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激しい暴風雨が直撃し、木々は風に揺れ、細い枝は耐えきれず折れ、遠くへ飛んで行ってしまった。激しい風で周りの音などかき消えてしまうこんな日は、森の動物たちも体を小さくし、嵐が通り過ぎるのを待っているしかない。 だが、そんな悪天候の中、どこか落ち着かずにそわそわし、自分が宿る木から出ては風に飛ばされそうになって木に戻るという不可思議な行動をしている精霊がいて、近くでそれを見ていた精霊は大きな声で叫んだ。 「スザク!あんたねえ、こんな天気の日まで遊びに行こうとするんじゃないわよ!」 それは若い娘の姿をした美しい精霊で、自分の宿る気から体を半分乗り出しながら、近くにあるスザクに木に向かい、暴風雨に負けない大きな声で怒鳴りつけた。燃えるような赤い髪が風にあおられて乱れるのも構わずにいると、スザクも同じように身を乗り出した。 「いいだろ、俺がどこに行ったって!この木が無事なら俺は死なないんだし!」 「そういう問題じゃないわよ!私たちが弱れば木も弱るって、いくらあんたでも知ってるんでしょ!大体ね、あんた日ごろから遊びまわり過ぎなのよ!」 「カレンだって遊び回ってるじゃないか!」 「私はあんたみたいに隣の山まで行ってないわよ!」 失礼ね!と、カレンと呼ばれた精霊は顔を膨らませた。 見た目の年齢で言うなら、スザクは10歳、カレンは17歳。だから年上の忠告ぐらい聞きなさいとカレンは言うし、言っていることも間違いではないのだが、スザクは隣の山に一人ぼっちでいるルルーシュが気になって仕方がない。今日嵐になると知っていたら向こうに残ったのにと、不安げにルルーシュがいる方向へと視線を向けた。スザク達が宿る桜の木は幹も枝も太く丈夫だが、ルルーシュの桜桃は幹も枝も細く、頼りない。あんなひょろっとした体では、この嵐に耐えられないかもしれない。あちらにいれば何かで補強したりできるが、この嵐ではいくらスザクでも隣の山へ行くことは出来なかった。 ルルーシュはまだ若いから、今の木が耐えられず倒れたとしても、死なずに他の木に移る可能性が高いだろう。だが、異国の種である桜桃がこの近くにあるとは限らない。もしかしたら、彼の本来居るべき国の、同族たちの元へ戻るのかもしれない。 それは嬉しい事だが、そうなればもう二度と会う事は無い。 カレンを含め、ここにはスザクの友達がいる。だがルルーシュはいつの間にか周りにいる友達よりももっと大事な、大切な存在になっていた。 いや、初めて会ったあの日からそうだったのかもしれない。 「ルルーシュ、ルルーシュ・・・無事でいろよ」 桜の木は傷に弱いが、枝が折れた程度ならどうにでもなる。 本体が無事でいてくれれば。 もう二度と会えないなんて絶対に嫌だ。 だから絶対に無事でいろよ。 スザクの祈りの声は、嵐の音でかき消された。 「・・・そんな理由でこんな朝早くに来たのか、君は」 眠い目をこすりながらルルーシュは呻いた。 ようやく嵐が去り、周りが静かになって眠れるようになったのに、隣の山に住む桜の精であるスザクに叩き起こされたのだ。こんな時間に来るなんて非常識だとしばらく無視していたのだが、大声で叫ぶだけではなく、幹まで揺らし始めたため仕方なくルルーシュは桜桃から姿を表した。 嵐が去ったのは、ほんの少し前。 いまはまだ朝日すら登っていない、早朝とも呼べない時間帯。 眠くて眠くて仕方がないのだが、いつもはどんなに走り回っても息一つ切らさないスザクが、呼吸をするのも苦しくなるほど荒い息を吐き、大量の汗を流しながら走ってきた姿を見た以上、いいから帰れと追い返すわけにもいかない。 あの嵐で倒木になっていないか心配し、風がやむと同時に走ってきたというのだから、その優しさに胸が暖かくなるのを感じた。 「ここは酷くなかったんだな」 よかったと、荒い息を整えたスザクは、ルルーシュの桜桃を見上げた。 細い枝はいくつか折れてているが、大きな被害は見られない。 これならスザクの木の方がずっとひどい有様だ。 「いや、かなり風が強かったよ。周りの木を見てみれば解るだろう」 周りをみると、暗いからはっきりとは解らないが、多く来て太い枝が折れ、幹が倒れていたり大きく裂けている木々が幾つも目に入った。隣の山のスザクたちの場所と殆ど変わらないだけの強風が吹き荒れていた 「たしかに僕は細い木だけど、だからこそ嵐には強いんだよ」 周りの木のような太さも丈夫さもないが、その代わりに靭やかさがある。 強風に逆らうことなく、煽られるに任せて揺れていれば大きな被害は出ない。 平然と言ったルルーシュには倒木の恐怖など微塵も感じられず、理屈は解らないがルルーシュの桜桃は嵐に強いんだと、スザクは胸をなでおろした。 「それに、慌てて見に来なくても嵐に負けて倒れていれば、その時点で終わりなのだから、日が昇って明るくなってから確認に来るべきだ。・・・でも、ありがとう」 本来木の精霊は日が落ちれば眠りにつく。 だがスザクはその習性を無視し、嵐で荒れた暗い森の中を駆けつけてくれたのだ。それが嬉しくてルルーシュは素直にお礼を言った。 まるで大輪の花が花開いたような、そんな美しい笑顔を向けられ、スザクは思わず顔を真っ赤にし、声を詰まらせた。何より、ありがとうなどルルーシュに言われたのは初めてで、それが何より嬉しかった。 「・・・まあ、その、無事ならいいんだよ!無事なら!」 思わず顔をそむけ、大きな声で言うスザクは明らかに照れていて、ルルーシュはくすくすと笑った。ルルーシュの無事を確認出来て安心したのか、緊張の解けたスザクはふわぁ~と、大きな欠伸をした。 空を見上げると、まだ日が昇る気配は無い。 「俺、帰る。またあとで来るから」 「また来るって・・・今から戻っても、眠る時間がないだろう。・・・仕方ないな、今日は僕の所に泊っていくといい」 「・・・は?」 「ほら、こっちに来い」 ルルーシュはスザクの手を引っ張り、木の中へと足を踏み入れた。 「うわっ!?」 突然のことに驚き、バランスを崩したスザクは、引かれるままに木の中へ転がるように入った。木の中は思ったよりも広くて温かい。何より、優しく甘い香りがした。 精霊の宿る木に他の精霊を招き入れることは可能だが、よほど親しくなければ招き入れる事は無い。何せ木は精霊の第二の体と言っていい為、他人を入れたくないというのが一般的だ。それだけルルーシュが受け入れてくれているんだと、スザクの頬に熱が集まり、眠気は一瞬で覚めてしまった。 「慣れない木の中では眠リにくいかもしれないが、今日は我慢して休むんだ」 あんなに遠い場所を往復するよりはずっといいだろう? 「え?あ、うん、そうだな!」 「・・・僕はもう寝るから、静かにするように」 元気いっぱい返事をしたスザクに注意すると、ルルーシュはさっさと眠ってしまった。 木の内にいる精霊は無防備だ。 眠ることでさらに無防備になる。 そんなルルーシュにどぎまぎしていたスザクだったが、疲れから来る睡魔には抗いきれず、いつの間にか深い眠りに落ちていった。 そのまま二人は、昼を過ぎるまで目を覚ます事は無かった。 |