、基本的に君たち人間が悪さをしない限り、こちらも干渉はしない」 説明しても意味は無いだろうけど。とでもいいたげな表情で、長々と説明を始めたため、栗色の髪の少年は、あわててその話を遮った。 長い話も小難しい話も説教も苦手なのだ。 「そんな小難しい言い方するなよな。俺も人間じゃなくて、桜の精だ。でも、へー、本当に同族か?人間かと思ってた」 精霊とは思わなかったと、栗色の髪の少年は、ますます黒髪の少年が気になり、まじまじと観察した。どこからどうみても人間の子供に見える。 馴染みのない異国の精霊だから、同種の存在だと認識しづらいのだろう。 でも、こんな姿の子供が一人で山奥にいる理由は理解できた。 「は?君が!?」 人間じゃないのか?と言ってきたので、栗色の髪の少年は頷いた。 「俺はあっちの山の桜の精霊。俺のいる所には、俺の同族が結構いるんだぜ?」 少年が指さしたのは、ここから離れた大きな山だった。 確かにあの辺りは何かがざわめいている気がする。 精霊、特に同族は同じ場所に集まりやすい性質があるから、あの辺りには沢山の精霊が集まり、そのため特殊な力場の土地となっているのだろうだろう。 反対にこちらの山は静かで、精霊などいないようだった。 「・・・そうか。でも、どうして隣の山まで来ているんだ?」 「あそこは煩いのがいるから、こっちに遊びに来てたんだ。それよりおまえ、昨日はいなかったよな?」 あまりその話はしたくないのかすぐに話を切ると、栗色の髪の少年は、大きな翡翠の瞳を輝かせて尋ねてきた。興味深々、好奇心旺盛。見るだけでそれが解る表情だ。 「・・・ああ。僕は今朝、この木に宿った」 「産まれたばかりじゃないよな?」 産まれたばかりの精霊はもっと小さな子供の姿だ。少なくても自分の所は。 「そうだね。僕は別の・・・こことは違う国で育ったんだ。でも、僕の宿っていた木が昨夜切り倒されてしまって」 精霊の寿命は、宿っていた木の寿命と共に尽きるのが一般的だが、木が予定外の死を迎えた場合、共に命が尽きる場合と、同種の木に移動する場合とがある。 若い精霊であればあるほど、新たな木へ移動する事が多かったが、残念なことに、どの木に移るかは自分の意志では決められない。だが、精霊は同じ場所に集まりやすいため、大抵は同族が集まる場所で目を覚ます。 とはいえ、運が悪ければ同族のいない遠い地で目を覚ます事もある。 その場合は、近くに同族どころか精霊がいないことがあるという。 その時は、一人で孤独のまま長い年月を生きることになる。 まさに目の前の少年がその状態になのだとすぐに理解できた。 「そっか、よし決めた。お前、おれの友達にしてやるよ」 そういうと、栗色の髪の少年はにっこりと笑った。 「・・・いや、僕は友達はいらない」 なんでそうなるんだと、黒髪の少年は不愉快そうな顔をし、拒否を示した。 「だってお前、一人なんだろ?だから俺が遊びに来てやるよ」 栗色の髪の少年は笑顔のまま手を差し出した。 それは少年の善意だった。 ひとりぼっちの黒髪の少年はきっと寂しいだろうから、自分が仲良くしてあげよう。 一緒に遊んであげよう。 そう思ったのだ。 だが、それは黒髪の少年はそうは受け取らなかった。 一人ぼっちで可哀そうだから、俺が相手をしてやるよ。 だって可哀そうだろ、異国でたった一人なんだから。 無邪気な子供特有の残酷さ。 黒髪の少年は悔しげに眉を寄せ、顔を歪ませた。 差し出された手には触れること無く、怒りを宿した鋭い目を向ける。 「いらない、もう君はここに来なくていい。僕は一人で平気だ!」 「はあ?何言ってんだよ。遊びに来てやるって言ってるのに!」 「同情なんていらない!もうこの木は僕の体だと解ったのなら、さっさと立ち去れ!もう二度と君の顔など見たく無い!」 同情も憐れみもいらない。 僕は一人でいい。 黒髪の少年は強い拒絶と共にそう吐き捨てた。 |